表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Forbidden Bullet

Forbidden bullet 第一部:太陽と月

作者: 碧流

神風新聞 二〇五三年九月二日付 夕刊

九月二日未明、神風市波元区の住宅に住む家族三人が殺害される事件が発生した。現場からその家に住む香久山朝陽さん、向日葵さん、ひなたさんら三人の遺体が見つかった。検死の結果、遺体に外傷は無く心臓に銃痕のようなものが見られ、現場に火器が残されていないことからトリガーによる犯行とみられる。警察は事件の方向で捜査を進めており、目撃情報によると犯人の背丈は一七〇センチほど、長めの黒髪に黒いコートを着用していたとされる。金品の類は盗まれておらず、計画的犯行と考えられる。



『Forbidden Bullet』



 フォービドゥンバレット。神風市でのみ存在が確認される特殊な拳銃の総称。世間一般では都市伝説として認識されている。拳銃に選ばれし者「トリガー」の前に突如出現するが、その前兆としてトリガーの身体の何処かに「F」の文字を模した痣が表出する。バレットを手にした者は犯罪を起こしたいという衝動に駆り立てられ、凶行に走る。バレットの弾数に制限は無いが、基本的に他人の命を一定数奪うことにより拳銃は消失する。しかし、消滅しても場所を変え時を変え必ず誰かの前に姿を表すことから「星がもたらした、『人類を淘汰する為の装置』」として考えられている。トリガーを正気に戻す手段はトリガーが誰かを殺害するか、トリガー自身の手から拳銃を引き離すかの二択である。そのトリガーによる犯罪を未然に防ぐべく、神風市では「トリガー対策本部」が設けられた。



        ***



 二人乗りのバイクが追越車線を爆走する。

 バイクを駆る銀髪の青年、斬原月雲(きりばら つくも)。そして、後部キャリアにまたがる小柄な茶髪の少女、香久山日生(かぐやま ひなせ)。曲がりなりにも警察である彼らが堂々と道交法違反をして良いのかというツッコミはさておき、彼らの目前に迫るターゲットの白いセダンもまた、追越車線を時速百キロオーバーでぶっちぎっていた。

「先輩、速度超過してます!!」

「うっせえ、んなこた良いからお前は照準定めることに集中しろ!!」

「そんなこと言われたって、こんなガタガタ舗装じゃ照準もへったくれも…うわあ!!」

 セダンとの衝突を避けるべく、強引に車線変更を敢行する。さながらジェットコースターのようだ。

「てめえのソレは数撃ちゃ当たるシロモノだろうが!質より量だ量!!」

 慣性の法則で身体が左に傾きながらも、日生は愛機であるガトリングを構え直した。月雲がバイクをセダンに並走させ、着弾しやすいようギリギリまで間合いを詰める。

「うう……流れ弾当たっても知らないですからね!!わたし責任取りませんから!!」

「わーったわーった……おい、今だ!!」

「……行きます!!」

 眼前に助手席の窓ガラスが重なった瞬間、ガトリングのハンドルを思いっきり回す。タタタタタと軽い音を立てながら、大量のゴム弾が射出される。見た目こそ地味だが、そこそこの速度で射出されるゴム弾はたしかにガラスにめり込んでいた。セダンのハンドルを握る犯人は正気を失っているのか、窓ガラスが撃ち抜かれたことに気がついていない。ガラスにヒビが入ったところで、日生はキャリアの上に片足をかけ、振り落とされないようにしゃがんだ。

「跳べるか?」

「この距離ならなんとか……――せー、のっ!!」

 意を決し、車の中にダイブする。ガシャアァンと派手な破砕音にも気を止めず、猛スピードのセダンを操る犯人。その眼は薬物中毒者よろしく暗く淀んでいた。

「大人しくしてください!!」

 助手席をまたいでハンドルをもぎ取り、犯人の左足を思いっきり踏んづける。耳をつんざくブレーキ音と共に、セダンは停止した。



 事件後、後部座席から押収したトリガーの種類はパラライズだった。着弾した相手を麻痺、心配停止させ死に至らせるというものである。車が停止したのが追越車線だったため、前後の高速のインターを封鎖し、事故現場を状況保存した。日生がうーんと大きく伸びをする。

