ギルド
ライトは武器屋の店主に言われたギルドと呼ばれている場所に来ていた。
武器屋の店主の言う通り、レンガ造りで他の家よりもかなり大きかったために場所はすぐに分かった。
ライトは軽く息を吐いてからその扉を開き、中へ入った。
真っ先に目に着いたのは受付のようなところだ。
その左隣には二階への階段と紙が何枚か貼られている掲示板がある。
受付前の広間には丸机と椅子が並んでいて何人か座り雑談をしていた。
扉が開いかれたことで一瞬、視線が向けられたがすぐにそれぞれの会話に戻った。
そんな者たちを抜けて向かったのは様々な依頼が書いてある紙が貼ってある掲示板。
依頼内容は多種多様で馬車の護衛から特定のモンスターの討伐、農家の手伝いなどの雑用までもがあった。
「これって、もはや何でも屋だな……ん?」
ライトが呟きながら依頼の紙を眺めている時だった。
ふと視界にその依頼書が止まった。
内容は以下の通りだった。
【この村から東の洞窟でゴブリン、オーク、オーガが集団で住み着いている。近くの村では既に被害が出ている。
また、大軍と予想されるので複数のギルドで協力し討伐に向かう。
予定 5月14日 日明け頃
報酬 1万G
集合場所 各ギルド入り口】
依頼の予定を見れば分かる通り、この世界の日付や時間の数え方もライトが元いた世界と何一つ変わらない。
正直、なんとかの月だとかのようなものよりも慣れ親しんだ月日なのはライトにとってかなりありがたいことだ。
依頼を受けるにはどうすればいいのか、と少し首を傾げていると横合いから男性が手を伸ばした。
彼は依頼書の下に止められていた複数枚の紙のうち、1枚取って受付に向かっていった。
(なるほど、これか)
ライトもそれに習い同じように紙を1枚取り、受付へ。
そこにいた女性にその紙を差し出した。
女性はそれを受け取り、ペンを走らせると中央になにか意味ありげな模様が描かれている手のひらサイズの木の板を差し出した。
「どうぞ」
「なんだこれ?」
受け取りながら出た言葉。
女性はその反応を見て、問いかける。
「失礼ですが。依頼を行うのは今回が初めてでしょうか?」
「ああ、そうだ」
「やっぱり……それではご説明させていただきますね」
そう言った受付の女性はニッコリと微笑みながら説明を始めた。
まず、ギルドでは様々な依頼をしたり、逆に受けることが出来る。ギルドは殆どの村や街にはある。
次に、依頼はある程度までは制限なく出すことができる。
そのため依頼内容は多種に渡り、そのどれでも受けることが出来る。
そして、これはライトには意外なことだったが、よくあるようなクラスといった制度はない。
しかし、当然危険があるので自分の力に合ったものを自分で選ぶ必要がある。
失敗した場合は、もちろんその自分の評価が落ち、最悪、ギルドから出禁を言い渡されることもある。
最後に、ライトが受け取った物はちょっとした証明証にもなっており、もし死亡した場合はその魔術陣からギルドに自動で伝達されるらしい。
「なるほど、長い説明ありがとな」
「いえいえ、これも私の仕事ですので」
受け付けの女性はまたにっこりと微笑んだ。
ライトはギルドの扉の方に向いたところでふと何かを思い出したかのように呟く。
「そういや今日って何日だ?」
それを聞いた受付にいた女性はカレンダーを確認して言う。
「5月12日ですよ」
「ありがと」
ライトは手を振りながらギルドから出た。
外に出た彼は空を見上げて小さく呟く。
(期日まであと2日。今から別の依頼でも受けるか……。
いや、それよりまずは宿の確保と情報収集が先だよな)
辺りを見回すがそれらしい建物はない。
次の目的地を決めたライトはギルドから離れ、村を歩き出した。
◇◇◇
それから村を探索しながら歩いているとギルドから出て、大通りを東の方向に進むと宿を見つけることが出来た。
外見自体は他の普通の家と大差はない。
違うのは大きさぐらいだ。2階建てで横幅もかなり大きい。
ただやはり違いとしてはそれだけで宿屋の看板がなければ豪華な家と見間違えただろう。
ライトはそのどこかゲームらしさを醸し出す宿屋の扉をドキドキしながら開いた。
彼を出迎えたのは受付にいた女性だ。
何か作業をしていたのか少し遅れながらも迎えの言葉を向ける。
「あ、いらっしゃいませ」
「えっと、一番安い部屋に二日泊まりたいんだが?」
「わかりました、二泊三食付きで5千Gですね」
ライトは財布から言われた通りの金額を払う。
それを受け取り確認した女性はすぐに鍵を渡しながら言う。
「はい。確かに受け取りました。
こちらが鍵です。部屋は2階に上がって左奥の部屋です」
「ああ、ありがとう」
礼を言ったライトは右の壁際にある階段を上がり、2階へ。
言われた通りに左に進み、突き当たりに着いたライトは部屋の番号を確認。
間違いがないことを確認してから扉を開いた。
「ふむ、ザ・ファンタジーって感じだな」
部屋はRPGゲームなどで出るような感じだった。
少しボロい印象を受けるが綺麗に掃除されているため、汚いという印象は受けない。
ライトはベッドに寝転ぶというより飛び込んだ。
ベッドの感触は少し硬いが地面と比べれば全然いい。
干したてなのかいい匂いもした。
「はぁー、なんか一気に疲れた」
そう呟くと緊張がほぐれたのかさらに疲れが出てきた。
「飯食う前にちょっと寝るかなぁ」
