019 侍女さんは見た
(このままでも、それはそれで美しい結末かもしれない。
でも、せっかくのファンタジー世界なんだから、二人は末永く暮らしましたとさ、めでたしめでたし。なんて終わりが見たいよな)
ある夜、寮の外壁にエルフがやって来ていた。
(でも、万能薬のことは知られたくない。
それを持っているってことが知られたら強盗とか、どんなひどい目にあわされるか、わかったもんじゃない。
だから、夜中にこっそり忍びこんで、人知れずにアアルに飲ませる)
エルフは母親に持たされた小瓶の万能薬を、水で薄めて別の瓶に入れて持ってきていた。
薄めたのは、万能薬局で販売されていた物がそうだったからだ。森の民とは違い、人には強すぎる可能性があるかもしれないとエルフが判断した結果だ。
万が一見つかった時のために例の白い毛皮を被って顔を隠した。他にいいものがなく、万が一の保険に過ぎないと妥協した。
女子寮の最上階にアアルの部屋はあった。
深夜、その部屋の窓のガラスをぶち抜きながら、一人の人物が突入した。
(おかしい、妖精を連れた少年のミュージカルなイメージだったはずなのに、完全にスパイアクションみたいになっている!)
飛行する魔法はほとんど練習していなかったため、風を抑えきれずに物凄い勢いでの突撃になってしまった。
アアルは疲れているせいか、音に気が付かず眠ったままである。
ほっとして、隣のベッドを見れば驚いた表情で固まった侍女が起きていた。
(スパイアクションとしても失敗だな。こうなりゃ力技だ!)
眠ったアアルの口の中に薬を流し込み、破った窓から全力で逃げた。
ガラスの割れた音で目覚めたのだろう、次々と寮の窓に明かりが灯る。
警備員が騒ぎだす前に、なんとか自室に逃げ込めたのだった。
翌朝、不審者の話題で学校中持ち切り。
そうなってやしないかと、エルフはおびえながら登校した。生まれたての子羊よりもプルプル震えていた。
噂話に耳をすませると、昨夜、局所的な突風が吹いたけれど、奇跡的にケガ人がいなかった、というようなことを話していた。
放課後、今日も一人第二書庫で調べ物をしていると、あまり話したことのない人物が話しかけてきた。
「昨夜は大変驚かされました。心臓が飛び出したかと思いました。
でも、今日はお礼を言いに来たのです。しばしのご無礼をお許しください。
あの後、お嬢様の健康状態が劇的に回復していました。思い当たることはあなたの薬以外にありません。
昨日の様子から、そのことを誰にも知られたくないのだと考えまして、嘘をつきました。
お嬢様にも嘘の説明をするつもりです。
でも、どうしてもお礼を言いたくて、時間をもらいここへ来ました。お嬢様ももうすぐ卒業です。そうしたらもう会えないかもしれませんから。
お嬢様たちといっしょのデートもとても楽しかった。
本当に、本当にありがとうございました」
名前も知らない侍女の言葉は途中から震えて涙交じりになっていた。
卒業の季節がすぐそこまで来ていた時のことだった。
そして、彼らは卒業していった。
ホコロミは実家で商売を手伝うと言っていた。
タストはアアルと共に彼女の領地へ向かうらしい。いろいろな問題はあるが彼女の両親はタストのことを認めている。二人で乗り越えていくことだろう。
アアルの病気が治ったのは、愛の奇跡だという噂が流れていた。
もう少し、真実味のある嘘はなかったのだろうか?
エルフは学校に残ることになっている。
それが、種族に流れる時間の違いを表すみたいで、少しだけ寂しそうだった。