「これで一件落着、ですね!」

「んあ、そうかあ?」

 無造作に銀髪を掻き毟る月雲。二人がバディを組んでから早一か月経ったが、まだまだ息が合っているは言い難かった。そんな二人のところに、一人の男性がやってくる。胸まで開けたカットソーと、ガタイのいい体つき。腕毛も胸毛も濃く、いかにも豪快なおじさんといった風体だ。

「よう、俺のお下がり、役に立ったか?」

「嵐山本部長!犯人取り押さえました。本部長のバイクも無傷です!」

 先程二人が乗っていたバイクはこの豪快な男、嵐山時雨の「元」私物である。

「おぉそうか。すまんな、パトカーとか用意してやれなくて。上が『たかだか四人の部署にパトカーなんざ支給出来るか』とか言い出すもんでな。がっはっは」

「いえいえ。先輩がきっちり乗りこなしてくれたのでその辺は問題ないです!ね、先輩?」

「んぁー……っふ、おぉ」

 月雲が欠伸を噛み殺しながら答える。

「ご苦労さん!上への報告は俺からしておく。二人はひとまず本部に戻っとけ」

「はい!」



        ***



 パラライズ事件の翌日のこと。今日も今日とて、トリガー対策本部にアナウンスが鳴り響く。

『本部より通達。本部より通達。神風市街にてトリガーが発生。繰り返す、神風市街にてトリガーが発生。痣の位置は右腕とされる』

「あ〜あ、かったりぃ……しゃあねえ、行くか」

「急ぎましょう、先輩!」

「待って。先に担当して欲しい案件があるの」

 とんとん、と優しく肩を叩かれる。その透き通った声は日生達の上司、杜若星乃かきつばた ほしののものだった。栗色の髪に眼鏡を着用している、物腰の柔らかな大人の女性である。

「んだあ?」

 星乃はドアに向かって、いらっしゃい、と手招きする。

「失礼します」

 現れたのは、どことなく頼りなさげな、黒髪ショートカットの妙齢の女性。

「こちら、東雲(しののめ)ほたるさん。ほたるさん、こっちの二人が香久山日生ちゃんと、斬原月雲君」

 星乃の紹介を受け、二人が会釈を返す。ほたるも慌てて会釈した。

「あ、はじめまして。東雲ほたる……です。あの、ここ数日ストーカーに狙われてるみたいで…家の近くで放火が起こってて……」

「そのストーカーさんの見た目とか分かりますか?」

「一応、マンションの監視カメラにこれが……」

 映像が記録されたUSBをデスクトップで再生してみると、夜中に帰宅したほたるのマンションの一階付近で不審人物がうろうろしていた。農薬散布機のような機械を背負っており、マンションの植え込みに火を放っている。画質が粗く顔が確認できないが、身長から男性とみて間違いないだろう。

 後ろでノートパソコンを触っていた星乃が、スクリーンを三人に見せた。映っていたのは十代の男性の顔写真と「篠島明人」という名前だけ。

「しのじま……あきと……?あんまりストーカーしそうな人に見えませんね」

「データベースからはこの男性が結果に出たわ。でも、データにプロテクトがかかってて素性までは調べられないみたいなの」

「映像から察するに、パイロキネシス……この放火犯はストーカーで、しかもトリガーっつうことか」

「パイロキネシス??」

「ああ。昔同僚に聞いた話だけどよ、人体なら何でも消し炭にするバレットがあるんだと。普通の火と違って、水で鎮火しようとしてもなかなか消えねえんだそうだ。物体に燃え移った火なら辛うじて消せるが、人体についたら最後、骨まで燃やし尽くすんだとよ。ま、燃やされる前に捕まえればいいってこったな」

