015 禁書庫の主
「本当にここにあるのか?」
「噂だとここで間違いないはずなんだよ。まあ、そんなにあわてるなよ」
男子学生が二人、学校の図書館、その第二書庫に噂を確かめに来ていた。
ここに禁書が保管されているという噂だった。
「あ」
「どうしたよ、あったか?」
書庫の隅に椅子に座って本を読んでいる人物がいた。
「あれは確か、森の民の」
「あのイケメンは同級生のエルフだよ。
参加可能な授業全部を受けて、常に一番前の席で、積極的に手を挙げる。宿題も決して手を抜かず、授業の後は質問にも行く。教師の評価は高い。
魔法が得意なはずの森の民なのに、魔法基礎の授業も取っている。魔法のことが全くわからないやつのための授業なのに。変だろ?
授業で指示される基礎魔法以外で魔法を使っているところを見た者もいないらしい。
実は森の民ではないっていう噂まで流れている。人を集めるための贋物だって。
学生寮は外国の貴族や王族のために用意された部屋に住んでいる。
昼間は勉強、夜は高級な特別室。種族や外見もあって、話しかけづらい。最近はフラッとどこかへ消えてしまうことが多いらしいが、こんなところに行っていたのか」
「……かなり詳しいな」
「これぐらいみんな知っているぞ。タストが他のことに興味がなさすぎるんだよ。でも真面目そうな彼には、ばれない方がいいかもね」
彼らが探している噂の禁書、それはお宝本のことだった。
詳しい内容は不明だったけど、男子学生の欲望を満足させると噂されていた。
その噂を聞きつけて友人を誘ってきたのが、うわさ好きのホコロミという男子学生だった。彼の実家は貴族相手の商人をやっていて金持だった。彼の親は貴族も通うこの学校に入学させて、将来に役立たせようと考えていた。
一緒に連れてこられた友人はタストという名の貴族だった。一応軍人の家系だが後方支援や書類仕事が主で、あまり偉くはなく、中の下といったところである。優秀な学生だったが、彼は三男坊で家を継ぐことはないだろう。
貴族とか平民という地位や身分で人を判断せず、純真でまっすぐな男である。
ホコロミはそんな彼のことが気に入っていた。
高根の花、貴族でも身分の高い相手に恋をしてしまい、悩み落ち込んでいるタストを元気づけようとして、わざわざ誰も来ない様な場所までやってきたのだった。
噂を頼りに、本棚の列を数える。端から何列目、上から何段目、左から何冊目という具体的な本のタイトルがわからない探し物は、まさに宝探しの様で二人の男子学生はその行為自体が楽しそうだった。
「あった!」
「見た目は普通の古書だな。表紙に絵も描かれてない。タイトルは日に焼けて読みとれないな」
興奮と焦りが本を開く二人の手を震わせる。
本を開くと雪景色が、飛び出す絵本のようにせり上がってきた。
「なんだ、これ?」
「間違えたんじゃないか」
よく見ると、仕掛け絵本のように見えたその本の中の世界は本物だった。冷気が顔に当たる。どこからともなく本の中へ雪が降っていた。
そして、二人が本から目を離し、お互いの顔を見た時に気が付いた。
自分たちがいる場所がさっきまでの書庫ではなく、本の中と同じ銀世界だった。
目的のお宝ではなかったが、不思議な体験と見渡す限りの雪。二人は雪遊びを楽しんだのだった。
雪玉をぶつけ合い、雪だるまを作り遊んだ。
「ところでここからはどうやって出るんだ?」
「さあ?でも本を開いたことがきっかけだったから、本を見れば何かわかるんじゃない?」
タストとホコロミは本を置いたはずの場所に戻ろうとした。
しかし、本は降りやまない雪に埋もれて隠れてしまったらしく、見つけることは出来なかった。
時間は過ぎていき、雪はさらに降り積もる。
雪でかまくらを作り、二人は寒さをしのいでいた。
「すまなかったよ、タスト。僕が誘ってしまったばっかりに」
「いいんだ。お前は俺を元気づけようとしてくれたんだろう?そんな友人を責めないよ」
二人は死を覚悟した。
寒さに気が遠のいていきそうな二人の目の前に、人が立っていた。
「そろそろ閉館時間だから、出た方がいいぞ?」
その人物はエルフだった。
エルフの手には、あの本が握られている。
バタンと閉じると三人はもとの書庫に戻っていた。雪も寒さも嘘みたいに消え去った。
タストとホコロミが驚いて立ち上がると、エルフは何も言わずに本を棚に戻して立ち去ってしまった。