010 星を数える男
ラソロがエルフを送り届けるために、翌朝出発した。
行きとはまるで違う旅は快適だった。
険しい道はラソロが背負ってくれる。食糧は二人分採って来てくれる。質問したらやさしく説明してくれる。
明日には家に帰れるという日の夜だった。
ラソロはエルフに自分の趣味について話していた。
「森の民の人生は、とてつもなく長い。寿命に限りがないのだ。
噂では、俺たちの先祖である一番初めの森の民は、今でもこの世界のどこかで生きているらしい。時間によって死ぬことがないのだから本当かも知れないな。
だから、大抵の森の民は時間がかかる趣味を持っている。
樹木を育てたり、植物の品種改良や、雨粒だけを使って石の彫刻を作る者もいたな。
そして僕の趣味は星だな」
ラソロの視線に合わせてエルフも夜空を見上げた。
(天文学か。星座の物語でも聞かせてくれるのかな)
「ちょっと待っていろ。今準備するから」
エルフが、望遠鏡でも出てくるのかと思っていると、ラソロは荷物の中から長い縄を取り出して先端に輪を作った。
「慣れるまで何度も失敗したものさ」
そう言いながら縄をグルグル回し始めた。
夜空に流星が現れると、投げ縄の要領で流れ星を捕まえてしまった。
ラソロが縄を手繰り寄せると、そこにはきらきら光り輝くモノがいた。
いつの間にか用意していた瓶の中に流れ星を入れ、すばやくふたを閉めると、ほらっと言ってエルフに渡した。
ガラスの向こう側に流星が閉じ込められて輝いている。
「おわびも兼ねた贈り物だ。そのまま大切に持っておくも、夜空に返すのも、おまえの自由にしなさい」
ラソロがあっさりと説明するのにエルフは納得がいかなかった。
「これは蛍か何かですか?」
「ほたる?いいやこれは流星だ。捕まえるところから見ていたじゃないか」
「星は全部捕まえることができるのですか?」
「流れ落ちてこないと難しいな。月に行って帰って来た者がいたらしいけれど、僕はまだ行ったことはない」
「空をどうやって飛んでいくのですか?」
「いいや、そいつは梯子で登って行ったと聞いた。月の昇り始めを狙ったのだろう」
ラソロは真面目な顔をしている。とても子供をからかっている顔ではない。
(ファンタジーの世界マジ怖い。物理法則も調べ直しといたほうがいいな。常識が全く違う)
月は決まった道を流れていくから、そこを狙って梯子をかけるのだ、なんてラソロの趣味の話をエルフが眠ってしまうまで続けた。
家に帰ると、グウスが出迎えてエルフを抱きしめてくれた。ラソロが深く謝って、オードも無事に帰ったのだから気にすることはないと言った。
(やっぱ、いくらこの世界でも、幼児にいきなり旅をさせるのは非常識のようだな)
「それでは僕はもう行きます。また会う日までお元気で」
それは長い別れの言葉だった。
連れ出してしまったことの謝罪を終えると、ラソロはすぐに出ていこうとしていた。
「大変だったけど、楽しかったです。また、近いうちにぜひ連れて行ってください」
少しさびしげな背中に、エルフがそう言った。
エルフの言葉を聞いて、オードはやはり旅が子を大きくするのだなと思っていた。
しかしエルフにとって、ラソロにいろいろ大事なことを教えてもらうのが一番の目的ではなかった。
(またジェファさんの所へ連れて行ってほしい。もっと甘やかしてもらうのだ!)
エルフの言葉が嬉しかったのだろうか、ラソロケニージノリが次に訪ねてきたのは、わずか一ケ月後だった。
それから、グウスが料理や裁縫の家事から森の民秘伝の魔法薬の調合までを厳しくも優しく教えた。
オードが自由でいい加減に、派手な魔法を教えた。天才型で感覚派である彼の教育は勢い任せであった。
ラソロケニージノリは格闘術や狩猟採集、世界や人生についてまで和やかに教えた。