「う、うわあ……」

 日生、激しくうろたえる。

「そんなわけで、貴方たち二人にはこっちの事件の担当になってもらおうと思うけど、良いよね?」

「……よろしく、お願いします」

 ほたるがぺこりと頭を下げる。

「ちょ、ちょこおっと怖いですけど、任せて下さい!ほたるさんが安心して生活できるように、ばばばばっちり犯人捕まえますから!」

「どんだけびびってんだよお前」



 とはいえ、実際にはトリガーの発生情報が無ければ動きようがない。一番の対策はほたるの家の周囲に警備員を配備することだが、生憎セキュリティポリスほど要人警護に秀でてもいなければ、配備できるだけの人員も居ない。むしろ直接トリガーを捕まえた方が大変手っ取り早い。トリガーの位置を把握してから動かざるをえない以上、トリガーが見つかるまでの間はとことん暇を潰すしかないというのがトリガー対策本部の日常である。そんなわけで日生はガトリングの、月雲は愛刀の整備をしつつ、デスクを挟んでまったりと雑談していた。

「痣の位置は顔の左頬……ねえ。割と簡単に見つかりそうなもんだが……」

「犯人が女性だったら、ファンデーションで痣を隠したりとかはありそうですよね……ふわあ」

 連勤による寝不足からか、欠伸をしながら受け答える日生。

「二人共、整備終わった?さっき火災の通報があって、トリガーの位置を割り出してみたんだけど……」

「はひ?どこですか?」

「潮見町のマンションの駐車場…ほたるさんのマンションの近くね。地図は二人の端末に送っておいたから、早速向かってもらってもいいかしら」

「おら、さっさと支度しろ」

「ちょ、待ってくださ……先輩?」

 立ち上がった日生が月雲を見るなり眉をひそめる。視線の先の月雲は軽々と消火器を担ぎあげていた。

「あん?燃えるの嫌なんだろ?これ現場に持ってきゃ使えるだろうがよ」



 端末に表示された地図の通りに駐車場を訪れると、屋上部分から火の手が上がっていた。火が車両に燃え移っているのか、時折爆発音が響いている。横に備え付けられた階段をカンカンと駆け上りながら、威嚇射撃でガトリングを数発打ちこんで二階に向かう。すると、目の前に火の壁が立ちはだかった。

「うわあ!ひっ、火ィ!!!」

「通せんぼのつもりか。日生、ちょっと下がってろ」

「は、はひ……」

 日生を背後に下がらせ、月雲が消火器を構える。やはり通常の炎より多少時間はかかるものの、普通に鎮火はできるようだ。

「このくらいで大丈夫だろ。進むぞ」

 まだ中心部まで距離があるため火の粉は飛んできていないものの、細心の注意を払いつつ先に進む。やがて、車両に火を放つ人影が目に飛び込んだ。

「あいつがトリガーか……」

 ぷしゅううと消火器を放ち、周囲の火を鎮火しながら近付く。

「なんか、映像の犯人と比べて小さいような気が……」

「細けえこたあどうでもいい。一気に畳み掛けるぞ」

 消火器をその場に置き、帯刀していた鞘に左手をかけ、引き抜く。抜刀したのは、鉄だろうと弾丸だろうと一刀両断する、まさしく「出鱈目」なスペックの刀、『出鱈目』。正面からつかつかと犯人に近寄りながら、炎を反射し赤く輝く刀の切っ先を犯人へと向けた。

