古城の領主現る
ジョセフは姿を変え古城の領主の姿になった
Ⅸ 美しき幽霊
ジョセフは言葉を切った。
どこまで森に入ったのだろうか・・・辺りは白い靄で霞み始めていた。冷たい湿気が肌にまとわりつき私は思わず身震いした。
顔を上げるのが恐ろしかった。隣にいるのが兄のジョセフでないことに話の途中から気づいていた。うっすらした体温のない気配・・それは人間ではなかった。いつからジョセフはいなくなったのだろう?
「ヒロミ・・」
名前を呼ばれ私は恐る恐るその青ざめた横顔をうかがった。
彼は足元まである白い薄衣の上に大きな襟のある木の葉模様の緑のローブを羽織っていた。自分の瞳の色と同じブルーサファイヤのアクセサリーをつけ長い黄金の髪は背中でさらさらと流れていた。深い悲しみに満ちた瞳が私をじっと見た。
「・・・ローラント」
私はつぶやいた。
「あなた・・ローラント」
言いながら私はますます冷えていった。自分の体が靄の中に取り込まれないようにしっかりと両腕を掴んだ。
「ジョセフは・・」
不安に駆られて私は言った。
「どこにいるの??」
「きみはジョセフと歩いてる。ただきみには姿が変わって見えているだけだ」
美しい幽霊は薄く微笑んだ。明るすぎる青い目を私に向けた。
「あなた・・・窓から見ていた」
乾いた声で私は言った。口を動かすたびに何かが自分から失われていくようだった。
「きみを歓迎したつもりだが」
どこか違う場所から滲みだしてたち上ってきたような声がした。
「ここに来る勇気を賛辞した。きみは強い人間だ」
「・・呪ってるの・・?」
その言葉に勇気を絞り出して私は訊ねた。
「私たちは呪われているの?」
「きみの家族は盗人だ」
冷たい威厳を込めて幽霊は言った。
「城のものを奪って金持ちになった」
私は絶望的になり大粒の涙を流した。
「・・・だからみんな死ぬの?」
幽霊は私を憐れむように見た。
「もう少し話させてくれないか。妹レオヒルデの物語を」
再びローラントは話し始めた。
「・・私はレオヒルデを城に連れ帰った。森で恐ろしい魔法をかけられたと母親に告げた。母は驚いて慌てて医者を呼んだ。医者は夜昼無くあらゆる治療を試みた。・・が無駄に終わり去った。次に呼ばれた司祭は無情に言い渡した。
呪いをかけられた姫君をこのままにしていてはどんな災いが及ぶかわかりません。お気の毒ですが火葬なさることをお薦めいたします
母はあまりのことに部屋に閉じこもった。この時代司祭の教えに反することなど出来ぬ。火葬は明朝行われることに決まり私はその前の晩侍従頭のヴァッカーマンとレオヒルデを城から連れ出した。
生きている妹を火葬にするなんて出来ない
私は妹を抱きかかえて森の奥へ進んだ。ヴァッカーマンは黙々と長い箱を担いで従った。
それは母親が自分用に作らせてあった豪奢な紋様の描かれた棺桶だった。私はレオヒルデがお気に入りだった黄色い花の咲きほこる場所に棺桶を置かせその中にレオヒルデを横たえた。そして森の獣が妹を荒らさないように少し隙間をあけて蓋をした。
一日に何度か様子を見に来てくれ
私は父王の臣下だった忠実な召使に命令した
・・レオヒルデがいなくなったことで城は大騒ぎになった。母親は性悪な魔法使いのしわざだと森の親子の家に火を放させた。明け方焼け落ちた家から黒焦げになったベルトランの遺体は見つかったが息子の姿はなかった。
私は耳の痛みがいつのまにかなくなっているのに気づいた。完全な静寂が左耳を支配していた。左側で感じる音は右耳から聞く遠い音のみだった・・。
―契約は成立した―
魔法使いが言ったように私はレオヒルデの命を握るものとなったのだ。
・・娘を失って悲しみにくれた母親はこの世を去り年月が過ぎていった・・」
ローラントは妹レオヒルデの運命を語り続ける




