明かされる目的
ライトとウィンリィはデフェットの案内である建物の前にまで来ていた。
それがあったのは南副都サージの住宅街。
まだシリアルキラーの影響が残っているようで副都だというのにかなり閑散とした雰囲気を放っている。
「ここ、か?」
ライトはその目の前の、普通の家を指差した。
特別大きいわけでもない一階建ての一般的な住宅。
そこがデフェットが現場から発見したマナの残滓を辿りながら案内した場所だった。
彼女が言った者の名前は信じられない。
しかし、なんとなく「やっぱりな」と心のどこかで言っている気がしていた。
ともかく、この気持ちを払拭させるにはこの家の主人であろう者に問いただすしかない。
そう思いながらも、彼らが出てこないことを祈りながら呼び鈴を鳴らした。
答える声はない。
かわりに静かに扉が開かれた。
そこから顔を出した男性はまるでこの時を待ち望んでいたかのように、初めて会った時と同じ柔和な笑みを浮かべている。
「お待ちしていましたよ。ライトさん」
「ホーリア、さん……」
絶句するライトを知ってか知らずかホーリアは家の奥に声を飛ばした。
「ほら、やっぱりライトさんたちじゃないですか〜。
心配しすぎなんですよ。ビルツァは」
「もし、ということがあるのをお忘れですか?」
いたって普通の、いつも通りの会話をする二人にライトが声をかけようとしたがそれをビルツァが手で制する。
「話は中で」
「そう、お茶も用意してるんですよ。上がってください」
どこかテンション高めのホーリアと平然とした態度のビルツァ。
怪しさしかないが虎穴に入らずんば虎子を得ず、そう自分に言い聞かせたライトは案内に従い家の中へと足を踏み入れた。
ウィンリィ、デフェットも表情を引き締め、その後に続いて中へと入る。
◇◇◇
案内されたのはリビングだった。大きめなテーブルに四つ椅子がある。
ライトとウィンリィが並んで椅子に座り、その向かい側にホーリアが座った。
デフェットはライトの右後ろで待機、ビルツァはお茶の準備をしているらしく、台所に向かった。
あまりにも予想外の反応と展開にライトは彼らになんと声をかければいいのかが浮かばない。
そして、それはウィンリィ、デフェットも同じ。
対するホーリアはどうやらお茶が来るまで自分から話すつもりはないらしく、どこかウキウキしたような様子でそれを待っていた。
彼らが案内されて三分後にお茶がデフェット以外のそれぞれの前に出された。
ホーリアが待ちわびたようにお茶を一口飲むと話を切り出す。
「わざわざご足労をありがとうございます」
まるで子どもが何か自慢話でもするような満面の笑みを顔に貼り付けているホーリア。
さらに先ほどの言葉はライトたちが来ることをまるで予感していたようだ。
その反応に怒りを覚えながら、しかし、それを表に出さないようにしながらライトが問答無用で質問を投げる。
「ミードを、どこに連れて行きましたか?」
「ふふっ、さぁ?」
「ッ!!」
椅子から勢いよく立ち上がろうとしたライトの腕をウィンリィが掴んで止めた。
彼女の口はキツく結ばれている。
しかし、今にも怒りが溜め込まれたダムが決壊しそうだ。
ライトは大きく息を吐き、椅子に座りなおす。
たしかに、今はまだその時ではない。
そうやって堪えているライトがおかしく見えたのか、クスクスとホーリアは笑う。
「そうそう、落ち着いて下さい。
面白いお話をしますから、ね?」
眉をひそめるライトたちにホーリアは話を切り出した。
「マナティック・コンデンサとは、なにか。ご存知ですか?」
その疑問を向けられたライトたちは眉を潜め、顔を見合わせると首を横に振った。
マナティック・コンデンサ。
マナを蓄えることができるもの。
そして、それを動力源とした物がゴーレム。
コンデンサからマナを使うと淀んだマナが排出され、その場に留まる。
少し応用すれば他の分野にも扱えそうだが、今のところそれを積んで動かせるのはゴーレムぐらい。
彼らが知っている知識などその程度のものだ。
そして、それは彼も承知しているらしく話を続ける。
「あれはですね。