「てめえが放火犯だな」

 フードの下の顔は確認できないが、口元を歪ませて笑っているようにも見える。パイロキネシスを月雲に向け、火を放とうとしたが、

「あんたのせいでちょいと困ってる人が居るんでな。まあ、さっさと捕まってくれや!」

 月雲が大きく踏み込んで一閃。犯人もパイロキネシスで刀を受け止め、じゃきん、と金属音が響く。

「日生、援護射撃!!」

「……は、はひ…うわあああああああああ!?」

 ガトリングを構えようとしたが、地面に広がった燃料でつるりと滑り、盛大に尻餅をついてしまう。ついでにショルダーバッグから何かがばらばらと炎の中へ飛んで行った。

「何やってんだ!早く!!」

「いたた……う、ええい!!!」

 慌てて体勢を直し弾を撃ち込むが、転んだ拍子に狙いが外れ、弾はパイロキネシスに当たって跳ね返されてしまう。すかさず追撃を試みるも、

「あれ?弾が撃てない……」

 ハンドルを回しても反応が無い。装着した弾倉の中身を確認し、ホルダーから替えの弾倉を取り出そうとして、手を止めた。

「……せんぱい」

「どうした?」

 涙目になりながら一言。

「弾切れしました……さっきコケた時に弾倉全部落っことしちゃったみたいです……」

「なんでお前は実弾とか、他の弾倉用意してねぇんだよ!!」

 月雲、怒りゲージMAX。

「だって、実弾で犯人殺しちゃったら取り調べできなくなるじゃないですかあ!! ……って、先輩後ろ!」

 口論している隙に、犯人が月雲の背後を取っていた。

「るせえわかってんだよ!!このくそったれが……!」

 ゼロ距離で火を放とうとしたのを察知し、月雲がそれを弾き返そうと刀を構える。

「そんな刀で弾き返せるわけないじゃないですか!!!」

 まさに火が放たれようとしたその時、日生が月雲を突き飛ばした。

「あ、馬鹿!」

 そのまま犯人の眼前に立ち塞がり、パイロキネシスの銃口にガトリングの銃口をぴったりと合わせる。

「先輩逃げて……!!」

 瞬間、強風が吹きすさび、犯人のフードが風ではためいた。

「あ…れ……?」

 左頬に描かれた痣。ぱらりと風にそよぐ黒髪。そして、

 

 ドゴォン


 爆発音が轟いた。



         ***



「日生!おい日生!!」

 何者かがゆさゆさと日生の身体を揺り動かす。

「むぅ……やめ、て、ください……」

 ゆする手を払いのけ、声の主から遠ざかるように寝返りをうつ。

「……こんの馬鹿女!!!!!!」

 すぱこん、と小気味いい音がした。

「いひゃい!?」

 どうやらスリッパで頭をはたかれたようだ。

「人がわざわざ見舞に来てやってんのに呑気にぐうすかぐうすか寝てんじゃねえ!!」

「は、はれ?せんぱい?……ここは?」

 つんと鼻を刺激する消毒液の匂い。白い病室。頭と両腕に巻かれた包帯。無機質で真新しい白いベッドに、日生は横たわっていた。日生をスリッパで殴った月雲もまた、両手に包帯を巻いている。

「怪我、なかったんですね。よかった」

「おかげさまでな。その代わりてめえは全治三日。ったく、ただでさえ燃料が入ってる銃器に火を引火させて自爆だなんて、あのまま死んでたらどうするつもりだど阿呆」

「……何も考えてませんでした。すみません……」

 うつむく日生。その目元は月雲には見えていなかった。

「……先輩。わたしのガトリング、どうなりました?」

「それも修理中。本部長が業者に特注で頼んでくれたよ。こっちも三日で修理が終わるそうだ」

「そう……ですか。よかった……」

「よくねえわ!」

「あいたっ」

 ぱこん、とスリッパヒット二回目。

「そういえば、犯人は確保できたんですか…?」

「その件だけどよ…どうも篠島はトリガーじゃないらしいんだ」

「へ?」

「爆発が起きてから犯人が逃げたしたもんで、そのまま後を追ったんだが見失って……同じ頃本部長が現場近くで篠島を確保したんだが、何故かパイロキネシスだけが見当たらなくて『俺がやった』の一点張りなんだとよ。どうも放火犯は別に居るらしい」

「……先輩。わたし、見た気がするんです」

「なにを?」

「犯人の顔です。爆発の直前にちょうど目が合ったんですけど、あれは男の人じゃなくて女の人の顔でした。なんかほたるさんに似てたような気もするんですけど、ストーカーされてる張本人なのに……おかしいですよね」

