004 感覚派の教育
エルフはいきなり言葉数多く話すのは不信がられると思い、体の成長に合わせて徐々に言葉を増やしていった。
それに、前に気軽に話してしまったばっかりに、自分の名前が決まってしまったこともある。話す前によく考えるように注意している。
エルフは二本足でトコトコ歩けるようになっていた。
(おかしい)
一人で家に留守番している時、魔法の教本の類がないか散々探し回ったのに何一つ見つからない。
(オードもグウスも魔法を使う前に呪文を唱えるそぶりは無い。指で印を組むようなことも無い。大人にならないと魔法は使えるようにならないのかな?)
魔法があるということが分かっているのに教えてもらえない。その不満が徐々に高まっていた。
「父さん、俺も魔法が使えるようになりたいのです」
どう切り出したものかあれこれ悩んで、子供らしく素直が一番だと判断していた。
朝食を食べ終え、お茶を飲みながら和やかな談笑をする両親にお願いした。
二人は驚いて動きを止めてしまった。
(マズッたかな。森の民の一般的なお子様はこんなこと頼まないのか?)
オードは腕を組みしばらく悩んでいたけれど、決心した表情で言った。
「よしっ、じゃあやってみるか!」
「えぇっ、まだ早過ぎるわよ。オシメしなくなったのが、ついこの間なのよ」
(その通りだけど、あんまり言わないでいただきたい)
グウスに反対されて、魔法は学べない。
この時は、そう決まった。
それから数日後のある日。
母親のグウスは近所の親せきの家へと出かけてしまい、父親のオードと二人で留守番することになった。
「エルフ。父さんと、ちょっと散歩しようか」
エルフは歩けるようになったといっても、まだまだ幼い。歩調もゆっくりで、大人の感覚からしたら散歩と言えない様な距離しか歩いていない。一度も転ぶことなく、落ち葉の積もった道を歩いた。
オードは一つ咳払いして言った。
「この間のことだけど、魔法の練習をやってみるか」
しゃがみ込んでエルフに視線を合わせ、ニヤッと笑った。
「もちろん母さんには内緒だぞ」
「はい!」
(ひゃっほーう!ついに魔法が使えるーー!パパありがとー。あいしてるーー)
エルフが超笑顔になり、オードもうれしそうに笑った。
「基礎とか、地味で面倒なあれこれの決まりがあるけど、面倒だから飛ばすとして……」
どうやら人に魔法を教えるのは初めてのようだった。初めての自分の子供に教えるのだから、ある程度かっこいい魔法を使わせたいと考えていた。
「とりあえず得意な魔法から練習した方が楽しいよな?」
(大丈夫かよこの親父。ノープランの上に幼児に相談し始めたぞ。グウスの言う通りまだ早かったか?)
エルフが黙っていると、勝手に同意したとみなされてしまった。
「意識のはっきりしない赤ん坊が魔法を使うと危ないから、生まれてすぐに両親が魔法を使えないように封印するんだ。だから今までお前は魔法が使えなかった。今からお父さんが、ほんのチョットだけ封印を解いて一時的に魔法が使えるようにする。そうしたら、こんなふうに」
オードがバンザイの仕草をする。
「手のひらや指先から魔法を放出……、魔法の力を出すイメージをするんだ。それぞれ得意な分野、例えば母さんは水が得意だから水や雲がでるんだ。特に何も考える必要はない。解放された魔力をただ出すことだけを考えるんだ」
エルフがバンザイの姿勢を取ると、オードはその背中に回り込み、ポンと両手でエルフの背中をたたいた。
(うわっ、体から何かがあふれ出すみたいだ。ちょっと怖いんだけど)
「よし成功だ。エルフ、封印を解いたから両手に意識を集中するんだ」
「はい、わかりました。うーん」
(うーーん。不発だとかっこ悪いから全力でやるか!なんでもいいから出ろ~。ふぁいやー)
オードはエルフから数歩離れて、手のひらの上に出る魔法の種類を観察していた。
「火か。エルフ、お前が一番得意な属性は火の魔法みたいだな。いろいろ応用が利いて便利な魔法だぞ。よかったな!」
(火?うおっ、頭の上に火の玉が浮かんでいる!すげーすげー!)
