行動開始
ライトが買い物を終えた頃には日が暮れ、村には薄闇が広がり始めていた。
この村のギルドは酒場も兼ねており、そこでは明日の大規模討伐に向けての決起会が開かれている。
そこにいる人々は楽しそうだがどこか緊張感があり、面白おかしく会話を交わしながらも情報交換が行われていた。
だが、そんな雰囲気の中で暗くなっている人物が1人。
(ふむ、残金ちょうど3万G。これで副都までいけるか?
でも、ここは西の端の方にある村だし少し心配だな)
ライトだった。
あの後、商店を巡り旅に必要であろうものを片っ端から購入するとちょうど残金が3万Gとなった。
(転生しても金に悩むのか……)
創造で金を作ることができればかなり楽だが、数分しかもたない。
そもそもこの力でそんな犯罪を犯すのは抵抗がある。
「お前さん、何辛気くさい顔をしてんだ?心配事か?」
声をかけてきたのは男性だった。
体型はかなりしっかりしており、いかにも戦士といった風格をしていた。
その図体から予想できる男性らしい野太い声で彼は続ける。
「食わないと明日、生き残れねぇぞ。ほれ」
その男性は言いながら肉が盛られている皿をライトに渡してきた。
「あ、ありがとうございます。まぁ、お恥ずかしいことにちょっとお金が……」
ライトは苦笑いをしながら言うと肉が盛られた皿を受け取り、肉を食べる。
少し硬いが味がしっかり付けられており、意外と美味しいと感じた。
「なるほどな。まぁ、ここにいる連中の大半があんたと同じ理由さ。この俺もそうだしな」
男性は「ガハハハッ」と体格通りの豪快な笑い声をあげると少し硬い肉を豪快に食いちぎる。
「そんなもん、ですか」
「ああ、そんなもんさ。
大体こんなギルドみたいな施設ができた理由も金の稼ぎ場所を増やす為だって噂もあるしな」
「……え?それってどういう?」
ライトの問いに対し男性は少し声を抑え、答える。
「ふむ……。
名目上は各地に現れる害獣やら魔王の手下やらを騎士団だけでは対処できなくなったから外部の不特定多数の協力を得るってところだな」
「……」
(まぁ、大体の察しはついていたが。それよりも––––)
ライトは男性の話を聞いていてふと疑問に思ったことを聞いた。
「あの、1つ聞きたいことが」
「なんだ?」
「魔族の本拠地って北の方にあるんですよね?」
「ああ、そうだ。北の山脈の向こう側だな。それがどうかしたか?」
「いや、少し気になることが……」
(魔族は北から攻めてきているはず。なのに、なんで各地に現れるんだ?)
図書館で調べた本によると男性の言った通り、魔族の本拠地は北の山脈の更に向こう側。
また、7年前には東の隣国が崩壊、魔族が攻めてきたことがあるらしい。
北や東から攻めてくるなら分かるが、何故か戦力を一局に集中ずに各地から攻めてきている。
(……なんなんだろうなぁ。この違和感)
人間側の戦力を削ることが目的にしてはあまりにもずさんで隙だらけのような気がする。
考えながら唸るライトの肩を男性はポンポンと叩いた。
「まぁ、なんにせよ。明日の作戦指揮は俺がするからな。きちんと指示に従ってくれよ。
あと、無理はすんな。
危なくなったら勝手に下がっていい。死ななきゃ最低限の金は貰えるんだからな」
「はい。わかりました。ありがとうございます」
「いや、いいさ。
あ、そうそう。その堅苦しい話し方もなしだ。俺がむず痒いからな」
男性は再び笑みを浮かべて言うとライトの肩を叩くき、1ヶ所に集まっているグループの中に入ってまた会話を始めた。
「あの人、ああやって話しかけていってんのかな」
「ああ、そうだ。今回は中々にでかい仕事だからな。
なんたって他のギルドとも共同でやるんだからな」
「ウィンか」
ライトに話しかけたのはウィンリィだった。
その顔は酒を飲んでいるせいか少し赤くなっている。
ちなみに彼をこの飲み会に誘ったのはウィンイリィだ。
「飲んでるか?」
「残念ながら俺はまだ成人してないんだ」
