王女の招待
ライトとデフェットを見送ったウィンリィは何をするでもなく、泊まっている部屋の窓から外を眺めていた。
まだシリアルキラーとの戦闘の疲れがどこかに残っているらしい。
仕事を受ける気にもならなかったため、こうしてゆっくりしているのだが、どうにも落ち着かない。
素振りでもするかとも思ったが剣は整備で武器屋に預けているため、それも出来ない。
「あいつ……大丈夫かなぁ」
ふと、ライトのことが頭をよぎる。
何か悩んでいる様子だったが、無理に聞き出しても彼は絶対に答えてはくれない。
信頼されていないのか。と思ったことが何度かあるが、その度に信頼されているからゆえに何も相談されないのだと知らされる。
ライトは仲間に心配をかけたくないのだ。
協力し合う関係ということだけは最近ようやく認識するようになったように感じられる。
だが、個人的な悩みを吐き出してもいいのだと彼はまだ認知していない。
(いや、あいつは知ってる。
知ってて、だから一人で背負いこむ)
どうにかしてやれないか。と思っていると廊下をドタドタと走る音が聞こえた。
その音はだんだん大きく、近くなっていく。
ウィンリィが顔を扉の方に向けた瞬間、その扉が何かに弾かれるように開かれた。
その開かれた時の衝撃と風に乗るように何者かが近づき、肩を掴んだ。
「え?え?ら、ライト?」
ウィンリィの肩を掴んだのは悩みの種であったライト。
何か思い悩むような顔をして出て行ったはずだが、戻ってきた彼は何か焦っているような、どこか泣きそうな表情をしていた。
「ど、どど、どうしよう……」
「はぁ? 何事……ん?」
ライトへと質問しようとしたところで彼が右手に何かを持っていることに気がついた。
それを軽い調子で掴む。
彼が持っていたのは手紙の封筒。真ん中には「ライト様へ」と丁寧な文字で書いてある。
「へぇ、手紙なんて……お前なーー」
言いながら封筒の裏を見た。
その裏には蝋で封がされている。
封蝋されていること自体がおかしくはない。むしろ当然のことだ。
ただ、その蝋にくっきりと浮かんでいる模様が問題だった。
これはこの国、セントリア王国に住むものならば一度は必ず見る模様。
「こ、これって……セントリアナ家の家紋!!?」
封蝋とは中身が手つかずであることを表すものであると同時にこの手紙を出した者、あるいは家を表す。
セントリアナ家の家紋のスタンプによって封がされているということは、国から直々に手紙を送られた。ということを意味する。
その結論にたどり着いたウィンリィはその手紙を慌ててすぐに破れる紙でも持つかのように優しく持ち直した。
その表情はその手紙を持ってきたライトと同じものを浮かべている。
「お、お前! ここ、これ!どこで!?」
「な、なんか第三王女様から直々に」
「じ、直々!? 従者とかじゃなくて、本人が!?」
「そ、そう! 本人!」
ライトは何度も強く頷き続けながらそう返した。
ありえないとすぐに思ったが彼のその様子とこの手紙が事実であると告げている。
少しずつ冷静になってきた頭で意図を探るが、やはりなぜ渡してきたのかがわからない。
「あ、主人殿、急に走られては困る」
テブェットが肩で息をしながら二人がいる部屋へと戻ってきた。
そんな彼女へと手紙を見せる。
「なぁ、デフェ。この手紙」
「あ、ああ。第三王女のポーラ様が主人殿にお渡しになった手紙だな」
そう答えるデフェットだがその顔は信じられないと言っている。
彼女もまた彼がなぜその手紙を渡されたのか察することができていないようだった。
「……中を見るしかない、な。
ライト。お前がもらったものだ。お前が開けろ」
そう言いながらウィンリィはライトへとその手紙を渡す。
「あ、ああ。わかった」
ライトはそれを受け取ると封蝋を剥がす。
一部がパラパラと崩れ床に落ちるがそれに構うことなく中にあるものを取り出した。
中には一枚の手紙と「招待状」と書かれたものが入っていた。
ちなみにそのどちらにもセントリアナ家の家紋がスタンプされている。
『ライト様へ
此度の件、とても良い働きをしたと騎士たちから聞きました。
私も城から見ておりましたが太陽を思わせる強い輝きを放ったのもあなただとか……。
この南副都復興の決起会を行うと同時、無辜の民を救った礼をしたいと考えています。
よろしければ明日の夜、仲間の方と共に城へ来ていただけませんか?