「……ちょっくら調べてくる」

 ベッド脇に立てかけていた出鱈目の鞘を手にし、パイプ椅子から立ち上がる。

「待ってください!!」

 立ち上がりかけた月雲の腕を強引に引っ張り、食い下がる。

「わたしも行きます!」

「阿呆か」

 スリッパヒット三回目。

「きゃう」

「大人しく安静にしてろよ!これ以上下手な真似されたら」

「嫌です」

「あぁ?」

「みんなが動いてるのに、私だけベッドで横になってるなんて、嫌なんです」

「……」

「貸せる力はほんの少しかもしれないけど、それでも、みんなの力になりたいから」 

 むくりと起き上がり、月雲の手を握り締める。

「お願いします。私も一緒に行かせてください」

「……しゃあねえな。言っても聞かねえんじゃお手上げだ」

「やった!なら早速」

「ただし、必ず俺の後ろにくっついとけよ。病室から抜け出すことも他言無用。何があってもきっかり一時間で帰るからな」

「はい!」

 普段着のジャケットを病衣の上に羽織りながら、日生はベッドを飛び出した。




 取調室の扉を開くと、篠島が格子の窓を背に座っていた。

「……」

「篠島さん……ですね?」

 向かい側の席に腰かけた日生が語りかけるも、篠島は口を開こうとしない。

「……はあ」

 月雲がわざとらしく溜息を吐こうとも、彼は微動だにしなかった。

「本部長から話は聞いた。黙っててもなんも良いことねえぞ」

「……全部、僕がやりました。僕が犯人です」

 日生が月雲に目配せし、月雲が軽く頷く。

「篠島さん、パイロキネシスを出してくれませんか?」

「……」

「パイロキネシスなんて、本当は持ってないんですよね?だったら、顔の痣も……」

「触るな!!」

 日生は篠島の左頬に触れようとしたが、手を払いのけられた。その衝撃で、Fの文字がはらりと落ちる。彼の頬に刻まれていたのは痣ではなく、フェイスシールだったようだ。

「貴方はトリガーでもなく、犯人でもない。ただの一般人ですよね?」

「……」

「どうして犯人をかばうんですか?」

「……」

「東雲ほたるさんにつきまとう理由はなんなんですか?」

 ほたるの名を出した瞬間、篠島の肩がわずかに動いた。

「姉ちゃんは何も悪くない!!」

 いきなり激昂し、机を派手に叩く。

「……姉ちゃんは、ほたる姉ちゃんは……!」

「言質取ったぞ」

「!!」

 月雲がコートの胸ポケットからボイスレコーダーを取り出す。

「真犯人は東雲ほたるで間違いないな」

「……!!」

 一瞬しまった、という顔をした後、篠島はその場に泣き崩れた。

「これはお前の姉ちゃんを、バレットの呪縛から助けるためでもあるんだよ」

「……」

「話して、くれませんか?」

 二人の説得に折れ、篠島はとつとつと語り始める。

「……俺とほたる姉ちゃんは、元々姉弟だったんだ。でも、小さい時に両親が離婚して、俺は母親に、姉ちゃんは父親に引き取られた。姓が変わっても姉ちゃんは時々俺達の家を尋ねに来てくれたんだけど、ある時、俺が学校に行ってる間に家にトリガーが押し入って、母さんを殺して金を盗んでいったんだ……丁度その日姉ちゃんが家に遊びに来て、現場を見てから慌てて通報してくれたんだけど……母さんの遺体には何故か銃痕しか残ってなくて、どのバレットかも判らない上に銃弾が見当たらないから、証拠不十分ですぐに捜査が打ち切られて……」

 日生が、一瞬顔を上げた。

「それから、姉ちゃんは俺を父さんの家に引き取った……けど、俺も姉ちゃんもその時の警察に対する恨みがずっと消えてなくて。そしたら今度は姉ちゃん自身がトリガーになって……」

