ネスク迎撃戦(上)
翌日、ライトたちは昨日紹介された場所で再びボウガンの練習をしていた。
狙いをつけるコツは大体掴めたが、やはりそれまでの動作で少し時間を取られる。
慣れるしかないとはいえ、妙な不甲斐なさを感じてしまっているライトは休憩のために腰を下ろした。
「はぁ、なかなか、難しいなぁ」
「そんな焦る必要もないだろ?」
「いや、たしかにそうなんだけど……」
そう返したところで知らず知らずの内に肩に力が入っていることを自覚し、深呼吸を数度繰り返す。
「そうそう。肩の力を抜け。こん詰めても良いことなんてほとんどないぞ?」
「ウィン殿の意見に賛成だ。主人殿」
ウィンリィとデフェットの言葉は頷けるものだった。
しかし、ライトが焦っているのには理由がある。
それはこのメンバーの中で一番実力がないのはライトだという事実だ。
それぞれで背中を守りながら戦うことになるというのに自分は二人に守られてばかり、とても彼女たちの助けになっているとは思えない。
たしかにチート能力はある。チート武器まである。
だが、圧倒的に経験が足りない。
いくら強い能力や武器があろうとも戦闘の感覚も掴めていない今ではただの宝の持ち腐れ。
そんな自分が情けなく思ってしまい。焦りで肩に余計な力が入る。
「あとは実戦して慣れるしかない。
簡単な依頼でも受けてそれで練習すればいいんじゃないか?」
「そう……だな」
ウィンリィの意見に素直に頷いた。
動かないものになら動作が少し遅いとはいえ、確実に当てられるようになっている。
たしかに彼女の言う通りにあとは実戦で使って慣れるしかない。
カーンッ!カーンッ!カーンッ!
ライトが「よし」と気合いを入れるのと同時、甲高い鐘の音が辺りに響いた。
村から少し離れた場所でもそれははっきりと聞き取ることができるほど大きな音だ。
「なんだ?」
「なんかあったっぽいけど……?」
その音が意味するところを知らないライトとウィンリィは顔を見合わせながら疑問符を浮かべる。
「主人殿!ウィン殿!すぐに村に戻るぞ」
そんな二人をその鐘の音の意味を理解していたデフェットが即す。
有無を言わせぬ気迫に押され2人は頷きすぐに村へと戻り始めた。
「んで、この音はなんだ?」
走りながらライトが問う。
デフェットの慌てぶりから大体のことは察したが念のための確認だ。
そして、彼女から帰ってきた返事はやはりライトが予想したとおりのものだった。
「相手はなんであれ。敵襲があった。ということだ」
◇◇◇
三人が村に戻る頃にはすでにマナリアたちは自分の家に避難していた。
窓も全て締め、玄関には魔術で貼り付けたのか板のような物が付けられている。
ほぼ全員がカーテンの隙間から外の様子を伺っている。
それ以外にも数人外に出ている。
全員が武器を持っていることから自警団か何かだろうことがわかった。
「敵襲っても、いったい誰が?」
「それもそうだ。守人は何をして––––」
「外からの攻撃ではない」
ウィンリィの言葉を遮りながら現れたのはその守人であった。
ライトと目が合うと彼は軽く会釈、それに返してすぐに聞き返す。
「外からの攻撃じゃないっていうなら、なにが」
「ネスクだ……」
「な、なんでネスクが!」
ネスクとはマナを吸収し栄養を作る不思議な生態を持つ大蛇だ。
そんな特徴を持つため、魔術を象徴する生物として広く知られている。
人間でも魔術をかじったものであれば名前を必ず聞くほど有名な大蛇である。
守人が言うにはそれの大群が唐突に村の方向に一直線に向かい始めたらしい。
普通ならばネスクはそこまで獰猛な性格ではない。
むしろこちらから何もしなければ襲ってくるようなことはないはずだ。
「……まさか!」
考え込んでいたデフェットが何か思い至ったらしく、守人の表情を伺う。
彼はデフェットの言葉をその視線から感じ取り、すぐに肯定した。
しかし、未だ理解に至らないライトとウィンリィに守人は口を開く。
「ネスクは一定周期、大体百年に一度大量発生する。ちょうど今日がその日らしい」
ネスクは通常はマナを栄養源としている。
また、寿命も長いためその一帯のマナだけでは足りなくなる時がある。
そうなってしまえば大量に集まっていたネスク集団からそのほとんどが別の生活圏を探し、行動を始める。
