魔女のいる部屋
茜に誘われてきたけれど
Ⅴ 魔女のいる部屋
あ、魔女だ。キッチンにいた茜の母を見て私は突然思った。恐ろしいほど痩せていた。
ネグリジェみたいな白いワンピースを着てメッシュの入った縞柄の靴下を履いていたがその足が骨ばっているのがすぐにわかった。こけた頬とつんと高い鼻が厳めしい雰囲気を与えていたが、その上の茶色の目は不思議に優しそうだった。お盆にジュースを入れたコップを載せてふさふさとした長い髪を大きく揺らしながらリビングのテーブルへと歩いてきた。ひどくバランスの悪い動きだ。右足を引きずっていた。
「ママ!わたしがやるから」
茜はお盆を受け取ってテーブルのコースターの上に置いていった。
「ケーキも持ってきて」
母親は指示して椅子の背を持ちながら私たちに座って、と言った。私はちらりとユキオを見た。ユキオも困惑の表情を浮かべて私を見返した。茜がケーキの皿を並べて皆で着座した。
「来てくれてありがとう・・」
消え入るような声で母親は言った。
「茜の友達が来てくれて嬉しいわ」
とても綺麗な笑顔だ。もう少し太ればきっと素敵な美人だろう。でもこの姿は痛々しすぎた。
「お招きいただいて・・」
しどろもどろに私は言った。ユキオは気まずそうに下を向いている。こういう時に気の利いたことが言えない質なのだ。
「日曜だけどパパは仕事なの」
茜はジュースをこくんと飲んで言った。
「仕事の虫。毎日帰るのも遅くて夕食も一緒に食べないの」
「仕事が忙しいから仕方ないじゃない」
母親が擁護するように言った。
「裁判の調べ物で時間を取られるの。無責任なこと出来ないでしょ。いつも言ってるじゃない」
「はいはいわかりました」
茜はふてくされた様子でケーキをつついた。母親は軽くため息をつく。重くなった空気をふっきるように私は室内を見渡した。
「あ・・可愛い」
TV台の上の木製の工芸品を見つけ私は言った。
「これはオルゴールなの」
森の動物の飾りがついた手回し式のものだ。茜が持ってきて回すとモーツアルトのメロディに合わせて鹿やウサギ達がゆっくりと回った。私達四人はしばらく見つめていた。
・・・そういえば
壁に飾られた金属製で人々が描かれた壁飾りや〈後で錫製なのと茜が教えてくれた〉出窓に置かれた絵皿やキャビネットの上の木製の人形、そして玄関に掛けられた古城のタペストリーなど・・。外に出れば全くの日本の田んぼの風景なのにこの部屋にいるとヨーロッパにきたみたいだった。そして目の前にいるご婦人も日本人には見えなかった。
私は昔聞いてあまり興味の持てなかったドイツの童話を思い出した。ヘンゼルとグレーテル。二人の兄妹は森に捨てられ魔女の住むお菓子の家にたどり着き奴隷にされてしまう・・。私は茜のお母さんの顔をながめながら首を傾げた。初めてあった気がしないのは童話の魔女にどこか似ているからだろうか・・・?
きっとユキオは来たことを後悔しているな、と私は横顔を盗み見た。でも今日ユキオにはそれなりに家から出たい理由があったのだ。今ユキオはお父さんと暮らしていて、お父さんはユキオに厳しくピアノのレッスンをしている。ユキオはそれをうるさがっていた。日曜は塾も休みだから茜の用事はユキオには好都合だったはずだ。だけどこの家であまり楽しい展開はないだろうと私もユキオも予想できた。いつごろこの家をおいとましようかと私たちは考え始めていた。
―けれど茜のお母さんは弱弱しい体つきとは対照的に饒舌だった。
「私のお母さんの話をしていいかしら」
唐突に彼女は話し始めた。
まだ続きます!