「だから、今回の事件に……」

「姉ちゃんは母さんのことを蔑ろにした犯人が許せないってことで、俺に影武者を頼んで……初めは警察を困らせられたらそれで良いと思ってた。でも、姉ちゃんの復讐が本気だってわかって、いつか姉ちゃんが誰か殺しちゃうんじゃないか、不安になって……」

 うなだれる篠島。じっと耳を傾ける日生と月雲。

「……頼む。俺にはもう、姉ちゃんを止められない」

 悲痛な呟きが、取調室に空しく響いた。

「姉ちゃんを……止めてくれ……」



       ***



 取り調べが終わってから三日後。

「ひなせちゃん、もう大丈夫なの?」

「はい、軽率な行動をしてしまいご迷惑をおかけしました。身体の方はもう大丈夫です!」

「そんだけ元気がありゃ心配ないな。よっ」

「わ……っとと、先輩!」

 日生の背後に現れた月雲が、彼女の手に修理したガトリングを渡した。

「しっかし盲点だったわ。俺達の目を篠島に集中させて、その裏で犯行を行うためにストーカー事件をでっちあげたなんて」

「月雲君、取り調べしてくれてありがとうね」

 月雲が日生に向けそっとサムアップする。病室を抜け出したことはバレていないようだ。

「東雲さん自身が元々パソコンそのものに詳しかったみたいね。映像編集もハッキングもお手の物だったらしいわ……篠島さんが放火しているように見せかけた映像も、彼のプロフィールを隠したのも、全部東雲さんがやったみたい」

「今時なんでも合成で何とか出来るからな。これも時代の進歩ってやつかー……」

 感慨深げに月雲が呟いていると、電話が鳴りだした。

「はい、こちら杜若。え?はい、はい……わかりました。すぐ現場に向かわせます」

 星乃が切羽詰まったように受話器を戻す。

「本部長ですか?」

「ええ。東雲さんが廃ビルを占拠して火を放ったそうよ。二人ともすぐに向かって!」



 星乃に指定されたビルに向かうと、ビルの中に居た人は全員消防により救出が済んでいた。本部長の話によれば屋上に東雲らしき人物が見えたとのことだが、周囲に人だかりが出来ていたため、人の波を押し返しながら無理矢理ビルに潜入する。

「ちょ、煙が……」

「ガソリンくせえ……まさかこのビルごと爆発させる気か……?」

 ハンカチで口元を覆いながら、外の非常階段を使って上階へ上る。どうやら屋上にだけは火を放っていないらしく、二人が辿り着いた時、ほたるは屋上の縁に腰かけながら、ぱん、ぱんと手を叩いていた。先日の爆発による怪我のせいか、コートの裾から包帯が覗いている。

