種族の思想
ライトたちに案内されたのはマナリアの村の村長の家だった。
その家はそこそこに大きく、部屋もいくつかあるらしい。
ライトたちが通されたのは応接室のような場所だった。
その部屋の中央に置かれた大きな机を挟んで並ぶ五つの椅子、その中央に置かれた椅子に座っている六十代ほどであろうマナリアの老人が言う。
「ようこそ。と、とりあえず言っておくよ」
デフェットと同じような髪色をしているが少々白髪が多く、顎髭をそこそこに切りそろえている。
目は鋭く尖ってはいるが、気圧されるほどの威圧感は覚えない。
その老人はライトたちに椅子に座るように勧めた。
「……し、失礼します」
緊張をほぐすように軽く息を吐き、言うとその老人と向かい合う位置の椅子に座った。
ウィンリィはその右隣の椅子に、デフェットは左隣に来ると座ることなく立つ。
「奴隷の君も座るといい。許可するよ」
「デフェさ……デフェットも座っていいよ」
「はい」
いつも通りに呼ぼうとしたライトに視線で「気をつけろ」と警告を促し、デフェットは目の前にある椅子に座った。
全員が落ち着いたところで老人のマナリアは守人に頷く。
それを合図に彼は深々と一礼し、部屋を出た。
「まぁ、茶が来るまで少し待て。っとその前に自己紹介ぐらいはしておくべきか……。
私の名前はケニッヒ。このマナリアの村の長をしている」
ケニッヒは僅かに表情を和らげた。
それにライトも少しつられ、少しだけ肩の力を抜いて自分の名を名乗り、それに続くようにウィンリィが名前を告げた。
しかし、デフェットは何も言わずに俯いている。
ケニッヒは無理に聞き出す気はないらしく、特に表情を歪めることはないようだ。
かわりにどこか感心したような声音で言う。
「この村を出てどうなったかと思えば、まさか……人の奴隷になっていたとはな」
本当に驚いた様子で呟いているようだった。
しかし、デフェットの自責の念はそれを責められている、と感じさせるに充分だった。
デフェット以外が名前を告げると扉がノックされる。
ケニッヒはそれに部屋に入るように指示をするとマナリナの男性がそれぞれにお茶を出した。
お茶を淹れ終えると男性は一礼すると部屋を出た。
「さて……茶も来たわけだが––––」
ケニッヒは一口お茶を飲みと鋭い目を光らせ、それでライトを射抜く。
「––––して、話とは?」
「……あなた達から見て、人とはなんですか?」
ライトのその質問にケニッヒは隠す様子もなく驚愕を表情に貼り付ける。
彼の質問はあまりにも突拍子がないものだった。
まさか人からそんな質問を受けることになるなど思ってもいなかったのだ。
(……この者)
「……忌むべき種族、と言いたいところだが、そうやって断じることができん種族だな」
ケニッヒは目を細めて言葉を続ける。
「悪しき点はいくつも浮かぶし言える。しかし、良い点もまた言える。
それは我々にもまた言えることだ。さしたる違いは感じない」
「そう、ですか……」
自分の目の前に座るライトの感情を感じ取ったケニッヒはその両隣にいるウィンリィとデフェットに言う。
「悪いが、君たちにはしばらく席を外してほしい」
「「ッッ!?」」
「え?なんで、ですか?」
そう疑問の声をあげたライトにケニッヒは告げる。
「貴様が聞きたいことはそんなことではあるまい?」
ライトは何も答えずに俯いた。
ケニッヒはそれを肯定として受け取り、二人に視線を送る。
ウィンリィ、デフェットはここで拒んでも意味はないと悟り、立ち上がると部屋を出た。
それを確認して、彼は切り出す。
「貴様は、本当は何が聞きたいんだ?」
驚いた様子のライトへとケニッヒはさらに言葉を続けた。
「構わん。貴様はそれを聞くためにわざわざこんなところに来たのであろう?」
その問いかけにライトはしばらく黙り込んでいた。
しかし、意を決して持っていた質問をぶつける。
「生きるって、なんですか?」
「……貴様は、なかなか妙な質問をするな」
「す、すみません」
謝るライトにケニッヒは首を横に振る。
「気にする必要はない。貴様の目を見ればわかる。
本当にそれだけを聞きに来たのであろう?」
ケニッヒの言う通り、ライトは元々その質問をしたいがためにマナリアの村に来た。
マナリアと人とでは文字通り見ている世界が違う。
ならば価値観についても違ってくるはずだ。そんな者と話をしてみたいと思った。
しかし、後悔もあった。
そんな個人的な興味に他の人を巻き込むことに抵抗感を感じていた。
「……ふむ。我々マナリアが生きること。
それは次の世代へと技術を受け継ぐことだ。余すことなくな。
我々マナリアが一度滅亡しかけたことはもちろん知っているだろう?