生物の肉とそれを生物の外骨格で包んでできるんですよ」
生物の肉は魔術で防腐などの加工を施し、人間の心臓に似た形状に組み替える。
それを裏側にルーンを刻み込んだ外骨格で隙間なく包めば完成。
生物の肉を使うのはそれ以上にマナを溜められる物がないからだ。
さらに「肉」と一口に言っても新鮮なものの方が出来た時のマナの貯蔵量が多い。
生物の外骨格を使うのはそれ以上に強度があり、加工が容易なものがないからだ。
外骨格は強度を出したいため、当然傷が少ないものの方がいい。
そして、マナティック・コンデンサが普及しないのはそのように完成度の均一化、肉や外骨格の調整が難しいせいだ。
「まぁ、彼は結界内であればコンデンサを共有することである程度の数を作るようにしていたようですが……」
ホーリアは呟くと区切るように紅茶を飲み、息を吐いた。
「なぜ、そこまで知っているんですか?」
彼の物言いは自分で調べた。という感じがしない。
まるで最初から知っているかのようにスラスラと出された感じだ。
「当然ですよ。あれは私と彼で研究していたものですからね」
魔術が使えない者でも使える魔道具。
ホーリアとアヴィケーはそれを目標としてマナティック・コンデンサを作り上げた。
問題はいくつもあったが一つ一つ、丁寧にクリアして行き、ようやく完成したもの。
そこまで聞いて疑問が浮かぶ。
ライトはそれを何も考えずにぶつけた。
「それなのに、なんで今は別れてるんですか?」
それを聞いた瞬間、ホーリアの表情、特に目が変わった。
それを彼らが感じた瞬間、ホーリアが叫ぶ。
「彼は理解することを諦めた!彼は理解しなかった!
彼はわかろうとしなかった!彼が、彼が!彼がぁ!!」
そうまくし立てるように言い切ると机を思い切り叩いた。
衝撃で紅茶が少し溢れ、テーブルクロスにシミを作るがそれを気にせずにホーリアは続ける。
「あれは……あれこそが人類の進化の形……
それを、彼は何一つとしてわかろうとも、理解しようともしなかった」
ふらっと顔を上げながら言われた言葉にライトたち三人の背筋が凍る。
それと同時に直感した。
彼はもう、壊れてしまっている。
「シリアルキラー、それこそが人類を新たなステージへと進化させる存在。それを……」
「シリアルキラーとはなんだ」
ウィンリィの問いに先ほどまでの錯乱ぶりなどなかったかのようにすっと表情を和らげ答えた。
「人間の肉、そして皮膚。それをコンデンサとした究極の生物ですよ」
目を見開いた彼らを気にすることもなくホーリアは紅茶を飲みきると立ち上がりながる。
「お見せしましょう。シリアルキラーを……」
そう言うホーリアの顔はどこまでもいつも通りで、どこまでも純粋な笑顔で、どこまでも狂っていた。
◇◇◇
その家の突き当たり、床にあった蓋を開けた先にはハシゴが下へと伸びていた。
それを降りてさらに階段で地下へと向かう。
薄暗く、少しジメジメしたような地下通路を通り、たどり着いた先の広い空間。
その部屋の中央を陣取るようにそれはいた。
人型のようだが五メートルはある巨体。
そこから生えているのは二本の太い足と右からは三本、左からは二本の計五本の腕。
体の上に乗っている頭は丸く、本来目がある部分まで口となっているため口が三つもある奇妙な顔。
そして、それぞれの口からはだらしなく舌を出していた。
全身真っ白のそれの手足は枷で床に固定されてはいるが、いつそれを破ってこちらに向かってくるかもわからない。
「あっ、あぁ」
「……」
「ウッ……」
ライトはただ呆然と呻き、後ずさるしかなかった。
ウィンリィは言葉すら無く、呆然と見上げていた。
デフェットは吐き気を覚えたのか口元を押さえていた。
『こんな……』
『醜悪な……』
白銀と黒鉄が不気味がるような声でようやく、と言った感じでライトの脳にその声を響かせる。
当然ながらその反応をホーリアは知らない。
しかし、三人それぞれ違った反応を見てどこか満足そうに笑みを浮かべると両腕を大きく広げて言った。
「これが、シリアルキラー。未完成な人のコピーであるホムンクルスではない!
