頼もしき者たち
辺りはいつの間にか陽が落ち、月明かりがその戦場を照らしていた。
怪しく月の光を反射するシリアルキラー本体。
そして、その個体群と騎士団や冒険者たちとの戦闘が住宅街で繰り広げられていた。
奥にはこの南副都サージの王城があり、その城内は戦場と同じように荒れに荒れていた。
従者が何かしら怒号に似た指示を飛ばし、それに返事をする時間すらをも惜しみながらバックや箱に荷物を詰め込む。
これ程までに慌てているのは謎の存在が暴れているからだけではない。
城内の喧騒を気にする様子もなく、城のベランダには今まさに戦闘が繰り広げられているであろう方向へと一人の少女が視線を向けていた。
美しく整えられ、腰まで伸ばしているブロンドの長髪。
目や鼻のはっきりとした顔立ち、しかしまだ少女らしさを残す愛らしい顔。
豪奢な薄ピンクのドレスを纏い、すらっと伸びた手足と細い腰つき。
あまり主張していない胸が彼女の呼吸に合わせてゆっくりと上下する。
彼女の名前はポーラ。ポーラ・フォン・セントリアナ。
王都セントリアを中心に広がるセントリアナ王国の第三王女である。
彼女は各都市の視察のために来ていたのだが、その最中にこのシリアルキラーの事件に巻き込まれてしまったのだ。
少女らしいその顔からは焦りの色をほとんど感じられないが、よく見ればその足はわずかに震えている。
だが、それでも優秀な兄や姉たちのように気丈に振る舞う。
城から見て左、そこには白い六本腕の何かが暴れている。
時々それが発する音が鼓膜を震わせ、それに対しての攻撃であろう爆発や矢が遠目からでも見えた。
そんな彼女へと従者の女性が声をかける。
「ポーラ様。もうすぐで準備を終えそうです」
「……わかりました。では、それらが終わり次第に」
「はい」
本来ならば王国の第三公女たる彼女が真っ先に逃げるべきなのだが、彼女はそれを断りここにいる。
それはこの南副都に精通した、統治していた者がこの件に関しての後始末を行うべきだと考えているからだ。
そして、この南副都を統治しているのは第三公女の自分ではなく、ダウェド・ツー・サージ王だ。
その考えのもとに、彼とその一家を優先的に避難させているため、彼女の避難は後回しになっている。
当然ながら彼女もおいそれと死なせるわけにはいかない人物であるがゆえに、一家の避難を大急ぎで進めているため、ここまで慌ただしくなっているのだ。
その喧騒を追い出すようにポーラは目を閉じ息を吐くと目を見開き改めてその怪物を見つめる。
「あの場所では今、どれほどの者たちが戦っているのでしょうか」
そして、どれほどの勇敢な戦士たちが、無垢なる民が死んでいるのだろうか。
従者の女性はただ一言。
「数えきれぬほど」
それを聞きポーラは拳を握りしめた。
◇◇◇
ゲイ・ボルグの攻撃を受けてなお立ち続ける白い巨人。それを見上げウィンリィが問う。
「どうする。ライト」
「どうする、と言われてもな……」
ライトは考え込むようにしながら白銀と黒鉄に質問を投げる。
(なんであいつにゲイ・ボルグが効かなかった?)
『効いてるわ。
たしかにあいつの心臓を貫いてダメージを与えた』
『うん。でも、それでは意味がない。足りないって言えばいいのかも』
デフェットの放ったゲイ・ボルグはたしかに心臓を貫いた。
しかし、シリアルキラーの本体はもはやその体そのもの一つが心臓である。
たかだか数十センチの傷がついた程度ではすぐに回復されてしまうということだ。
(なるほど。十数メートルの奴に小さな穴が開いても意味がない、と……)
『普通ならそうでもないんでしょうけど』
『あれの自己修復の速さは異常だよ』
この騒動を沈めるにはシリアルキラーの本体を倒さなければならない。
そうするにはその異常な自己修復を上回るほどの攻撃をぶつける必要がある。
しかし、そんなエネルギーなどどこにあるのだろうか。
(くそ!……どうする。
新しく魔術を……いや、俺の体力も限界が近い。そしてそれは他の人たちも)
ライトは辺りへと視線を巡らせる。
辺りには肩で息をする者がほとんどだ。
魔術の攻撃密度もかなり減ってきている。
それもそのはず、彼らは意識していないが戦闘が始まってから一時間が経過していた。
その間ほぼ休みなく体を動かし、魔術を行使し続けているのだ。
疲れない方がおかしい。
(なにか……ないか……)
自分の頭で持てる全てを引き出すが、どれも明確な勝利には繋がらない。
(いや……違うな)
ライトは自分を落ち着かせるように目を閉じると息を大きく吐いた。
たしかに自分だけの力で出来ることはもうない。
しかし、自分の隣には自分よりもずっと強い仲間がいる。
自分が握るこの武器も最強と余裕で呼べるほどの力を持つ。
そして、周りには唐突なことだというのに、強大な敵に対して立ち向かうという選択を取った者たちがいる。
ならば、わざわざ自分の力だけでことをなす必要があるのだろうか?
