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013 万能薬局


山頂まで登りきって、ひたすらまっすぐ下山すると、両脇に畑しかない道に出た。

草を薙いで吹いて来る風に違う世界を感じた。


父親から言われたことを思い出す。

(確か「ふもとにある小さな商店に森の民の薬を定期的に卸している。まずはそこを訪ねてみるといい」だっけ?)


オードは、大型犬よりも大きな鳥を伝書鳩のように使い、どこかと手紙のやり取りをしたり、荷物を送ったりしていた。人の側の窓口はその商店が行うという契約を大昔にしたと説明してくれた。


「万能薬局って名前なのか。こんな田舎にある村の店だから、きっと小さな店だろう。地図とか現金とか何とかなるかな?」


草が生い茂り、かろうじて道であるとわかるだけの場所をとぼとぼと歩く。

朝日が昇ったころ道を歩き始め、店についたのは日が傾き始めた頃になった。

「でっかいな。本当にここで合っているのか?」

四方を立派な高い鉄の柵で囲んだ巨大な店に万能薬局と書かれた看板が掲げられている。


店に入ると、不審者を見るような視線を向けられている。

(あっ、そうだ毛皮を脱いで来るのを忘れていた。いまさら脱いでも遅いか)

頭のてっぺんから足元まで、白いもこもこが覆っている着ぐるみに近い格好だ。

店の者に話をしようとしたら、あちらでお待ちくださいと待合室を指定された。見ると他にも五人の人が椅子に座っていた。


高そうな長椅子の一つに、他の人と離れて腰かける。

そうすると、離れて座っていた一人が、好奇心と暇つぶしの道具を見つけた顔をして隙間を詰めてきた。

「別にあなたの格好に問題があってここに待たせているわけじゃないの。この店には世界各地から薬を求めて様々な立場の人間が来るから、格好で判断しない、らしいわ」

小声だが聞き取りやすい声で一方的に話を続ける。

「この店の薬の入手ルートは不明よ。何百年も前に偶然出会った森の民と、何代も前の店主が契約を交わしたらしいわ。ありとあらゆる病、怪我、果ては呪いの類まで打ち消してくれる森の民が作る万能薬。そんな物を独占していれば、こんなにご立派な店すぐに構えられるわよ。見てよ、向こう側。中庭に庭園に大きな池と小さな滝もあるの」


次に、アレをと指さした先を見る。

「あのガラス棚に飾られているのが森の民の民族衣装らしいわ。本物って言い伝えられている。

森の民は、一部の国では信仰の対象にまでなっている種族よ。千年近く前の歴史に現れたのを最後に、あの険しい山向こうの隠れ里に住まう、という伝説があるだけよ。おとぎ話の世界よね。

その横の棚に飾られている瓶に入った液体、あれが万能薬の原液よ。水で薄めても効果は変わらないほど強い薬だから、儲け放題よ」


そして自分のことを語りだした。

「私は、今は新参者って感じかしら。森の民と契約は交わせなくても、あの薬を遠方で売りさばけば莫大な利益を生むわ。だから、はるばるこんな田舎まで買いに来たわけ」


エルフは考えていた。

(毛皮かぶったままでよかった。

森の民ってツチノコとかカッパとおんなじ扱いなの?知り合い全部森の民だから全然レア感無いな。母さんが作っていたあの薬って万能薬だったんだ。小さいころに膝を擦りむいた時に使っただけだから、わからなかった。ああ、どうしよう。その薬の作り方習っちゃったよ)




お隣さんが、自分の野望(仲間との店を大きくする、城を持つ、国を買う、などなど)を語るのに熱くなっていた時に事件は起こった。


テレビドラマの銀行強盗のように、覆面で武装した集団が立てこもってしまった。客と店員を人質に万能薬をよこせと要求している。

客は手足を縛られてはいないものの、剣で武装した男が見張っている。

「あのガラス棚に飾られている薬って、見本だったのね。よかった、血迷って私が強盗しなくて」

お隣さんはまだまだ余裕があった。


「とは言っても、このままだとこの店にある薬全部強盗に盗まれちゃうわね」

肘でエルフを突いて、言う。

「ねえ、あなたがあいつらの前に出て、こっちから注意を逸らしなさいよ。そうしたら私が魔法で全部ブッ飛ばすから」

(はい?)