その時に魔術技術の大半は失われた」
そのことは知っている。
その時失われた技術、それが【ロスト・エクストラ】と呼ばれる技術だ。
魔王との戦争の際に散らばった古代マナリア達が持ち去り、しかし後に殺され、あるいは寿命により死亡した結果、扱い方はわかるが作り方はわからないという代物。
中には扱い方すら不明なものもある失われた魔術技術。
『まぁ、その通りね』
『あの頃は逃げるだけで精一杯だったし……』
古代マナリアであるらしい白銀、黒鉄が思い出すかのように呟く。
ちなみにだがそのロスト・エクストラからの技術を可能な限り読み取り作り上げられた【エクステッド】。
そのほとんどを作り上げたのが現代マナリア達だ。
それはマナリアの最大の長所であるマナの可視が可能であるために出来たこと。
「それから我々は技術の“継承”を生きる目的としている」
そう言い切ったケニッヒにライトはある違和感感じた。
それ口にするか一瞬迷ったがライトは言った。
「継承……だけ、ですか? 受け継いでどうするんですか?」
「どうもしない」
「『『ッッ!!?』』」
驚いたのはライトだけではない。白銀と黒鉄もだ。
古代マナリアは言わば挑戦の塊のような種族だった。
マナと会話が出来ることを生かし、それを活用した技術をいくつも作り上げてきた種族。
しかし、それらの成し遂げてきたことの裏にはいくつもの失敗が重なっている。
トライ&エラーを臆せずに何度も何度も行い、新たな技術を作りだす。
しかも、それを独占するのではなく他の種族にも流し他種族の文明の発展に大いに貢献した。
新たな挑戦にも躊躇いなく飛び込む。
無鉄砲に写るが、しかし今までそれを成し遂げてきた種族だった。
それの末裔である現代マナリアはどうだろうか。
発展ではなく維持、停滞を望むような種族にまで成り下がっている。
『……まさか、ここまで落ちぶれていたなんて』
『停滞の先には何もない袋小路があるだけだっていうのに……』
白銀と黒鉄はショックを受けながらもそれぞれの意見を口にするが、それはライトの頭にだけ響きケニッヒには聞こえることはない。
「発展しようともいずれは朽ちる。
ならばこのまま技術を継承し、守り続けることに尽力するべきだ」
「……それが、マナリアの、現代マナリアの生きる、ですか?」
「ああ」
ライトはそれを否定する。
それだけは違うと強く否定する。
「それって、マナリア全員の……」
「ああ、全員の目的だ」
現代マナリアは失敗することを恐れて停滞することを選んだ。
歩む未来に諦観のみを見てしまっている。
「それに、マナリア個人の意思はないんですか?」
「ない。我々の生きる理由はそれだけだ」
確かに動かなければ何も失わない。
だが、何も得ることはできない。
そして、停滞を続けていれば袋小路に辿り着く。
そこに辿り着いた瞬間になりようやく悟ることがある。
「虚しい、ですよ。そんな理由」
「虚しくとも、それが我々ができることなのだ」
だが、とケニッヒは言葉を強くさせて言う。
「彼女、デフェットは発展を望んだ。
継承するのではなく、新たに作りだす。“創造”を行うべきだとな」
その言葉には微かな恨みを感じることができ、ライトは椅子を蹴るように立ち上がった。
「あなたは!」
「発展はいずれ滅亡を迎える!我々に滅べと言うのか!!」
ケニッヒの言葉でようやくライトはデフェットがこの村から追放された理由を理解した。
彼女はこの村で唯一進むことを望んだのだ。
継承という名の停滞を彼女だけは拒んだのだ。
しかし、他の現代マナリアたちは違う。
発展を続けていずれ滅亡するのであれば停滞し種の存続、技術の保護を優先する。
それを受け入れているのだ。
ケニッヒは自分を落ち着かせるようにお茶を飲み、息を吐いた。
「ようやくわかったよ。人と我々の違い。
君達は進み続けているのだな。間違っている方向だとしても……」
「進んでいれば方向転換は出来ます。それがどれほど難しくても、きっと」
ライトも自分を落ち着かせるように椅子に座りお茶を飲む。
「あなたたちは、踏み出すのを恐れているだけです。
でも、踏み出さなきゃ、見えないことがあります」
転生する前はライトも現代マナリアたちと同じような考え方をしていた。
目立ち過ぎれば足を引っ張られ、貶される。
それがあの社会だ。
少なくともライトは今もそう思っている。
出る杭は打たれる。
そんな社会だったからこそ、ライトは未来を諦めて目立たずに生きることを選んでいた。
しかし、この世界に来てからは違う。
恐れはある。
だが、それでも歩くことを決めた。迷いながらも進み続けると決めた。
そうすることで少しずつライトの世界は広がってきた。いろいろなことを考えるようになった。
そんなライトから見れば現代マナリアは昔の自分と同じ「生きていながら死んでいる」そう見えてしまった。