自分が今戦うのは生きるためだ。
名誉のために戦ってなどいない。
今まで殺してきた者たちに報いるためだ。
再び吸い、もう一度大きく吐いたタイミングで目を見開いた。
(白銀、黒鉄。今の俺の全力であいつを倒せるか?
もちろん俺が死なない程度の全力で)
少しの沈黙の後、白銀の声が頭に響く。
『いけるわ』
『ただし、君は相当体力を消耗する。
それでもいいかい?』
(死なないならオーケーだ。俺は何をすればいい?)
その問いから帰ってきた答えをウィンリィとデフェットへと伝える。
白銀と黒鉄が提示してきた作戦は簡単なものだ。
今現在戦っている場所は大通りのような場所だ。
その真ん中を陣取るようにシリアルキラーの本体が、その周りに個体群が並んでいる。
敵の全てはこの大通りに集中しているため、それを利用する。
「利用って……まさか!?」
「……全部一気に吹き飛ばす、とかか?」
「正解」
デフェットは驚いたように目を見開いたがウィンリィはやはりなと言った様子で考え込み始めた。かと思うとすぐに口を開く。
「んで、私たちはどうすればいい」
「ウィンたちは騎士や冒険者に合図。
光の柱が出たら攻撃に巻き込まれないようにこの大通りから下がるように伝えてほしい」
「わかった」
「な!?わ、わかったって。
あれを一撃で吹き飛ばすなど……そんな力」
「デフェ!」
自分の全力が通じなかったせいかデフェットはためらいをあらわにしている。
反論の言葉を出そうとしたがそれはライトの声により妨げられた。
「大丈夫。俺は死なない。
絶対に……だから、信じてほしい」
デフェットは俯くとコクリと小さく頷いた。
「……よし、あとはお前の護衛だな」
「なら、それは我々に任せてもらおう」
ライトたちに話しかけてきたのはゴーレムを運び出していた騎士だった。
彼の後ろには数名の騎士もいる。
皆どこか怪我をしてはいるがまだ戦えそうな様子だ。
「よくわからんが、君たちには何かしらの策があるんだろ?」
「……上手くいく保証はありませんよ。
先ほどのこともありますし」
ゲイ・ボルグの一撃はシリアルキラーの本体にダメージを与えることはできなかった。
だからと言うわけではないが、自分が絶対に倒せると断言はできない。
「そうかも知れんな。
だが、ここにいるやつらでまともに戦えるのはそうはおらんよ」
「……わかりました。では、お願いします」
「ああ、任せろ」
騎士の男性は言うと同じ騎士たちへと鼓舞するように剣を掲げて叫ぶ。
「さぁ!我らが騎士の剣と盾を振るう時だ!
死力を尽くし、無垢なる民を!」
「「「救うは我らなりぃぃいい!!」」」
それに答えるのは満身創痍になりながらも心に想いを燃やす者たち。
体力も精神力ももはや底が見えている。
だが、彼らは騎士だ。
その剣は向かいくる敵を倒すためにあり、その盾は向かいくる矛を防ぐためにある。
彼らの後ろにあるのは貴族だけではない。
ただ、平和に過ごす無垢なる民たちのために。
彼らを動かすのはその純粋な想いだ。
「それじゃ二人とも、全力で頼るぞ」
「ああ、任せろ」
「わかった」
ライトに頼られたウィンリィとデフェットは答えるとすぐさまその場から離れた。