もし、来ていただけるようでしたら明日の十八時に迎えの者を送りますので、その者に同封したものを提示して下さい
ポーラ・フォン・セントリアナ』
手紙としてはそんなシンプルな内容でまとめられ、達筆な字で書かれたものだった。
「……」
その内容を読んで黙り込むライトの後ろからウィンリィとデフェットは覗き込み、その手紙を読む。
そして、彼女たちもしばらく無言。
「……どうするのだ?」
黙り込んでいた三人の中で先に口を開いたのはデフェット。
内容としては悪くない。
むしろ貴族たちと会えるということは彼らとのパイプを作る絶好の機会でもある。
しかし、ライトの顔はどこか嬉しそうではない。
「俺は……礼をされるようなことをしていない」
小さくポツリと呟いた。
それは近くにいた彼女たちにも十分に聞こえており、再び訪れる沈黙。
「じゃあ、断るのか?」
ウィンリィの問いを受けてライトは考え込む。
これを断ったところで断罪されることはないと思う。
これは第三公女である彼女がしていることだ。
この誘いに乗るも乗らないもライト自身が判断すること。
ライトは迷っているのかもう一度手紙に書かれた文章を読み込み、封筒に同封されていた招待状見つめる。
「いや……受けよう」
この手紙を読んでいて浮かんだ疑問。
例えそれが無礼と謗られようとも、それを彼女にぶつけるためにライトはポーラの招待を受けることにした。
◇◇◇
その日の夜。
カジノ街はすでに元通りの風景を取り戻しており、ギラギラとした灯りを放っていた。
そこから少し離れた宿場町や住宅街は完全に寝静まっている。
そんなところにある宿屋の屋根の上にデフェットはいた。
しかし、彼女は夜風にあたりに出たのではない。
目の前で屋根の上に腰を下ろし、月を見上げるライトを追ってきたのだ。
急遽部屋を取り直したため、ウィンリィは一人部屋に泊まり、デフェットとライトが同じ部屋に泊まっている。
最初は部屋を出て行った彼を彼女は無視し、しばらく経っても戻らなければ探しに行こうと思っていた。
だが、無性に気になり結局、後を追って外に出た。
着いたのは宿屋の屋根の上。
最初に高い場所から探そうと同じく屋根に飛び乗った先に彼の背中はあったのだ。
ライトは何を思い出したのか右手を月へと伸ばす。
その手首にはブレスレットが付けられていた。
デフェットはそんな彼に話しかけようとしたが彼自身から放たれる雰囲気がそれを拒絶している。
それからライトが部屋に戻るまでの三十分間、デフェットはその背中を見つめ続けるしかできなかった。
◇◇◇
翌日の十八時。
日がかなり傾いてきてあたりが夕日のオレンジ色に染められた頃。
宿屋の前で待っていたライトたちの前で馬車が止まった。
その馬車の馭者用の席から執事であろう燕尾服を着た男性がライトたちの前に降り、深々と礼をする。
「お迎えにあがりました。
念のために招待状の確認をさせていただきたいのですが」
「あ、はい」
ライトは慣れないことに少しドギマギしながらポーラから渡された招待状を差し出す。
それを確認し終えた執事は馬車の扉を開いた。
「どうぞこちらへ」
示されるまま、ライトたちはその馬車へと乗り込んでいく。
その中はそう広くはなく、二人が並んで座ることができる椅子が向かい合わせに設置され、天井にランプが吊り下げられているぐらいだ。
ライトが奥に座るとその隣をデフェットが、ライトの目の前にウィンリィが座った。
三人が乗り込んだことを確認して執事は馬車の扉を閉める。
それから少しして進み出したらしく、馬車が揺れ始めた。
乗り心地は悪いというほどではないが長時間乗っているとお尻が痛くなりそうだな、と思っているとウィンリィが訝しげに顔を覗き込んでいた。
「ど、どうしたんだ?」
「ん……いや」
ウィンリィはライトから顔をそらすと窓から見える景色を身始めた。
これから王族に会うと思うと緊張で体が少し強張るライトには彼女が歯を噛みしめていることに気がつくことはない。
◇◇◇
馬車に揺られること十分ほどでそこに到着した。
そこは南副都を統治しているサージ家が住む城。
執事に促されるままに馬車から降りたライトたちはその城を見上げる。
自分たちには無縁だと思っていた場所に彼らは今いる。
しかも、今から会うのはただの貴族ではなく、このセントリアナ王国の王族の一人。
そんな立て続けに普通ならばまず体験できないことを体験している。
現実味などどこかへと吹き飛んでしまった彼らは、しばらくその城を見上げていたが、デフェットは何かに気がついたのかすぐ跪いた。
ライトとウィンリィがその動作をしたデフェットを見るとすぐに前へと視線を向ける。
その先にはピンクのドレスを身に纏い、シンプルなデザインのティアラをつけている少女がいた。
それを見てライトとウィンリィも跪く。
「な、なぁ、ライト……もしかして」
「ああ、あの方がポーラ様だ」
ポーラはライトたちの前に駆け寄ると声をかけた。
「どうぞ、みなさんお顔をあげて下さい」
その言葉を受けてようやく三人はポーラの顔を見上げる。
彼女は待ち望んだようににっこりと微笑みを浮かべると言った。
「お待ちしておりました。ライト様」