「私、魔法の杖を持っているの。魔力を込めると刻まれた魔法陣の魔法が発動するやつ。仲間に腕のいい職人がいてね。でも、人に向けて撃ったことがないから、囮が注意を引いているうちに背後から攻撃した方が成功率高いでしょ」

下からのぞきこむようにして無邪気に語る。

「大丈夫よ。斬られる前に全部やっちゃうから。成功報酬も払うわよ」

(お金か。森の民の里では物々交換で大丈夫だったから、今現金の持ち合わせゼロなんだよな)


迷ってからエルフは尋ねた。

「学校までの道のりを教えてほしい」

「道?ちょっと待ってね、地図を出すから」

お隣さんの出した地図は、ちゃんとした物で色分けまでなされている。

「この国?ああ、その国にある学校ね。異国なんかとの交流を目的にしているみたいだけど、地元貴族の子か裕福な商人の子供しか通っていないらしいから、期待はずれかもよ。

現在地がここだから、歩きだと何カ月もかかるわ。乗馬ができないのなら、馬車を乗るしかないわね」


お隣さんは、ニヤッと笑った。

「あなたの目的地までの馬車代を払うわ。成功したら、その倍でどうかしら」

金のたんまり入った袋から銀貨をざらざらと取り出した。差し出された銀貨をエルフは受取ってしまった。

「別に前に出なくても、あいつらの注意をそらせれば、それでいいんだろ?」

「ええ、それでいいわよ」


エルフは魔法を使い始めた。

(父さんが使っていた魔法にしよう。物を動物みたいに操る魔法だ。動物は何にしよう、目立つやつがいいよな。

そうだ!あの雪山の怪獣にしよう。池の水を魔法で氷にすれば楽だな。水の量からいって頭ぐらいなら何とか作れるかな)

お隣さんが、何も行動していないように見えるエルフを急かそうとした時だった。

水があふれ出る大きな音がして、強盗たちはそっちの方を見た。

水は下の方から凍り始めて、薄いガラス細工のような大きな塊になっていく。

中庭いっぱいに氷の鰐の上顎が現れて、強盗たちの方へと牙を向ける。


何が起きたのかわからない店の中の全員が、茫然として動きを止めた。

「はやく」

小声でエルフが隣に座っている彼女にうながした。

「え?あ、はい!」

お隣さんは杖に魔力を込め、魔法陣を起動させた。赤い衝撃波が次々に強盗を吹き飛ばして無効化させていく。

「よし!コンプリート!ってあれ?」

全員を無効化して、それまで隣に座っていた毛皮の人物がいなくなっていることに気が付いた。

「どこいったのかしら?……まあいいか、成功報酬分払わなくてすんだから」




エルフは店を飛び出していた。

「これ以上面倒なことに巻き込まれたくないな。路銀は手に入ったし、道も大体分かった。あとは旅をしながら慣れていけば何とかなるかな?」


目的地へ向かって歩き出したエルフは知らなかった。名乗らずに出て行ったことで、かえって好感を持たれてしまっていることに。そして、万能薬局が全国展開していて、その情報が瞬く間に広がっていることに。

山脈の向こうの未知のモンスターの白い毛皮をまとった格好は目立ってしまい、旅先で何度も面倒事に巻き込まれた。




「疲れた。はぐれモンスターや山賊退治を何回も依頼されて、それ以上頼まれたくなくて高額な報酬を断ったら、村人に変に歓迎されて宴会に次ぐ宴会。

街を歩けば、魔術師に勝負を挑まれ、筋肉質な傭兵や騎士のスカウトを断って。馬車も馬車で普通の馬じゃなくて、角が生えていたり足が六本だったりするし。

おかしいな。目立たない様に毛皮のまま旅を続けたはずなのに、何故だ?」






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