「へぇ~。そうだったのか」
「そうだったんだ。
それよりウィン、こうやって騒ぐのは終わった後って決めているんじゃ無かったのか?」
「まぁ、そうなんだが。
お前が一緒に話してた男には結構世話になってな。あいつに誘われて断りきれなくて……」
「知り合いなのか?」
ウィンは何かを言いかけたが一瞬躊躇い頬を掻くと口を開いた。
「……あ〜、何回か一緒に仕事をした程度だ。あいつの指揮の上手さには驚くよ。
なんたって聖王騎士団に所属してたんじゃないかっていう噂もあるぐらいだ」
聖王騎士団とは王都セントリアが持つ最強の精鋭騎士団の1つだ。
各方面の有力な者たちが集められ、世界最強とまで言われている集団だ。
(もし、それが本当だとしたら。そんな人がなんで……)
そのライトの表情から考えていることを読み取ったのかウィンリィは肩をすくめながら言う。
「さぁな。聞いても全く話してくれないんだよ」
しかし、ウィンリィの答えをライトはろくに聞いておらず、「へぇ」と気の抜けたような返事を返しただけだ。
◇◇◇
太陽が顔を出し始めた午前5時半。
ライトがギルド前に着いた頃にはそこに30人程が集まっていた。
だが、昨日騒いだ者たちとは思えない程の緊張感が辺りに広がっている。
「おっ、来たな。ライト」
「おはよ。ウィン」
ウィンリィは少し唸りながらライトの顔を見つめる。
そして満足気に頷くとその頭を軽く叩いた。
「よしよし、充分眠れたみたいだな」
「んな、子ども扱いするなよ」
言いながらその手を払う。
一切悪びれる様子もなく「悪い悪い」とウィンリィが言ったそのタイミングで昨晩ライトに話しかけた男性がギルドの扉の前に立った。
彼は間違いなく、昨日気さくに話しかけてきた者のはず。
しかし、放たれる雰囲気は同じ者と思えないほど真剣なものだ。
男は辺りにいる者たちの顔を見回し、頭数を数えると口を開いた。
「今回集まってくれた事に感謝する。
俺はここのギルド派遣部隊の指揮官、並びに全体指揮を務めさせてもらうバウラーだ。よろしく頼む」
集まっている者たちはそれに答えるように頭を軽く下げる。
それを確認するとバウラーは男らしい野太く低い声で今回の依頼の説明を始めた。
「今回は依頼書で確認した通り、ここから少し離れた洞窟に大量に表れたゴブリン、オーク、オーガの“討伐”が目的である。
かなりの数が予想されているために近隣の村の別ギルドと合同で行う」
だが、すぐには突撃するわけではない。
近隣の村からのギルド部隊が3つあり、あらかじめ決められた合流地点で一度合流。
合流後は攻撃部隊、支援部隊、防衛部隊、予備部隊の4つに分ける。
その後、洞窟の西側にある林の中でキャンプ地を作り、そこから攻撃に出るというものだった。
ライトには作戦のさの字もわからない。そのためウィンリィへと問いかける。
「なぁ、ウィン。こんな作戦でいいのか?」
「ああ、相手は所詮頭の悪い奴らだ。
私からしてみれば予備部隊を作ることすらおかしいと思えるよ」
バウラーは少し騒つく周辺を気にせずに話を続ける。
「知っている通り、ゴブリン、オークは数で攻撃してくるだけで魔術などは使えない。
一番の問題はオーガの方だが、そのオーガも数は推定だが2体。
これまでの行動から考えるとおそらく拠点としている洞窟から出ることはないだろうが、気をつけておけ」
その情報を聞き僅かにざわつく。
オーガは固体としての縄張り意識が特に強いため、複数いるなどあまりないことだからだ。
しかし、何事にも例外はある。
一応、オーガにもオスとメスの違いがあり、度々番いとして2体いることがある。
おそらく今回はそれなのだろう。
「いいな、決して怯えるな。
各部隊で連携を行えば数だけの奴などすぐに潰せる。
より詳しい作戦はキャンプ地に着いた時に説明する。それでは移動開始」
バトラーが言い進み始めると他の者もその後を追うように移動を始める。
ライトとウィンリィもそれに続き歩き始めた。