そう、新たな人類ですよ」
(これが……人間、だと?)
そこにある異形の怪物。
これが新たな人間だとホーリアは謳う。
認められるわけがない。
直感が吠える。
これは、人間ではない。
否、そもそもが存在して良いものではない。
「なぜ、これを私たちに見せた」
不気味な存在に眉をひそめながら問うウィンリィ。
ホーリアはその質問を待ってましたと言わんばかりに目を輝かせて答えた。
「当然です! あなた方も思っているのでしょう?
この世界は間違えている。この世界は、違うと……歪みを正さなければと」
彼はまるでずっと探していたものを見つけ、安心したかのように息を吐くとまた謳う。
「全ての人が平等に、全ての種族が平等に……シリアルキラー!
この最高の魔術はただ、それだけのために!!」
「あんたは!!……あんた、は……」
ウィンリィは顔を下げ、拳を握りしめる。
彼は確かに彼女に言った。「人を豊かにするために魔術を研究しているのだ」と。
たしかに、ホーリアは人の事を想っている。世界の事を想っている。
そこに嘘偽りはない。
想っているからこそ、そのどこまでも純粋な想いがあるからこそ、生まれたものがこのシリアルキラーと呼ばれる存在だ。
「平和にするにはこうするしかないのです。
人間の全てを統一し、一生命として進化させる。
そうすれば誰もが死に怯える事がなくなり、争いが絶える。これが、平和ですよ」
ホーリアは微笑みながら彼らへと優しく言葉をかける。
そして、ライトの前に来るとその手を差し出した。
「さぁ、私と共に世界を新たな段階へと進めましょう」
ライトは差し出されたその手を注視する。
そして、ポツリ、ポツリと口を開く。
「そうですね。確かに、この世界はおかしい」
「ライト!?」
「主人殿!?」
世界は歪だ。
同じ敵がいるのに争う。いがみ合い、差別する。
共通の敵を前に徒党を組むことをせず、その後の、敵を倒した後の利権を巡る争いを始める。
ならば、問答無用で一つの存在にしてしまった方がいいのかもしれない。
その方が、誰も死なない。
誰かが誰かと離れ離れになるようなことはなくなり、誰も悲しまないのかもしれない。
それが誰も不幸にならない世界ができるのかもしれない。
「……なら」
パァッと表情を明るくさせたホーリアの差し出している手をライトは払いのけた。
「あなたの想いは否定しない。あなたの願いも否定しない。
でも、あなたのそのやり方は否定する!」
ライトは叫ぶ。
個人が抱く想い、願いに正しいも間違いもない。
だから、否定はしない。
そもそもホーリアの考えに納得できるところが全くなかったわけではない。
しかし、そのやり方だけは否定する。
彼のやりかた。誰かの願いを想いを踏みにじり、破壊するようなやり方だけは否定する。
「俺は俺のまま世界を見ると決めた!生きると決めた!戦うと決めた!
身勝手な想いだっていうのはわかっている。
そのせいで切り捨てられる存在があるのも知っている。でも!」
それでも自分は自分の力で生きると決めた。
背負ったこの気持ちは自分の物だ。
胸の内にある想いも自分の物だ。
それらを誰かに預けるなどしたくない。
誰かを切り捨て生き延びているこの命は他の誰のものでもない。
「俺の物だ!」
それを他人に預けるなど、それはもはや死と同義だ。
ライトの心の底にある言葉を聞いたホーリアは「ああ」と、残念そうに肩を落とし、息を吐いた。
「なんだ。そんなことですか。
ご安心を、シリアルキラーはたしかに全てを統一しますが個々の自我は残ってますよ」
「は? それって……」
嫌な予感がした。
シリアルキラーへと視線を向け、しばらく凝視する。
するとそれの白い額がゆっくりと盛り上がり、だんだんと人の顔を形作っていく。
「ま……さか」
作られた顔は、見慣れたミードものであった。
それがゆっくりと口を開く。
声帯はないらしく、声として耳に届くことはない。
しかし、頭の中にある彼の声でその言葉は再生された。
「みんな、すまない」




