窓から覗くもの
ジョセフと私は翌朝城を目指して歩き始めた
城は村役場のスタッフで運営されてるようだった。遅かったから明日行くことにして私たちは村のペンションに泊まったわ。三角屋根で木組みの可愛らしい建物。決して新しくない部屋だったけど窓辺には花が飾られて素敵だった。大学生と高校生の私たちはあまり予算がなかったから一部屋隣り合わせのベッドで寝たの。最初はきまずかったけど疲れもあってすぐに眠ってしまったわ。翌朝鳥のさえずりで目を覚ました。ジョセフが優しい青い目で見つめていておはよう、と言った。朝日が彼の金髪を光らせて私は彼をとても美しいと思ったわ。でもジョセフはきみの可愛い寝顔は見ていて飽きなかったと言ってくれた。城までは徒歩で三十分強。初夏の季節だった。
村の道は赤や紫や黄色の色とりどりの花が咲いていた。冷たくて気持ちのいい風が両側に立つ木々を揺らしていた。ジョセフは本当に日本語が上手で(文通は英語でしていた。おかげで私の英語の成績は格段に上がったの)いつか日本に行こうと習っていたと言っていた。きっと母に会いたかったんだと思う。そう思うと私は悲しくなった。
私たちはおとぎ話に出てきそうな澄み切った風景の中を仲良く歩いていた。いつのまにか自然に手をつないでいた。通りすがりの村の人はTシャツとGパン姿の私たちを恋人同士だと思ったでしょう。私はどこを見ても新鮮な初めての異国を味わっていた。半分はこちら側の血を持っていながら日本で育った私がこうして金髪の兄と連れ立っている。不思議だ。・・いったい私って何なのだろう?そんな疑問まで湧いてくるほどの切ない幸福感で私は満たされていた。
でも城近くまで来ると徐々に雲行きが怪しくなった。黒々とした雲が現れひゅうひゅうと風が吹き始めた。私はこの旅の元々の目的を思い出した。
城門に着くと青色の制服を着たスタッフが迎えてくれた。観光客が何人か入り口で列を作っていた。茶色の髪を縛った中年の女性スタッフが入場券を手渡した。中に入ると真向かいは広いホールのようで右手に部屋があり人だかりがしていた。当時の衣装の長いワンピースと布の帽子をかぶったおばあさんが本を見せながらお客に話をしていた。ジョセフがこの城の歴史を教えてくれてるみたいだと言ったけどドイツ語で私にはわからなかった。そのしわくちゃのおばあさんの話をジョセフは興味深げに聞いていた。でも私は退屈してしまった。その部屋は観光客用に新しく直してあって中庭に出られるようになっていた。私はぶらぶらと外へ出てみたの。庭には黄色い花が沢山咲いていた。私は天気が気になって空を見上げた。雨が降らないかしら・・。
するとぐるりと囲んだの石造りの窓の一つから誰かが見下ろしていた。暗い窓なのになぜかはっきり顔が見えた。
体を覆う長い金髪 白い顔
そして洞穴のような目
・・それが現実のものでないことはすぐにわかった。私は全身がすくんだ。ジョセフを振り向くとまだおばあさんの話を聞いている。
「ジョセフ!」
私は叫んだ。瞬間空気がぐにゃりと歪んだ気がした。もう一度私は見上げた。すると城のありとあらゆる窓から何かが覗いていた。中には私の方へやせ細った手を差し出してくるものもあった。
私は恐怖にかられた。「ジョセフ!!」
金切り声を上げ助けを求めた。
―誰かが私の腕を掴んだ。ヒロミ、と私の名を呼んだ。
「どうしたの」
ジョセフが笑っていた。
「・・ああ・・ジョセフ」
私はジョセフにすがった。
「すごく怖いものを見たの・・」
「しっかりして。大丈夫だよ」
ジョセフが励ました。
「あのおばあさんは面白いことを教えてくれた。この城の伝説をね」
「・・伝説?」
涙を指で拭いながら私は聞いた。優しいジョセフはハンカチを取り出して涙を拭いてくれた。
茜の母親の物語は続いていく・・。




