012 時間だけはたっぷりある
別れは、あっさりとしたものだった。
ラソロとよくと遠出していたから慣れているのかもしれない。
「お前はまだ子供なのだから、他の種族に合わせて早過ぎる結婚はしない様にな」
(ラソロとジェファさんが三百歳超えているのに、まだ結婚してないということは、結婚適齢期はその先ということか?あとには二百年ぐらいあるんですけど、父さん。その辺も考えて相手を選べということか)
「どんな人でもあなたが選んできた子ですもの。私たちは賛成するわ」
(女の子を連れてくるとは100%思ってない顔だな、母さん。でも、俺には男と恋愛は無理なんで)
「定期的に手紙を出すようにしろよ。たまには帰って顔を見せろ。一人になるからって稽古も勉強もサボるな」
(むしろ学校に行くんだから勉強が主ですよね、はいはい)
オードとグウスとラソロケニージノリがそれぞれ別れの挨拶を軽くすませると、最後にオードが学校長をしている友人に代わりに謝っておいてくれと言った。
「では、いってきます」
「いってらっしゃい」
「この森をまっすぐ抜けると向こう側に山があって、その先に人の町があるのだよ」
「へー」
エルフはちっちゃい頃聞いたラソロの話を思い出していた。
森を何十日も進み、山を登っていた。
「山っていうからハイキングな気分で来たけど、なんじゃこりゃ。アルプスも真っ青の山脈じゃん」
山のふもとで狩ったモンスターの白い毛皮に身を包み、雪の残る岩山を登っていた。
「ここが何処なのかさえわからん。星の位置で方角が何とか確認できるだけだし。とにかく頂上に登ってみるしかないか」
観光のために整備されるどころか、百年以上人間が踏み入っていない。もちろん山道や山小屋はなく、地図すらない。遭難しても救助は来ない。
テントが張れそうな場所を見つけたら早めに休むようにしていた。明かり、暖を取るための火、飲み水が魔法で出せる。そうでなければとっくに死んでいたことだろう。
今日もテントを張り終えた時だった。
岩と岩とがぶつかり合う、雷の夜みたいな音が響いた。
魔法の火を消し、荷物をまとめ、あたりの様子を探った。
遠くの峰に巨人が立っていた。
周りに比較できる物がないため大きさははっきりしない。だが、あれほどの音を起こせるだけの力があるのだ。巨大に違いない。
巨人は岩でできていて、雪山を殴っているように見えた。
(氷の塊を壊しているのか?いや!違う)
雪山に見えた氷の塊が動いたのだ。氷の怪獣は体の形はゴリラに近いが、頭は鰐の様で歪な氷柱の牙が並んでいる。
お互いの攻撃がお互いの硬い体を砕き、その破片を撒き散らしている。
まだまだ勝負は着きそうにない。
「こっちの様子なんて全然気にしてないみたいだけれど、下手に注意を引くことは避けた方がいいな」
山と見紛う怪物に戦いを挑むことは馬鹿のすることだ。先に進むのならば、それらを避ける様に登るべきだろう。
だが、エルフはそうしなかった。
「食糧にはまだまだ余裕があるな。テントも張ってある」
戦うことも、逃げることもしなかったエルフは、ただ待ったのである。
戦いはまだ始まったばかり、巨体同士の戦いでお互いに決め手がなく、長期戦になる予測が立つのに。
生まれ変わって百年以上が経ち、考え方も森の民に染まってきている。
結局戦いが終わったのは十四日後の夜のことだった。
永い時を生きる種族にとってそれは長いのだろうか、短いのだろうか。