若者は古城を目指す!
茜の母親は若い時代のドイツの旅を私に話すのだった
「美野さん座ってちょうだい。」
茜の母はアンティーク調の鏡台の椅子をゆるく指さした。低くてごめんなさい。いいえ、私は言って椅子をベッドの方に向けて座った。良い座り心地だった。
「この前私が変なことを言ったおかげで美野と喧嘩しちゃったって茜が言ってたわ・・ごめんなさいね。あまり人と話さないから舞い上がっちゃっていたのね・・あなたたちがいい子だったから・・つい。茜のことを知ってもらいたくて。あんまり時間がない気がして・・」
「・・そんなことないです」
私はぼんやり答えていた。茜と部屋に入ったユキオのことで頭が混乱していた。それから我に返った。・・時間がない?
「この間の話を変だと思ったんでしょうね。オカルトめいた作り話に聞こえたんでしょう?私だって母から聞いたときはそう思った。自分たちのことだから余計にね。母が死んだとき・・だから私、はっきり確かめようと思ったのよ。そんなことに惑わされたくなかったから。それで私ドイツの私の兄に手紙を書いたの。母とフランクの息子のジョセフに。」
茜の母は力のない目で私を見た。結局この人は続きを話したくて仕方がないのだと私は思った。
「カーテンを開けていいですか」
私は聞いてみた。占い部屋みたいな雰囲気で話を聞きたくない。立ち上がってサッシを覆った厚い薔薇模様のカーテンを開けると雪の舞う空が広がった。
「眩しい」
茜の母は骨ばった指を顔に当てた。明かりの差し込んだ寝室にはヨーロピアンな衣装箪笥と鏡台があるだけだった。部屋の割に大きなベッドが幅を占めていたのだ。箪笥の上には写真が飾ってあった。笑顔の金髪の親子・・ジョセフと茜の従兄のモーリッツだろうか。話からするとフランクはもう高齢のはずだ。茜の母は光沢のある羽毛布団を引き寄せた。明るい場所で見るとこの間より老けて見えた。
「当然初めは無視された。でも母が死んだことや後悔していたことなどを書いて送っているうちに返信がきたの。それから文通が始まって・・まだメールとかないころだからずっと手紙だった。でも書くのは楽しかったわ。まだ高校生だったし一人っ子だったから未知の兄にすごく親しみを感じた。実家は代々町議をやっていてそれで父もドイツに留学したりしたんだけど・・とても忙しい人で。母のイルゼとの結婚は田舎ではすごく反対されたと思う。・・でもすがるように日本に来た母をきっと父は見捨てられなかったんでしょうね・・」
そう言って茜の母親は微笑んだ。口元のあたりがごくわずかに緩むだけの幽かな笑みだった。
「ジョセフにドイツ来ないかと誘われたの」
茜の母はベッドの背もたれに体を寄せながら言った。疲れませんか?と私は訊ねた。だいじょうぶよ、と茜の母は答えた。
「父を一生懸命説得したの。父は母の幽霊話なんて信じていなかったから結局友達と行くと嘘をついた。そして一人で行った。初めての飛行機、おまけに海外なんて・・すごく緊張したわ。修学旅行なんて新幹線で京都だったもの。・・でも行かなければ。おかしな迷信を断ち切りたかった。」
退屈していない?茜の母親は私に聞いてきた。私は首を横に振った。雪は激しく降っていたし茜の部屋は熱心に勉強しているのか静かだった。もう話したいだけ話せばいいと私は思った。
「空港までジョセフが迎えに来てくれた。さらさらした金髪で明るい青い目の・・三つ年上で王子様のように素敵なジョセフ。ジョセフの家に泊めて貰ったけど・・フランクは再婚していて子供も女の子が二人いたから・・奥さんにも悪くて、私達二人で古城を目指すことにしたわ。古城の村の親戚がどうしているのかも興味があったし。私達列車でドイツを南下したの。母の村に着いたけど“マイヘルベック”という母の苗字の人はもういなかった。
家族で都会に引っ越したのさ。経営していたホテルも売っぱらってさ
食堂の主人が教えてくれた。いわくつきの古城はフランクがすでに村に売って観光施設になっていた。いまだに夜になると幽霊が出るという噂があってそれが逆にお客を呼んでるよ、と主人がおどけて言った。でも5時で閉館になる、それ以上そこにいると幽霊にとっ捕まっちまうんだ」
まだ続きます!




