守ったモノ
ライトがふと目を開けると白い空間にいた。
そこにポツンと世界から取り残されたように自分だけがいる。
そのことに少し寂しさを感じた時だった。
「よう。ライト」
そんな軽い調子の声が耳に届く。
ライトはその聞いたことがある声の方を見て言葉を失った。
「み、ミード!」
「やってくれたみたいだな」
ミードからの言葉を受けた瞬間、ライトの目に涙が浮かんだ。
すぐにうつむき慌てて袖で雑に拭くその姿を見てどこかおちょくるような笑顔をライトと向ける。
「んな泣くなよ。お前は救ったんだぜ?俺をさ」
「違っ!俺……は」
顔をあげた先に見えたミードの顔はどこか安心したような、満ち足りたようなそんな顔をしていた。
「いや、救ったよ。
俺だけじゃない。あの白いやつに食われた全員をな……。
誇っていい」
「……でも、俺はミードたちを殺した。それに変わりはない」
そういうライトにミードは重い息を吐くと頭を掻いて呆れたような視線をライトに向ける。
「お前……0か1かでしか物事が見れんのか?」
「で、でも……」
「なにも生きることが救いじゃない。
お前だってそのことには気がついているんだろ?」
その問いかけにライトは頷く。
その事はこの世界に来て十分すぎるほどに実感した。
ただそこにいるだけでは“生きている”とは言えない。
自分がそこにいて、自分で考えて、自分の意思で動いて初めて生きていると言える。
それに当てはめるならシリアルキラーに食われた時点で彼らは死んだのだ。
「お前はお前の全力を尽くした。
それでダメだったら……まぁ、ダメだったで諦めろ」
「そんな簡単に割り切れないよ……」
後悔が尽きるわけがない。
自分には無理でも他の人が、今方法がなくとも未来ならば、彼らは人の姿を取り戻せたかもしれない。
「お前は一人じゃないってのに自分だけで背負い混みすぎなんだよ」
そう言ったミードの後ろにいつの間にか二人の人影があった。
その二人はライトへと優しい笑みを向けているように見えた。
「俺にもこんなにいい仲間がいて、今まで生きてこれた。
お前のその性格は良い。だが、少しぐらいは肩の力を抜いてもいいんじゃないか?」
「そう……なのかな?」
「なにも立ち止まることが、振り返ることが悪いわけじゃない」
ミードは言うとその姿をゆっくりと薄くさせ始めた。
「限界、か……んじゃな、ライト。それと、ありがとう」
ライトはミードへと少しでも触れようと右手を伸ばした。
しかし、彼に届く前に伸ばした腕を左手で掴み、下ろす。
ミードとはほんの数日しか一緒に行動していない。
だが、彼が仲間であることに変わりはない。
もっと、彼と旅をしたかった。
もっと、彼と共に生きて話を聞きたかった。
どれほど望もうとそれはもう叶わぬ夢。
だから、ライトは浮かぶ涙をこらえながら、今出来る精一杯の笑顔でミードに答えた。
「ああ!また、な……ミード」
それに彼は満足したのか、その顔にいつもの笑顔を浮かべた。
同時にライトの視界は白く染まった。
◇◇◇
「んっ……」
ゆっくりと目を開くと自分の前髪を触っていたのだろうデフェットが驚いたように目を見開いた。
目が合うとふっと表情を緩めながらその手を頭へと持っていき優しく撫でる。
「おはよう。主人殿」
「ああ、おはよう。デフェ」
ライトはデフェットに支えられながらゆっくりとベッドから上半身を起こした。
その簡単な動作で体に走る痛みに少し眉をひそめながら、彼女に問いかける。
「俺、どれぐらい寝てた?」
「丸一日だ」
そんなにかと思うと同時にこの痛みにもすぐに納得できた。
丸一日ろくに動かさなかったせいで固まってしまっているのだろう。
痛いだけではなく、なんとなく体が重いし、手足の動きにも少し違和感を覚える。
「ウィンは?」
「買い物だ。今日から住宅街の復興を始めるらしくてな。
それに合わせて市場も開かれる」
「なるほど」
そんなことを話していると部屋の扉が開けられ、ウィンリィが入っていた。
「ただいまぁって、ライト起きたのか」
「ああ、悪い。心配かけて」
ウィンリィはその言葉を受けながら袋をテーブルに置く。
「いや、いいよ。
意識を失ってるだけってのはすぐにわかったし、まぁ、まさか一日中寝っぱなしってのには驚いたけど」
二人はあの戦いの結末と眠っていた間に起こったことをゆっくりと話し始めた。
シリアルキラーについてだが、ライトの攻撃を受けて無事に倒すことができたらしい。
そこはなんとなく察していたことだが、直接聞けてライトは胸を撫で下ろした。
その後、精神を消耗し過ぎたライトをデフェットが宿へと送った。
騎士たちは事情を聞きたがっていたが、宿屋の場所と部屋を教え、ウィンリィがその場に残ることでどうにか収めた。
ウィンリィはその後、事情を説明しホーリアの別の工房へと騎士団を連れて行き、彼女も帰された。
その工房の調査は翌日すぐに行われた。
そこにはデフェットが立ち会ったらしい。
特別見つかったものはなく、ホーリアが奪ったアヴィケー製と思われるマナティック・コンデンサが四個と魔術に関する資料が見つかった程度。
シリアルキラーに関する情報はその全てが放棄されていたらしく、綺麗に残っていなかった。
さらに、その翌日である今日から安全を確保し、瓦礫の撤去などが行われるようになる。
これはギルドを通して各冒険者や旅人たちにも依頼が出されている。
金はそう多く支払われるわけではないが賄いがつくらしい。
「……俺も、したほうがいいよな」
「何バカなこと言ってるんだ?
