違和感と確信
ライトたちは奢りということもあってか飲み食いを一時間ほど続けていた。
ミードはこれから自分が払うことになる金額が頭にちらついているのか、少し冷や汗をかきながら口を開く。
「お前ら、もう疲れてるだろうから宿戻って寝てろ。
明日の朝、またここに集合ってことでな」
「え?ミードさんは?」
「俺は……あいつらがいるから、今後のことも話さないとな」
彼らは確かに昼間少し寝たとはいえ全快しているとは言えないのは確かだ。
どうにか意識を保っている、ということはないが雰囲気で紛らわせているとはいえ、気怠さのような物はある。
ミードの言葉に素直に甘え、別れの言葉を告げ、宿へと向かった。
言葉少なげにそれぞれマントを放り捨てるとすぐにベッドで横になっていた。
部屋の明かりは落としているため暗い。
しかし、カーテンの隙間からは月明かりと街の灯りが差し込んでいるため、何も見えないほどではない。
その部屋のベッドでは今日のことを思い出し、ふっと表情を緩ませたライトがいた。
それを咎める者はいないため、隠さないままで寝返りをうつ。
『ニヤニヤしてて気持ち悪いわねぇ』
『そうだよ。そういうの、表に出さないほうがいいと思うよ?』
「…………」
者はいなかったがモノはいた。ということだろうか。
そもそもマントの中にしまっているはずの白銀と黒鉄がどうやって自分の顔を見ているのか。
しかし、今はそれを聞く時ではない。
このままでは変人扱いされ続けてしまう。
声を出してもいいが、それで眠っているウィンリィとデフェットを起こすわけにはいかない。
そのため、ライトは心の中で彼女らに言葉を向けた。
(いいじゃんか。新しい仲間が増えたんだぞ?嬉しいんだよ)
『そんなに嬉しいの?
仲間が増えるってことはそれだけ衝突もあるのよ?』
『彼が言ってたみたいに恋愛絡みで分裂するかもしれない』
(そ、それは……)
ライトはそれに答える言葉が思い浮かばずに更に寝返りをして仰向けになると天井を見つめる。
ライトはあまりそう思いたくはないが、デフェットは奴隷だ。
おそらく、そういった感情を持つことはない。
もし持ったとしても秘め続けて自分が気付くことはないと思っている。
しかし、ウィンリィはどうだろうか。
ギルドでも和やかにミードと話していた。
どちらも旅をそこそこしているため、話しが合うのだろう。
もし、そこから旅を続けるうちに関係が発展したとしたら––––
似たような話は立ち寄った村のギルドや宿などで聞いたことがある。
何も全くありえない話ではない。
そう考えていけば白銀と黒鉄の言葉は正しいだろう。
『想いってのは強いのよ。
そのくせ外からでは見えない。厄介なことにね』
『特に好意はね。
好意っていうのは良いことも悪いことも起こす』
好意と悪意はとても等しいところにある。
行き過ぎた好意は悪意へと変貌し、行き過ぎた悪意は好意に変わる。
面倒なのはその変化は唐突で気が付けばそうなっていることだ。
『そういう絡れってどれだけ長い間一緒に居ても、親友であっても、仲間でもあっても。
あっという間に関係を壊せるのよ。
例え、そこに本人たちにその意識がなくてもね』
(……まるで、人が想いで生きてるみたいだな)
『まるで、じゃないよ。人は想いで生きている。
どんな悪人であれ、善人であれ、人は大なり小なり想いを秘めてるものさ。
自覚できずとも、ね』
白銀と黒鉄は何かを知っているのか、それともそういうものを見たことがあるのか。
ともかく、それらは何か含みを感じる物言いだった。
想いが、人を動かす。
想いが、人を生かす。
想いが、人の生き方。
そういうのならば、マナリアの村でケニッヒに言われた言葉。
「自分の力は信じずとも自分の想いは信じろ」
それは自分の生き方は信じ続けろ、ということだろうか。
「相手の想いの否定は相手の存在の否定と同じ」
想いの否定は存在だけではなく、相手の今までの生き方や人生の否定ということだろうか。
(うーん。よく分からない)
『当然でしょ。あんたはまだ生まれてほんの十数年。
わかるわけないわ』
『そうだね。
僕たちだってまだよくわからないことだから』
「そうか」と呟いたがそれで話が終わったらしく、それから何か言葉が返ってくることはなかった。
寝る前になんでそんな頭を捻らせるような疑問を置いていくのか。
そう思ったが、それを彼女らに言ったところで自重などするわけがない。
体も脳もすでに限界を迎えている。
ゆっくりと息を吐いて眠りにつこうとしたところで白銀が何か思い出したのか「あっ!」と声を出し、ライトに言った。
『ごめん。言い忘れたことがあった』
(……言い忘れたこと?)