そんなことを呟いている間にも睡魔が襲ってきた。
ライトは大きな欠伸を一つしてその睡魔に従い目を閉じる。
◇◇◇
どれほど眠っていたのだろうか。
次に目を覚ました時には辺りは暗く、窓から見える景色も夜のそれへと移っていた。
(やっぱり野宿とベッドでは疲れの取れ方って変わるんだなぁ)
大きなあくびと背伸びをするのと同時に腹が鳴った。
それでまともに眠ってもなければまともな食事も取れていなかったのをようやく思い出したライトはベッドから立ち上がり、部屋を出た。
(どこか飯が食える場所を探さなきゃかな)
と階段へ向けて歩いていたところで昼間受付にいた女性とばったり鉢合わせした。
ライトはそのまま会釈して通り過ぎるつもりだったが、彼女は「あっ」と言う表情を浮かべている。
「あ、ちょうどよかった。今呼びに行こうとしてたんです」
「呼びに? 何かあったのか?」
「いえいえ、お食事の用意ができたのでそれをお知らせに行こうと」
「ああ、そういうこと……ありがとう」
「いえ、それでは」
女性は言って駆け足で階段を降りて左に向かった。
ライトもそれに続いて歩く。
着いたのは食堂だ。広さは大体20人ぐらいが入れる程度で丸机とカウンターの席がある。
現在は丸机が全て埋まっており、カウンターの方は半分が埋まっていた。
ライトは隅の方にある席を見つけ、そこに座った。
それからすぐ女性が木のトレイを持ってきてそれをライトの目の前の机に置いた。
「お待たせしました」
「いや、いいよ。ありがとう」
ライトが笑い、手を振るとその少女も手を振り返しながら厨房のようなところに向かった。
「あっ、おーい! こっちに酒!」
後ろから女性を呼ぶ野太い男性の声が聞こえた。
返事をする彼女と同じようにライトは振り返り、声がしてきた方を見る。
そこにいたのは5人の男性。グループなのだろう。仲良く食卓を囲んでいる。
見える限りそこそこな時間飲んでいるのか机には空き皿やコップが積まれていた。
忙しなく動き回る女性から視線を運ばれた食事に向ける。
パンが1つにスープ、炒められた肉と野菜という感じだ。
どれも素朴な味だがライトにとってはこれがこの世界初めての普通の食べ物であった。
スープを一口飲み、息を吐く。
(あー、なんかこの味、落ち着くなぁ)
一息ついていたところで話しかけられた。
「なぁ……」
「ん?」
声をかけたのは女性。夕食が乗せられたトレイを持っている。
その女性の背丈はライトほど、服装も全体的に色が赤を基調としていること以外の差はない。
肌の色は白く体も引き締まっており、とても健康的な体つきをしていた。
肩上ほどで雑に切りそろえられた朱色の髪や二重のはっきりとした赤目も相まってか、全体的に活発そうに見えた。
「相席、いいか?」
「ああ、どうぞ」
礼を言いながらその女性はライトの隣に座り、トレイを机に置く。
「いやぁ、悪いね。どうもああやって盛り上がるのは終わった後って決めているもんでね」
女性はパンを千切り頬張ると酒を飲んでいる五人組の男性を顎で指す。
その男性たちは先ほど店員を呼んだ者たちだ。
今も木製のジョッキを持ち大きな声で騒いでいる。
他の客もどこかその盛り上がりを楽しみながら食事を取っていたり飲んでいるため、迷惑には感じていないようだ。
「終わった後って、なんかの仕事か?」
「ああ、ほらギルドの赤文字の緊急依頼だよ。あんたはしないのか?」
「あ〜。あれか。いや、俺もするよ」
(っていうかあれ緊急依頼だったのか……あ、あの緊って字はそういう意味か)
ようやく合点が付いたライトは野菜と肉の炒め物を食べるとその女性の方を向き手を差し出す。
「んじゃ、仲間ってやつかな」
その女性はライトの言葉と行動に呆気に取られた顔をすると少しして噴き出すように「あははっ」と突然笑いだした。
「な、何がおかしいんだよ」
笑い過ぎて乱れた息を整えながらその女性は言う。
「い、いや、初めて会った奴にそんなこと言われるとは思わなくてね。
あと、あんたはもう少し暗い奴かと思ったんだよ」
「なんで?」
「だって一人で飯食ってたし、なんと言うか雰囲気が他の連中と比べて暗かったっていうか……」
「悪かったな。どうせ俺は暗い奴だよ」
ライトはその女性からプイっと顔をそらす。
確かにライトは昔からあまり人と関わることはしなかった。
理由は単純、傷付きたくないからだ。
人と関わればそれだけ面倒なことに巻き込まれ辛いだけ。そう思っていたし最低限でも十分だった。
(まぁ、奈々華みたいなやつもいるにはいたが)
ライトの反応を見て女性はまた笑う。
ひとしきり笑った後、再び息を整えるとライトの肩に腕を回し顔を覗き込む。
「まぁ、そんな怒んなって。私の名前はウィンリィだ。気軽にウィンでいい」
人を極力避けていたために同性はともかく、奈々華以外の異性とは接することはなかったライトは妙な恥ずかしさを感じ赤面させ、顔を背ける。
しかし、彼女のその好意を無視するわけにもいかず、ライトには小さな声を絞り出す。
「俺は、ライトだ」
「おう、そうか。ってどうした?顔赤いぞ」
「い、いや。なんでもない。そ、そろそろ離れてくれないか?」
「ん?ああ、食事中だったな。悪い悪い」
「い、いや。大丈夫だ」
その後しばらくウィンリィと他愛ない話をしながら夕飯を食べ終えると部屋に戻り眠りについた。