そのようなことが百年周期で起こるのだ。
「いや、だがおかしい……」
「おかしいって、なにが?」
ライトに聞き返されたデフェットの顔には焦りや疑問が浮かんでいる。
「前回のネスクの大量発生は……五十年前」
返された言葉に思わず息を飲んだ。
多少の誤差はあれど五十年もずれればそれは誤差とは言えなくなる。
「ちょっ、ちょっと待て!それじゃ––––」
このネスク大量発生には誰かが糸を引いている。
しかし、後ろに何者かがいるにしても考えるのは後だ。
今はこの状況をどうにかしなければならない。
「俺たちも村の守備につきます」
「……しかし、君たちは客人で––––」
「俺はあなたに、あなたたちにお世話になった。
なら多少なりとも恩返しをするのが道理だと思いませんか?」
守人からしてみれば彼ら、特にライトはケニッヒが認めた者だ。
そんな者を危険に晒すわけにはいかない。
しかし、人手が欲しいのは確かだ。
しばらくの葛藤の後、守人は一度頷いた。
「……わかった。よろしく頼む」
「はい。こちらこそ。ウィン、デフェさん。良いかな?」
二人は予想通りとでも言いたげに呆れたように笑うと肩をすくめた。
「ああ、問題ない。私もタダ飯に寝床まで借りたんだ。恩返しぐらいはする」
「私もだ。もとより主人殿の命には従う」
ウィンリィ、デフェットの答えを聞き守人の方を向く。
「よし……時間が惜しい。指示に従って動いてくれ」
◇◇◇
全長一・五メートルほどの大蛇が無数に蠢く。
その大群は海の波を思わせ、木々や草花を飲み込みながらマナリアの村へと一直線に進んでいた。
それは彼らを震え上がらせるには充分過ぎる迫力を備えている。
ライトは少し離れた草むらから顔を出してその光景を見ていた。
「……こりゃ、すごいな」
「ライト。作戦の確認だ」
ウィンリィの声で草むらの奥に戻る。
その場所には彼女の他にもデフェットとマナリア二人がいた。
ライトが戻って来たことを確認してこのグループのリーダーであるマナリアの男性一人が説明を始める。
作戦はこうだ。
まずは、五人ずつに分けたグループを三つ作る。二つは正面からネスクの大群を迎え撃つことになる。
目的はネスクを散らさないことだ。
可能な限り一箇所に集め、残りの一グループが魔術でまとめて狩る。
取りこぼしはマナリアの村の守備についている守人を含めた遠距離攻撃を得意とする八人で守ることになっている。
「ネスクはおそらく狙いを村ではなく、俺たちに変えるはずだ」
「理由を聞いても?」
「ネスクはその生態上大量のマナを必要とします。
そのため、マナが集まっている場所を目指す性質があるのです。
魔術を使おうとすると周辺のマナを集めますので、同時にネスクまで引き寄せられるのです」
つまり、前衛は魔術も上手に使いながら後衛に可能な限り取りこぼしをせず、ある程度の箇所に集める必要があるということだ。
ライトの問いにスラスラと答えたデフェットに続けてウィンリィが問う。
「あ、そういえばネスクは辺りのマナを吸収するんだろ?
吸収してたマナがなくなったら魔術って使えなくなるんじゃないか?」
その通りだ。
マナは人間の体内でも作ることができるが、魔力に変えた時のロスでほぼ全てがなくなる量しか作れない。
ネスクはマナを吸収し続ける。
そんな存在が大量にいては必然的に自分たちが魔術を使うためのマナもなくなる。
しかしらマナリアの男性は首を横に振った。
「いや、問題ない。あいつらは主に地面からのマナを吸収しているからな。
魔術を使うときに吸収するマナの九割は大気だ」
人間やマナリアは大気中、ネスクは地面の地脈からマナを吸収しているため、同じ場所にいても互いにマナを吸い合うことはない。
少なくとも魔術を使うのに影響は出ないと言うことらしい。
「わかった」
ウィンリィが答えに満足し頷いた。
その男性はもう一度全員の顔を見渡し、他に質問がないことを確認して頷く。
「よし。それじゃ時間もないし、始めるぞ」
その声に従い全員が立ち上がる。
作戦は聞いた。注意点も聞いた。
ならばあとは悩む必要はない。
自分は当然ながら誰も死なせないようにやるだけだ。
ライトはその決意を胸に剣を鞘から抜いて構えながらルマク・ボウガンを取り出し、マーシャルエンチャントを唱えた。




