009 器が大きいから許せるというわけではない
「すまなかった」
風呂上がりのお話はラソロの謝罪から始まったのだった。
「いくつも謝ることがあるが、まずはお前のことを男だと思っていたことからだ。すまん」
エルフは男と思われることに特に何も感じないから、はぁ、と相槌を打つだけだった。
「ところで、なぜ男の子の格好をしているの?」
ジェファからの質問のエルフの答えは単純である。
「動きやすいから」
森の民の民族衣装というべき服は、男はズボンで、女はロングスカートである。ひらひらふわふわしたスカートを枝にひっかけて転んだり、扉に挟んで転んだりして動きにくかったから、グウスに頼んだだけである。
ラソロとジェファは少し困ったような表情で互いの顔を見合わせていた。
「じゃあ、次にこの手紙だ」
ラソロは手紙を指し出した。
「お前の父親であるオードさんからの手紙で、おまえを僕に鍛えてほしいと書かれている。だけどそれはもう少し後の話だったみたいだ」
「あのね、この手紙にははっきりした日時は書かれていなくて、大きくなったらっていう曖昧にしか書いてないの。
それにね、あなたにはまだわからないかもしれないけど、森の民の時間の感覚っていい加減なのよ。近いうちに、と言っておいて五十年後だったことなんて、よくあることなの。
きっと、あなたのお父さんは早いうちに約束の手紙を出しておいて、あなたの体が成長した頃に、訓練の時間を取ってもらえるようにしておいたのだと思うの。
でもラソロケニージノリは、真面目で、約束を守るとっても素敵な人だから、オードさんの予想以上に早く来すぎてしまった。
彼は決断したら迷うことなく行動してしまうの」
ラソロの言葉少ない話を補足しながら、ジェファはラソロを褒めている。
「オードさんも森で手を振り返してくれたから、許可しているのだと思い込んでしまった。それにだ、おまえが魔法を使えるというから、厳しく教えても大丈夫だと思い込んでしまったのだ。魔法を教えるのは普通二次性徴を終えた辺りからだからな。勘違いしてしまった。すまない」
「ラソロケニージノリの失敗は、婚約者である私の失敗でもあるわ。一緒に謝ります。ごめんなさい」
(いきなり森でサバイバルとか、幼児にやる訓練じゃないよな。よかった、あれがこっちの世界の常識じゃなくて)
やっとわけのわからない状況がはっきりして、エルフは気が緩んだ。
グー、とエルフのかわいい腹の虫が鳴いている。
「じゃあ、少し早いけど夕飯の準備をするわね」
ジェファが笑って言った。
「僕も何か手伝おう。気持ちは行動で示さなければ伝わらないからな」
ラソロとジェファの作った夕食は量も味もよくて、気持ちが十分に伝わったのだった。
夜寝る時もベッドだった。エルフにとって重要だったのは屋根の有無や布団の柔らかさではなかった。
ジェファの家にはベッドは二つしかない。婚約者とはいえども、ジェファとラソロケニージノリはまだ一緒に眠らない。
ではエルフはどこで眠るのか。
ジェファと一緒のベッドでエルフは幸せそうな顔をしていた。ジェファが抱き枕のようにエルフを抱きしめたまま眠っている。
(なんて幸せなんだ。俺は、ここまでの道のりでのすべてを許す。そして必ずまたここに戻って来る!)




