偶然の出会い
ライトたちな目を覚ました頃には陽はすっかりと暮れ、南副都は夜の景色へと変わっていた。
起きて軽く夕食を食べると早速その夜の街へと彼らは足を踏み入れる。
向かう先は貴族たちが多くいる南副都の西区。
そこではいたるところでルーンが刻まれた石が光を放ち、大きな街道とそこを歩く人々を照らしていた。
その人々は貴族らしく、少し豪奢な姿をしていた。
その後ろには二、三人の付き人や従者を引き連れている。
馬車も多く走り、蹄の音、車輪の回る音がライトたちの耳に届いていた。
「はぁ〜、本当に多いな」
「まぁ、な。伊達に観光地ではないってことだ」
ライトは辺りをキョロキョロと見回す。
たしかに昼間、宿を探すときに見た時と比べて街には人が賑わっていた。
どうやらここはカジノ街らしく、その大通りは昼間よりも明るいような気がする。
例えるのならば、宝石が詰め込まれた宝箱を覗き込んでいるような感じだろうか。
ギラギラとしたその光は人の欲望の光のようにライトには思えた。
そんな風に街を見つめていた彼をウィンリィが呼ぶ。
「ほら、ギルドに行くぞ。軽くでも仕事見繕っとう」
「あ、ああ。今いくよ。デフェットも行こうか」
「はい」
彼らはそうしてその表通りから離れ、本来の目的地であったギルドへと向かった。
◇◇◇
南副都のギルドはカジノが立ち並ぶ西区の大通りから少し離れた場所にあった。
派手さはカジノと比べるとそこまではないが、副都にあるギルドらしく、村よりも二回りほど建物が大きい。
カジノ街の近くあるせいか主にカジノで起きた諍いの仲裁、警備などが多い。
それに次いで、貴族の護衛の依頼が多く掲示板に張り出されている。
彼らにとっては少し珍しい依頼が並んだそれを眺めているときだった。
ふと、その依頼書がライトの目に止まる。
「……犯人の捜索?」
その依頼はある貴族からだった。
内容としては、保有していた第一級奴隷が自分がカジノで熱中し、少し目を離した隙にいなくなっていた。
他に保有していた奴隷や従者に捜索をさせていたらしいがその途中、奴隷との契約の印が消えた。
主人の手首に刻まれたその契約の印が消えたということはその奴隷が死んだ。ということを意味する。
当然、その主人もそのことを知っており、裏路地を集中して捜索すると無残な有様でその奴隷の死体が転がっていたらしい。
依頼書にはその犯人を探し、自分の前に引っ張り出してほしい、と書いてあった。
「う〜ん。妙だな」
「確かに、これは……」
「ん?どうした?」
ライトはその依頼書から顔を上げて呟いたウィンリィとデフェットの方に視線を向けた。
「これも犯人探し……これもだ」
「犯人探し?」
「はい。しかも手口から見ておそらく同一犯かと」
デフェットが指した依頼書を見ると、そこには先ほどライトが見つけたものと同じような内容が書かれていた。
ウィンリィが見ていたものも見たがやはり同じような内容。
他のものも見るが、同じなようなものが多く張り出されている。
ライトたちが「これは一体?と疑問符を浮かべていたときだった。
「なんだ、あんたらここに来たばっかか?」
突然を声をかけられ後ろを振り向くと男性が立っていた。
大体二十代後半辺りだろう。
焦げ茶の短髪。男性らしいくっきりとした顔立ち。
赤茶のマントをつけており、下の服も軽装でかなり涼しそうだ。
どれも着古されており、少なくともライトたちよりは長い間旅を続けているようにも見える。
「ああ。今日ここに着いたんだ」
「なるほど、んじゃ知らなくて当然か……話してもいいが少し付き合ってくれ」
「付き合うって?」
「酒だよ酒。他の奴らはサーカス見るって言ってなぁ」
ライトたちは互いに顔を見合わせた。
ウィンリィ、デフェットはどちらも彼に合わせるらしく、何も喋ろうとはしない。
今は少しでも情報が欲しい。
軽く飲む程度の金の余裕はある。
それで情報が得られるのならば、付き合って悪いことはないだろう。
すぐにその結論にたどり着いたライトは頷いた。
男性はそれを見て「こっちだ」と言いギルドの二階にある酒場に向かう。
彼らもその後ろを追い、階段を上った。
◇◇◇
そこではすでにいくつかのグループが酒を飲み交わしながら談笑していた。
彼らは空いていた円テーブルに席を取ることにした。
それぞれが椅子に座るとフロアを歩いて回っていたウエイトレスに各々が飲み物とつまみを注文。
それを終えたところでウィンリィが切り出した。
「んで、なんだあの依頼」
「ああ、この南副都では今シリアルキラーが出てるんだよ」
現れ始めたのは一週間前。
ある貴族の従者が行方不明となり、捜索の依頼が出された。
その依頼を受けた者が狭い路地裏で見つけたもの。
それがその行方不明となっていた男性の死体だった。
異常なほどバラバラに解体され、死体だけでは性別すらも判別できなかったらしい。
たまたま近くに遺留品でどうにか本人と確認できたレベルだそうだ。
そして、それを境に似たような行方不明者と死体が見つかるようになった。
その数はすでに五十人を軽く超えているらしく、今現在も行方不明者とその死体が見つかっている。
「……酷いな」
表情を歪めながら呟いたライトの言葉に男性は頷き同意した。
「ああ、全部バラバラに解体されてていくつか足りない“パーツ”もあるらしい。
俺も現場を見たけど、酷いもんだったよ。本当に……」
「目的は、何なんでしょう?」
「さぁ?
