忘却の鐘(私が見た夢9)
こんな夢を見た。
私は一人の男だった。
私は広く何も無い場所に立っていた。
私は不安になり、辺りを見渡した。本当に何もない。
すると突然、大きな鐘が鳴り響いた。
「一つ国が滅んだな」
隣で男が呟いた。
私の知らない男だった。
「一人の女が一つの国を滅ぼした。
恐ろしいものだ、人間とは」
男は面白そうに笑っている。
私はその男を黙って見ていた。
「女は国を売ったのだ。
そうして小さな国には沢山の兵士が流れ込み、殺戮を繰り返した。
女も男も、子供も老人も全て死んだ。
国は滅びたのだ」
「どうして?」
「さあ、な」
「どうして彼女は、我々を裏切ったのだろうか?」
目をつぶれば今でも浮かんでくる。
美しい彼女の微笑み。
柔らかな声。
しぐさ。
全てが愛おしかった。
「私は彼女が好きだった。
愛していたのに…!」
私は苦しくて胸を押さえた。
遠くに見えるのはただ広い空間。
でもここは私が生きた大地、愛した国だった。
「どうして…!」
悲しみと悔しさが込み上げて、溢れる涙を止めることが出来なかった。
「全て忘れることだ。
鐘の音に耳を澄まして、心を預ければいい」
男が私に向かって静かに言った。
遠くでまた鐘が鳴り響いた。
「この鐘の音は?」
「忘却の鐘だ」
男が遠くを見て呟いた。