お前はまだ安静にしてろ」
「ウィン殿の言うとおりだ。
主人殿はまず体を万全とまではいかずとも8割ほどには回復させなければな」
そう強く言われてしまえば今まで散々迷惑と心配をかけさせたライトは何も言い返せない。
彼はゆっくりとベッドに寝転び、そのまま深呼吸をすると彼女たちから顔をそらすように反対側へと寝返りをうつ。
「……あの騒動で何人が死んだんだ?」
その言葉を受け取った二人は少しの間をあけて答えた。
その声はかなり暗く、重いものだった。
「わからない。推定だと八百から千人程度だと言われてる」
その程度かとライトは一瞬思った。だが、この南副都サージの総人口は約八千人。
そのうちの一割と考えれば被害は相当なものだ。
「死体がないからな……はっきりとした数は不明。
ただ、それぐらいは確かだって騎士団の連中は言ってたよ」
言われたその数はシリアルキラーが外で暴れた一昨日の数だけだ。
その前にミードのように素材になった者たちを含めれば、それよりもまた多い数の被害者がいるだろう。
「……俺、その人たちを救えた。のかな?」
ポツリと呟いた。
浮かぶのは目覚める前に見た不思議な光景とミードの姿。
彼は別れ際に「ありがとう」と言った。
本当に被害者たちを救えたのか、報いることができたのかはわからない。
もし、ミードが別れ際に言ったあの礼が他の者たちも思っていることならば、彼らは自分が殺すことで報われたのだろう、救えたのだろう。
「……少し、外を歩きたい」
このままではどんどん思考の深みに溺れてしまう。
そう感じたライトは二人に向けて言った。
ウィンリィとデフェットは互いに顔を見合わせると頷く。
「わかった。ただし、少しの間だけだぞ?」
「ああ、助かるよ。ウィン」
ライトは上半身をゆっくりと起こしながら礼を言った。
◇◇◇
外は相変わらず強い光に照らされている。
湿気がなく、カラッとした暑さであるがゆえに不快な感じはしないが、それでも太陽の下にいると暑い。
しかし、ライトはその暑さがどこか懐かしく感じながら歩いていた。
あたりを見回すがこの辺はシリアルキラーの戦場から少し離れていたため、瓦礫があるわけでもなく、少し前に見た光景から変わりはない。
強いて言うなら人通りが多くなった程度だ。
「人、多くなったな」
「まぁ、今は籠っている場合ではない。ということだろう。
恩を売りたい貴族たちも積極的に復興支援をしている。
街が元に戻るのにそう時間は必要ではないだろう」
デフェットの言う通り行き交う人々の中には貴族の従者らしい少し立派な服を着た者もいる。
また、ここは安い宿が並ぶ区画だというのに豪奢な馬車が時々走っていた。
貴族たちからしてみればこの副都に恩を売る絶好の機会。
我先にと金と人を出していることだろう。
他人の不幸を利用したようなやり方に複雑な気持ちを芽生えさせるが、それを深呼吸することで頭の外に押し出す。
そして、再び歩き出した時だった。
「あの!」
それは二人の横を通り過ぎた馬車から聞こえてきた。
その声をかけられた方を見るとシンプルな青いドレスを見にまとった少女がいた。
ブロンドの長髪を伸ばす美しい少女が青い瞳にライトを写している。
その少女を見た瞬間デフェットは跪き、頭を下げた。
ライトはよく状況を飲み込めていない、がとりあえず彼女の動きに合わせて跪く。
ふと辺りへと視線を巡らせるが歩いていた者たちのその全てが同じようにしていた。
彼女は何者だろうと思っているとその少女から声がかかる。
「あ、あの……失礼ですがライトさん、でしょうか?」
「え?あ、はい!そう、ですが……」
それを聞くとその少女の声音が突然明るくなった。
ライトや周りの者は頭を下げているためその表現はわからないがその少女は笑顔を浮かべている。
「よかった!
騎士の皆様に宿の場所を聞いて探していたのです」
地面と自分の足と腕しか見えない視界の端に見慣れない靴が写った。
少女はそこであることに気がついたのか周りへと声をかける。
「どうぞ、顔を上げてください。
皆さまもどうぞ自由にしてください。突然のこと、失礼しました」
そう言う少女に従い、周りの者はそそくさとそれぞれの目的地へと向かい出した。
そのほぼ全ての者が疑問の目を少女とライトへと向けている。
ライトはゆっくりとその顔を上げた。
「あ、あの……」
「君は誰?」と問う前に少女は何かを察したのか恥ずかしそうに少し顔を赤くさせた。
「ああ、失礼しました。
まずは私から名乗らなければいけませんね」
突然のことに呆然とするしかないライトに対して少女は咳払いを一つすると両手でスカートの裾をつまみ、変わらぬ笑顔で告げる。
「私の名前はポーラ。ポーラ・フォン・セントリアナ。
ご存知の通り、セントリアナ王国の第三王女です」
「……へ?」
そのあまりにも現実離れした自体にライトはそんな間抜けな声を漏らすのがようやくであった。




