021 連鎖する悲劇を人は笑う
材料集めは簡単だった。超簡単だった。
町の市場に行くと全ての材料がそろってしまったのだ。
(簡単すぎる。性別を変えられる魔法だぞ?この市場が優秀すぎるだけなのか?いや、もしかするとあのレシピそのものが贋物か?)
エルフはとりあえず作ってみることにした。
加工した材料を変化させるのに数年ほどかかると書いてある。魔力を込める工程も記述されており、魔術の心得のある者でないと製作不可能だ。
(材料は料理の献立レベルでも、さすが魔法薬って感じだな。
ついに、ついにこの日が来たんだ。
もういっそのことすべてを諦めて、女として生きようかと、何度も何度も迷ったさ。
生まれ変わってからの時間が前世を超えたあの日、二次成長期のあの日!
現実を突き付けられたつらい日々。
……けど無理だった。もう、ほんと無理。だって俺は男だもの。
前世で理解できなかったオネエ系の気持ちが今なら痛いほどよくわかる。馬鹿にしてごめん。オッサンじゃないよ、オネエサンだ。BLもそうだ。13人に一人はLGBTですよ。
肉体じゃなくて、魂の在り方なんだよ。
結局は、心と体の違いを受け入れるしかないのさ)
積もり積もったいろいろを抱えたまま、エルフが熱心に材料をすり潰していると、あとで使うモンスターの卵が作業台の上から落ちてしまった。
モンスターの卵は頑丈で、わずかな傷すらついていない。
落ちた勢いそのままに、寮のエルフの部屋の入口へと転がっていく。その日は部屋の扉を閉め忘れて作業していた為、部屋の外へと転がって行ってしまった。
(あ゛っ!)
エルフはそのことに気が付いていたが、今は途中でやめることのできない作業中だ。
数分後、すり潰した材料に魔力を込めながら混ぜ終えた。作業はひと段落。
卵を追いかける。
サッカーボール大のモンスターの卵はそれなりの値段がした。貴族だって通う学食の、一番高いメニューと同じくらい高かったのだ。薬の材料としても欠かせない。
卵は部屋を出て、階段を下り、寮の外に出て、学内を転がり、物にぶつかって方向を変えた。ドミノ倒しのような奇跡がエルフをもてあそぶ。
ついには学校を出て、緩やかな坂を町へと転がっていく。
平らな場所へ出た。卵の速度も遅い。
(やっと止まったか。なんであそこまでやって割れないのか?本当にアレは卵か?)
買い物帰りだろうか、荷物で両手のふさがった少女が空き地の側の道を歩く。
空き地からボールが転がってくる。ボテボテと不格好なボールが少女の前で止まった。空地の少年たちが、ボールを蹴り返すように身振りでうったえている。
悲劇はさらに続く。
卵はそのボールのすぐそばにあった。
(ふぁっ!)
足元が見づらい少女は卵を足で思いっきり蹴り飛ばした。思っていた以上に固いそれに、少女は蹴る方向を誤った。
卵はまた道をコロコロと転がり始める。
エルフは駆けよって、うるさく騒ぐ子供たちへボールを鋭くパスして、固い卵を蹴ってしまって涙目で痛がっている少女に、今までの事情説明に感情を込めまくって話した。
「あれ?たまごですか?え、ごめんなさい。足元が見えなくて」
ピタゴラ装置が、ドミノ倒しで、ミラクルが!というエルフの感情的な説明を、少女は真摯な態度で聞いている。
何を考えたのだろう、荷物を抱えた少女は決心した顔になった。
「一緒に追いかけさせてください。私の責任ですから」
卵は転がっていく。追いかける二人をあざ笑うかの如く。
まるで卵に意思が芽生えたかのようだ。卵を捕まえることができない。
「あ、そうだ。私の仲間が便利な道具を作っているのですけれど、それがこの先の宿に止めてあるんです。卵の進行方向ですから、それで一気に追いつけるかもしれません」
両手が荷物でいっぱいなのに少女の走りは結構早い。宿に着いて少女の言う道具が何かすぐにわかった。
(自転車?この世界にもあったのか)
少女はアッと何かに気が付いた顔をした。
「あなたは、この世界の人ですよね。じゃあこれの使い方わからないですよね。私と一緒で乗れないでしょうね。ごめんなさい、そこまで考えてなくて」
エルフは少女を無視して、さらっとサドルにまたがって卵を追いかけ始めた。
「あれ!?どうして乗れるんですかー」
少女は、宿の前の坂道を転がる卵を追いかける自転車に乗ったエルフを、宿の前に荷物を置いて、さらに追いかけ始めた。
そんなことを知らずに、坂道を下からノロノロと歩いて登ってくる人物がいた。
少女というには迷う年代の若い小柄な女性だった。
「あ、カネモトさーん!それを止めてくださーい!」
自転車に乗ったエルフの後ろを追いかける少女が叫んだ。どうやら彼女たちは知り合いのようだ。
(これでやっと卵が止まる)
ほっとしたエルフが、自転車の速度を緩めた時だった。
坂道に落ちていた小石に乗り上がるようにして、転がっていた卵が高く跳ね上がった。
それと同時に卵が割れて、中からモンスターのヒナが孵った。一見フワフワして可愛らしくともモンスターであることに違いない。単なる動物ではない魔力を帯びている。
「まかせて!」
坂の下から歩いてきた彼女、カネモトは杖を取り出した。
その力強い言葉には、この状況の全てを理解しているという自信にあふれている。
「消し飛べ!!」
魔法の杖から赤い衝撃波が放たれ、モンスターのヒナをブッ飛ばした。
「ああああああああ!」
少女は、目の前で行われた残酷な行為に叫んだ。
カネモトと呼ばれていた若い女は、坂を登り、自慢げな歩みで少女と合流した。
少女が、自分たちは、彼の大切なペットを追いかけていたこと。そして、その子をカネモトが魔法でヤッってしまったと説明した。
友だちの宝物を壊してしまった直後みたいな顔をした少女から聞いた、取り返しのつかない現状。
少女は坂の下の方で、割れた卵の殻を一枚一枚丁寧に拾うエルフを指さす。
「知らなかったんだもの。やっちゃった、どうしよう!」
もちろん、卵は魔法薬の材料で、エルフの説明をいい加減にしか聞いていなかった少女の誤解である。
二人が駆け寄って来た。エルフは丁寧に卵の殻を柔らかな布に包んで懐にしまう。
(やったー、材料が何とか手に入ったぞ。魔法薬の材料、モンスターの卵の殻。回収成功!)
心の中では、阿波踊りを踊りだしたいほどの喜びだったけれど、他人には全然そうは見えなかった。
失ったものの悲しみを受け止めきれず、地面に這いつくばって、薄暗い笑みを浮かべながら、かけらを拾っている用にしか見えない。
隠れ里では、名前で失敗して以来、ずっと両親の前でも感情をあまり表に出さず、大人しく生きていたからだろう。
「本当にごめんなさい。悪気はなかったのです。ほら、カネモトさんも謝って!」
少女が無理矢理にカネモトの頭を下げさせた。
目的を達成できて何の不満もないエルフと、やっと卵から孵った大切なペットを惨たらしく魔法で消し飛ばしたと勘違いしている二人のすれ違い。
その流れを無視するかのように、店から校長のレイツと若い男が話しながら出てきた。