「よく辿り着けましたね。褒めてあげましょう……なんて、言うとでも思った?」

 初めて会った時のおどおどした表情から一変し、ほたるの顔はひどく歪んでいた。

「全部あんたの弟から聞いたぞ」

「……そう。あの子、びびって全部ばらすなんて馬鹿じゃないの」

「明人さんは馬鹿じゃないです!彼は貴方を助けるために自供してくれたんです!」

 ほたるはゆっくりと立ち上がり、何もない空中からパイロキネシスを出現させた。

「まあいいわ……どの道貴方たち警察には死んでもらうから」

 炎を周囲一帯にぶちまけ、二人を炎の輪の中に閉じ込める。

「もう逃がさない。私の復讐を邪魔しないで……!!!!」

 目をむき、パイロキネシスを担いで月雲へ飛び込んだ。

「お、ちょっ……何しやがる!」

 月雲も応戦すべく鞘から出鱈目を抜き出し、構える。辛うじて炎を防ぐことはできたが、炎の反射で前が見えない。

「どこ見てるの?」

 ほたるが月雲の背後を取ろうとしたが、

「させません!」

 多数のゴム弾がほたるの足元にめり込む。日生が動きを牽制し、月雲の背後に回るのを阻止する。

「痛いじゃない!……なんてね」

「え?」

 月雲を諦めたほたるはゴム弾をよけながら、その流れで日生の背後に回り込んでいた。ポケットからナイフを取り出し、日生の首元を切りつけようと彼女に迫る。

「日生、しゃがめ!!」

「は、はい!」

 反射的にしゃがんだひなせの背後に迫っていたナイフを、振り抜いた刀で受け止める。

「先輩!」

「もたもたしてねえでさっさと奴の懐に潜り込め!」

「……はい!!」

 二つの金属がじりじりと火花を散らす中、日生は振り返りざまに低姿勢で踏み込み、ガトリングの銃口をほたるの腹に突きつけた。

「観念してください!」

「大人しくそうすると思う?」

「なっ」

 月雲の刀を押し返し、パイロキネシスのボディを振りかぶって日生の頭を地面に叩きつける。

「きゃあ!!」

 ガン、と強い音が響く。

「ひなせ!!!!」

 刀を構え直して切り込むも、再度ナイフに軽々と受け止められてしまう。

「あはは、そんなの通用するわけないでしょ」

 もう片方の手でパイロキネシスを月雲の腹にぶつけて、衝撃で吹き飛ばす。

「ぐお……!!!」

「せんぱ……い……」

「まず貴方を殺してから、あとでじっくりいたぶってあげる」

「あぐっ」

 ぐりぐりと、力任せに日生の背中を踏みつける。

「貴方たち警察も……母さんを殺したトリガーも……憎いのよ全部。憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎い!!!!!」

「う……ぁ……」

「母さんを見殺しにした……私達の母さんを殺した犯人を探しもしないで、さっさと捜査を切り上げた!!!」

「うああ!」

「私がこの力を手に入れたのは、復讐を遂げろって神様の思し召しでしょう!?だから私は」

 もはや骨折しそうな勢いで日生の背中を踏みつけていたが、

「トリガーに家族を殺されたのは、貴方だけじゃない!!」

「!?」

 ほたるが絶叫にひるんだ隙をつき、日生は横にころがりその場を逃れた。立ち上がりながら、言葉を続ける。

「私も、父さんや母さん、弟をトリガーに殺されたことがあります。手口も貴方たちと同じでした。でも、私は家族が死んだあとおじいちゃんとおばあちゃんの家に引き取られて、二人に育ててもらって、家族を喪った哀しみからなんとか立ち直る事が出来ました」

「……だからなに?」

「たしかに、警察の中にはたちの悪い連中も居ます。だけど、自分が傷付けられたからって、それを理由に他の人を傷付けていいことにはならない。まして、バレットで家族を殺されたからって、そのバレットで報復をするなんて、絶対に間違ってる!!」

「……」

「明人さんは貴方がバレットの力で人を殺してしまわないか心配していました。ほんっとうに、心配していました。でも、自分の力では貴方を止める事は出来ないと嘆いてもいました」