『そう。この街、なんか変なのがある』
そう言われてもライトにはよくわからず、眉をひそめるしかない。
そんな様子を見て黒鉄が言葉を探しながら補足する。
『黒いシミ、とでも言えば良いかもしれない。
マナが妙に濁ってて一箇所に集まってる』
(マナが?……でも、デフェは何も)
マナが関係しているというのなら、それの流れが見える現代マナリアである彼女が何も言わないのはおかしい。
『そりゃそうよ。かなり綺麗に隠されてるもの。
現代マナリアじゃ違和感を少し感じるってだけだと思うわ』
『警戒しておいた方がいい』
彼女らの深妙な物言いにライトも一度頷く。
それが言いたかったらしく二人は軽い別れの言葉をかけるとスッと気配を消した。
この街にはあまり長い間居ない方がいいかもしれない。
そんなことを隅で思いながら、ライトはゆっくりと眠りについた。
◇◇◇
翌日の朝、朝食を食べ終えた彼らは人が少ない街中をギルドへと足早に向かっていたり
ギルド内はそこそこの人がいたが、それでも多くはない。
昼間は寝ている者が多い、ということもあるのだろうが原因は出没している正体不明のシリアルキラーだろう。
彼らはそんなギルド内を見回してミードを探していたが、ミードの方が先にライトたちを見つけて声をかけた。
「やぁ、待ってたよ。みんな」
「あ、ミード。改めてこれからよろしく」
「ああ、こちらこそ。
んじゃ、早速だが仕事見繕ったから付いてきてくれ」
ミードの後に続いて円テーブルと椅子が置かれている一角に移動する。
それぞれが椅子に座ったところでミードは持っていた紙を彼らの前に広げた。
「昼間は貴族からのおつかい。
夜はそのままその貴族の護衛って感じのやつだ」
たしかにミードが差し出した依頼書の内容を要約するとそうなる。
依頼としては簡単なものだが、さすが貴族とでも言えばいいのか、それとも状況が状況だからか、多めの報酬が支払われるようだ。
「うん。俺はこれでいいと思う」
「私もだ」
「私も問題ない」
ちなみにだが、デフェットの態度については昨日のうちに話しており、すでに彼の承諾を得ている。
ライト、ウィンリィ、デフェットが頷いたのを見てミードは「わかった」と言い席を立つと受付に向かった。
「あの後、彼は仲間とちゃんと話し合えたのだろうか」
デフェットが呟いたそれは二人も気になってはいる。
しかし、それを聞くのはあまりにも無粋だろう。
彼が自分から話す、という事であれば別だが、かと言って直接聞く必要はない。
そんなことを思っていると依頼の受領を終えたミードが戻ってきた。
「さて、早速行くとするか」
「ああ、そうだな……」
しかし、聞く必要はないと思っていても気になっているのは本当のことだ。
そして、どうやらそれは表に出ていたらしくミードは肩をすくめ、苦笑いを浮かべる。
「その辺のことは移動しながらでも話すよ。
頼みたいこともあるしな」
◇◇◇
そうして彼らは依頼した貴族がいる別荘へと向かい始めた。
貴族の従者か奴隷かが辺りをキョロキョロと警戒しながら、足早に歩いて彼らの隣を通り過ぎる。
どうやら同じような仕事を受けたのか、いかにも冒険者、という格好で歩いている者も辺りには伺えた。
そんな中でミードはその時のことを思い出しているのか、遠い目をしながら切り出す。
「あの後、話したんだがな。
お前らしいって言われたよ。
ついでに、お前一人じゃなくてむしろようやくホッとしたってな」
ミードは地面に転がっていた小石を蹴飛ばし、それを見ながら舌打ちした。
「まったく。あいつらは俺の親かよって、なぁ!?」
振り向きながら同意を求めるミード。
その顔は怒っているようにも見えたがどこか嬉しそうだった。
三人の関係が変わったことは悲しいし、女性の隣に立つのが自分でなかったのが悔しい。
しかし、結局のところで彼らが自分に向ける感情は変わっていなかった。
変わらず旅をした仲間として、親友として接してくれるのがミードにはたまらなく嬉しかったのだろう。
あとは自分の中で片付けられればいい。
この感情に折り合いをつけることが出来れば解決する。
ミードがライトたちと旅をすることを決めたのはそういうことを心のどこかで思っていたからかもしれない。
「心配してるんだよ。ミードのことを」
「……そうだなぁ……ははっ、そうだ。
俺は本当に、いい親友を持ったよ」
それは彼らも、特にそのもう一人の男性が強く思っていることだろう。
その男性からしてみれば何かしらの恨み言の一つでも受けるつもりだったはず。
しかし、自分が選ばれなかったと分かるとミードは潔く身を引いた。
それがどれほど苦しいものだったとしても、たとえ腹の中に別の黒い感情があったとしても、それだけの行動を彼はできたのだ。
友人と愛した者の幸せを願えたのだ。
それほどのことが出来る者をどこの誰が蔑めるのだろうか。
「ミードって、かっこいいな」
「え?な、なんだよ急に……褒めても何もないぞ?」
「思ったことを言ったまでだよ」
笑いながらライトはミードの隣に並んで歩きはじめた。
二人並んで歩く姿を後ろから見ていたウィンリィとデフェットは少し疎外感のようなものを感じた。
だが、彼らが笑いながら楽しそうに話す姿を見て自然と表情を崩す。
まだこの四で集まって数時間。しかし、確信がある。
このメンバーなら良い旅ができる、と––––。
「男二人でなーに楽しそうに話してんだよ」
「そうだぞ。主人殿、ミード殿。私たちも混ぜてくれ」
二人は速足で彼らに追いつくと話しながら同じ速度で目的の場所へと歩き出した。