魔法が出せたことに二人が喜んでいる間もエルフはどんどん魔法を放出していた。
「おーい、エルフよ。もうそろそろ止めてもいいぞ。魔力量が小さいうちは、魔法を使い過ぎると疲れるからな。火の魔法はそのままにすると危ないし」
オードがのんきに笑っていられたのは、次のセリフを聞くまでだった。
「どうやって消せばいいのですか?父さん」
「どうやって、そりゃ基本通りに……」
こうして話している間にも炎の塊はドンドン大きくなっていく。
「ヤバい!消し方教えてなかった!水や風の魔法が出て来るとばかり思っていたから、そのまま放置しても大丈夫だとばかり思ってたから。どうしよう!」
(はあ!何言ってんだアンタ!まだまだでっかくなってくんですけど)
焦った様子でオードはいろいろ考えている。
「あっ!そうだ、子供のうちは魔力切れになれば魔法は自然に消えるんだ。おいエルフ!魔力を出していてだんだん疲れてこないか?眠たくなったり、意識が飛びそうになってないか。そうなった時はだな、自然に任せてだな」
「いいえ、父さん。全然、全く、これっぽっちも疲れていませんけどー!」
「…………」
「…………」
「ちょっと考える時間をくれないか?」
(もう駄目だ、せっかく生まれ変わったのに、もう終わりだ。また転生できるといいな。さよなら、バイバイ)
エルフが、心の奥でこの世界に別れを告げ始めた頃、オードが思いついた。
「そうだ、あっちにある湖で放てば火事にもならない!よし、行くぞ、エルフ!」
走り出そうとしてオードは止まって、振り返った。後ろにはヨチヨチ歩きの幼子が、バンザイしたまま歩いている。
「待ってください父さん。そんなに早く歩けないんです」
湖に付いた頃には炎の塊は巨大なものへと変わっていた。赤から白に近い色の高温へと変化している。
(マジで怖かった。普段は何も無いところでもよく転ぶのに。つかまり立ち卒業したての幼児に無理させすぎだろ!)
「魔力を強制封印することも考えたんだが、そうしたら制御できている魔力まで暴走する危険があるからな。とにかく、よく頑張ったな、エルフ!」
頭のすぐ近くで高温の炎の塊が燃えているのに火傷しないのは、きっちり制御できている証でもあるが、エルフにそれを認識する余裕はなかった。
「よし、エルフ。出来るだけ遠くに、湖の真ん中めがけて放るんだ!」
オードはこれまでの焦って、慌てて、頼りない表情から、真剣で力強い顔に変わった。
「あとは父さんが何とかする」
「えい!」
エルフが放り投げるような動作をすると、炎は湖へと飛んで行った。
(もうどーにでもなぁれ~)
オードが大きな湖に向けて手をかざすと、水面全体が大きく盛り上がった。湖の水は空中に浮かびあがり、生き物のような動きで形を変えていく。そして水は竜の形に変わった。
白い炎の球を、水で出来た巨大な竜の口が飲み込んだ。
水蒸気の爆発が起きた。
炎の熱で、竜の一部が水蒸気へと変わり、湖にもやがかかった。炎が無くなると、水の竜は何事も無かったかのようにただの湖へと戻っていった。
「どうだ。父さんの魔法は?父さんが得意なのは物体を動物みたいに動かす魔法なんだ。ちょっとサービスして昔見た竜の姿にしてみたけど、どうだ?驚いただろう」
自慢げな顔のオードとは違い、エルフはポカンとしていた。驚きすぎて魂が抜け落ちてしまったかのような顔だった。
「うわっ、大丈夫かエルフ!?ちょっと驚かしすぎたかな。おーい?」
心配してオードが駆け寄って来たが、エルフは自分がこの世界を甘く見ていたことを反省していた。
(魔法の格が違いすぎる。ふざけ半分であの威力なのかよ。
ダンゴムシが鷹に生まれ変わって、周りに空を飛べることを自慢しても無意味なんだ。この世界では魔法が使えて当たり前。
俺ぐらいの見た目のやつも普通で、俺の魔法の才能も普通なんだろう。
俺は特別な存在じゃないことが、早いうちにわかってよかったと考えるんだ。
例え鳥が空を飛べるようになったことが特別じゃないとしても、自由自在に空を飛べるようになったらきっと楽しいはずだ。教え方はアレな感じだったけど、教えてもらえることは確かなんだ。調子に乗っちゃダメだ俺、謙虚にいけ謙虚に!こうなったら第二の人生、楽しく過ごすんだ)
目の前で手を振って呼び掛けても反応しない自分の子供を見て、オードは焦った。
脅かしすぎたか?
怖いとか、もう二度と魔法なんて使わない絶対。などと言われたらどうしようかと考えていた。
「父さん」
何といって慰めよう。魔法に対する興味を持ってもらうにはと悩んでいたけれど、次の一言で安心した。
「俺、父さんみたいに魔法が上手になりたいです」
「そうか」
と言って、エルフの頭をやさしくなでた。
今回のことがばれたらグウスに怒られるからと、オードはエルフを抱えて慌てて家へと帰った。
背中の封印を掛け直して、証拠隠滅し終えたタイミングでグウスは帰って来た。
親戚からもらったという変わったパンや肉料理の夕食を食べ終えて、家族団らんの時間。
「エルフの魔法のことなんだけど」
それまでの話しの流れを断ち切るようなグウスが出した話題に、オートがビクッと硬直した。
「基礎の魔法なら教えてもいいんじゃないかしら。今日相談してみたら、興味を持ち始めているのに何も教えないのは、かえって危ないって言われちゃった。あれ?あなたも賛成でしょ?」
黙ったまま、表情の硬いオードの様子を不思議そうに見ている。
「え、あ、ああ。いいんじゃないかな、基礎。何事も基本が大事だよな、基本が」
翌日、夫婦二人で封印を解除し終えるまで、オードは勝手に封印を解いたことがばれるのではと、ビクビクしながら過ごしたのだった。