 明人の話を持ち出され、ほたるがうつむく。

「貴方を大切に思う家族が、貴方を待っているんです。今すぐパイロキネシスを捨てて降伏して下さい!」

「……それでも、嫌だと言ったら?」

 不敵に微笑むほたる。

「――なにがなんでも、全力で貴方を止めます!!」

「それ、俺にも手伝わせてくれ!!」

 不意に空から男の声がし、貯水タンクの上から、何者かが炎の壁を越えて飛び込んでくる。

「姉ちゃん、もうこんなことやめてくれ!!!!」

 立ち上がるなり、素早くほたるの腕を掴んで拘束した。

「明人……さん……?」

「……アキト。手を離して」

「だめだ。やっぱりこんなの、間違ってる」

「アキト!!」

「頼む、俺ごと斬り抜いてくれ。俺にはこんなことくらいしか出来ないから」

 激しく抵抗したが、到底明人の力には叶わなかった。

「早く!!」

 明人の気迫に押され、日生はゆっくりと月雲の近くに歩みを進める。

「……先輩。出鱈目さん借りますよ」

 月雲の横に投げ出されていた刀を拾い上げ、

「明人さん、ごめんなさい。……うああああああああああああ!!!!!」

 力回せにぶん回し、遠心力で返した刀を身動きの取れないほたるの腹部にクリーンヒットさせた。

「ぐっ……ふ……」

 ほたるの手からパイロキネシスが滑り落ちた。と同時に、先程まで勢いの強かった炎が、一瞬にして霧散していった。



「おわ……った……」

 息も絶え絶えに、日生は出鱈目を地面に投げ出した。

「先輩……やりました……!」

 倒れていた月雲に駆け寄り、ゆさゆさと彼の身体を揺り起こす。

「先輩!先輩!!ねえ見てくださいよこれ!!!わたしやりましたよ!!!!」

「んあ……?」

 起き上がった月雲が辺りを見渡すと、澄み切った空と、地面に倒れたほたると明人の姿が目に入った。

「あれ、なんで篠島が……てか、これ一人でやったのか……?」

「明人さんが助けに来てくれたんです!私一人ならどうなってたことか……でもやりきりましたよ先輩!!」

 月雲が怪我しているのも無視し、思いっきり飛びつく。

「痛い、いて、わーったから!!!」

 まだ腹部に鈍痛が残るものの、月雲は日生を受け止め、頭をぽんぽんと撫でた。

「つかお前、だいぶ血流れてっけど大丈夫か?」

「えへへ、だいじょうぶ……れす…」

 力無く笑いながら、月雲の胸に倒れ込んだ。

「すいません、ちょっとだけ……くらくらしちゃって……」

「ちょっとどころじゃねえわ馬鹿」

 毒づきながら、日生の身体をそっと持ち上げ、お姫様だっこする。

「セクハラで訴えられても責任取れねえからな」

「……すー……」

「……はあ。のんきな奴……」

 不満を口にしながらも、その顔はどこか満足そうだった。倒れたほたると、巻き添えになって気を失った篠島の元に近づき、彼女の手からパイロキネシスを回収しようとすると、

「どうしてその子に執着するの?」

「!!」

 まだ意識が残っていたらしい。

「その子が居なくても、本来なら貴方一人でも事件は解決できたはず」

 警戒しつつ、黙り込む月雲。

「自分の身を捨ててもその子を守る理由が解らない」

「……」

「その子、何者?」

「……あんたには関係ない。こいつは誰にも殺させない。もしこいつを殺すとしたら……それは俺だ」



        ***



 あの後、二人は本部長の手により確保され、ほたるは放火事件の真犯人として逮捕、篠島は共犯とはいえ彼女を止めた功労により、秘密裏に釈放された。

「ご苦労さん、日生ちゃん!よくぞやり遂げてくれた」

「ここ一か月は先輩の手柄が多かったので。これでようやく、私も一人前って感じがします!」

「えー……今回も俺頑張ったぞー……?」

 部屋の隅で一人しょぼんとしている月雲。そんな月雲に星乃が救いの手を差し伸べる。

「でも、あの時血まみれの日生さんを運んできてくれたのは月雲君だったのよね」

「え、先輩が運んでくれたんですか?実はあの時のことよく覚えてなくて……」

 名前を出された月雲がやや照れくさそうに釈明し始めた。

「あー……いきなりぶっ倒れるし、そのまま一人で置き去りにするわけにもいかねえし、当然のことをしたまでっつうか、なんつうか」

「ありがとうございます」

「あ、ああ……」

 ばつが悪そうに月雲が目を泳がせる。

「私、先輩とコンビ組めてよかったです。ほんとに感謝してます」

「んなキャラじゃねえこと言うなよ。こっぱずかしい」

「ううん、二人でならどんな事件も解決出来そうな気がするから。なんとなくだけど……」

「……はあ。足引っ張らねえ努力もするんだぞ。これ以上仕事に支障きたすようならコンビ解消してやってもいいんだからな」

「やめて下さい頑張りますからあ!!」

 涙目で訴えた直後、日生はくすりと微笑んだ。

「だから……これからもよろしくお願いしますね、先輩」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