奇妙な紳士。その瞳の奥は。
茜の父親が帰ってきて私たちと向き合った。その雰囲気に私は戦慄した。
その時玄関で音がした。
「パパだ」
茜が迎えに行って四十代後半と思われる背の高い紳士と戻ってきた。
「美野、ユキオ。パパです」
黒いカシミアコートの紳士は私たちに笑顔を向けた。コートを脱ぐと高級感のある紫に近い紺のスーツを着ていた。
「どうしても仕事が長引いてしまってね」
茜にコートを渡しながら言った。
「いらっしゃい」
切れ長の目が鋭く光る。私は緊張した。人を射すくめる刀のような人だと思った。ユキオを見ると判事ってこういう人なのかあ、そんな感心した顔をしていた。コートを置きに行った茜がばたばたと戻ってきた。
「ごめんね。食事にしましょう」
リビングテーブルに茜の両親が座りモーリッツと茜と私たちは四人掛けのキッチンテーブルに陣取った。茜がお茶をいれモーリッツが醤油の小皿と箸を配った。
「モーリッツはお寿司が大好物なの。日本に来るといつもこれ」
モーリッツが器用に茜の横で箸を使ったので私たちは驚いて眺めていた。茜の両親は静かに食べていた。茜のお母さんはあまり食欲がないようで寿司桶からお皿に何個か盛って私たちに食べてと差し出した。しばらくすると気分が悪いから、と思った通り引き上げてしまった。
茜のお母さんと話が出来なかったなと思いながら食事を終えると茜のお父さんが私たちをリビングに呼んだので私とユキオとモーリッツはカウチソファーに座った。茜はキッチンで食事の後片付けをしていた。
「どうも調子がわるくてね」
茜のお父さんは部屋に戻った自分の妻のことを詫びた。
私はお父さんの横に座ったモーリッツを見て首を傾げた。・・不思議だ。あまりにも違和感・・というものが感じられない。ユキオの横顔もなんだか不思議そうだった。並んでいる二人にはなにか強い繋がりが感じられる。それがなんなのか全くわからないけれど。でもモーリッツは茜のお母さんの甥っ子でお父さんとは義理の関係だ。水臭いはずなのだ。この家族のこれまでの歴史がそうさせたのだろうか?なにか二人には共通の秘密があるのだろうか・・・?私は漠然とそんな風に思っていた。するとふふっと父親の唇が緩んだ。
「・・・面白いね」
細い目に光がにじむ。そこからぎらりと緑の閃光が走ったように見えたのは錯覚だろうか。まさか。山科氏は純粋な日本人のはずだ。茜は自分はクオーターだと言ってたもの。その時モーリッツが意味ありげに私を見た。二人の視線の居心地の悪さに私は席を立とうとした。
「茜!手伝おうか」
「いいよ。もう終わるから。美野は具合が悪いんだからそこにいて」
流しで片づけている茜の声がした。
「よく気が利くいい・・娘だ」
父親はそう言ってモーリッツと頷きあった。
その声に私はぞっとした。その地の底を這うような響きに。ユキオを見ると心持青ざめている。ユキオの感受性は当然何かを感じているはずだ。この二人は奇妙だ。特にこの父親は。・・そして私がさっき見たモーリッツの風景は・・・?
「ドイツってどんなところかな」
突然ユキオが言った。探るような視線をモーリッツに送る。父親は笑顔のままだ。モーリッツは少し目を丸くした。
「・・・そうですねえ」
口はすらすらと流暢な日本語を話したがその目はどこか違うところから見ているみたいだった。
「そう広範囲な聞き方をされても・・僕の住んでいるところから話しましょうか?ミュンヘンオリンピックのあったオリンピックパークの近くに親戚がいるので間借りしています。そこから大学に通っている・・冬は一面雪景色ですが公園も広くていいところですよ。ここも横浜と違って・・雪がよく降るんですね」
そう言いながらモーリッツもユキオの心の奥を油断なく探っているみたいだった。
日曜日山にドライブ。ススキが一面に風に揺れ山はもう秋一色。