遺留品もなんかワザと残してるような感じがするけど具体的な目的は不明。
ただの気が狂っちまった奴がやってる、ぐらいしか今は言えんな」
「けど、そんな事件が起きている割に人は随分と多かったぞ?」
「そりゃそうさ。腐ってもここは観光地だぞ?
外出を自粛しろ、といっても店を閉めるわけにはいかない。
んで、店が空いてるなら遊びに来た暇な貴族連中は行く……ってな?」
それを聞いたデフェットはようやく昼間に異常に人が少なかったことに察しがついた。
犯行の時間帯はおそらくバラバラ。
それならば貴族たちはそもそも夜が本番で元から外には出ない。
しかし、この街を訪れた者たち、元々住んでいるものたちは警戒して外出を最低限にするだろう。
そうなれば必然的に昼間に外にいる人は少なくなる。
デフェットがそんなことを考えていた頃、ライトには別のことに考えを巡らせていた。
(……まるで、ジャックザリッパーみたいだ)
バラバラ死体の連続殺人鬼で真っ先に浮かんだのがそれだった。
シリアルキラーとして一番有名なそれだが、被害者は男女関係ないらしい。
足りない物もバラバラで内臓だったり、手だったり、足だったりで規則性のようなものも感じられない。
犯人を予測しようにも情報がなさ過ぎて何もできない。
「お待たせしました〜」
少し暗くなった彼らのテーブルへとそんな元気な声を連れた女性が頼んだ飲み物とつまみを並べた。
「お!ありがとな〜」
「お客さん達も頑張ってさっさとその犯人捕まえちゃってよ。
昼間なのに外に出れないなんて、ほんっと気が滅入っちゃうんだから」
「はは!任せとけ〜。
あ、俺が捕まえたら一晩どうよ?」
一切隠すことなくそういう色が全開の声音と目で男性は言った。
しかし、女性はそれに慣れているのか軽くあしらう。
「もう!そういうがっつく男の人は嫌われるわよ〜」
男性とセクハラを交えた会話を終えた女性ウェイトレスはそれぞれから料金を受け取った。
「また呼んでねぇ」
彼らに手を振りながら言い、別のテーブルへと向かう。
出された飲み物にそれぞれ口をつけようとしたところで、男性がじっとデフェットを見ているのに気がつき、ライトは首を傾げた。
「どうかしましたか?」
「あ、ああ。いや、若い割にいい奴隷を連れてるなと思って……」
「ああ、それなら」とライトは経緯を説明しようとした。
だが、彼は断るように飲み物を飲みながら手をライトの前に出し、止めた。
炭酸の刺激を吐き出すように息を吐いた男性は首を横に振る。
「別に話してもらわなくてもいい。ふと気になっただけさ。
聞いたところで羨ましすぎて歯ぎしりするぐらいしか俺にはできないからな」
また一口、ゴボウのような物の唐揚げを食べると続ける。
「それに、そういうのはマナー違反ってやつだしな。
どうせ聞くならあんたらの旅の話を聞きたい。
奴隷のあんたもだ。飲みながら話を聞かせてくれよ」
柔和な表情を浮かべる男性にライトたちも表情を少し和らげた。
見た目通り悪い人ではないらしい。
その確信を得られたということ、酒場という場所ということもある。
話しても差し障りないだろう。
「ありがとうございます」
話を始める前にデフェットが丁寧にお辞儀をした。
それを受けた男性は気にするなどでも言うようにビールを飲む。
「ありがとうございます。えっと……」
ライトも礼を言おうとしたところで彼の名前を聞いていないことに気がついた。
そして、男性もそれに気がついたのか照れ笑いを浮かべる。
「あー。悪い。まだ名乗ってなかったな。
俺はミードだ。少しの間よろしくな」
ミードと名乗った男性はまたにっこりと笑みを浮かべた。




