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奴隷

 翌日の朝、ライトは違和感を感じゆっくりと目を開いた。

 まだ日は完全に登りきっていないため、淡い光がカーテンの隙間から差し込んでいる。


「ん、んん〜」


(変に目が覚めたけど、まだ起きるには早いっぽいな……)


 ライトはもぞもぞと寝返りを打った。


 その手が人の髪に触れる。

 瞬間、驚きで眠気が吹っ飛び、目を思いっきり開いた。


 寝返りを打った先にいたのはデフェットだった。


 ライトの手が顔に触れたことで彼女も目を覚ましたらしく、ゆっくりと目を開く。


「主人殿。おはよう。よく眠れたか?」


 その声音と優しく微笑むその顔に半ば見とれながらライトは答えた。


「えっと、まぁ、うん」


「そうか。それは良かった」


 目の前でまた笑みを浮かべるデフェットに見とれていたが、頭を軽く横に振ると今度こそ彼女に問う。


「そ、それでデフェさんは何で俺のベッドに入って一緒に寝てるんでしょう……?」


 デフェットの自己紹介を終えた後「寝るベッドはどうするか」と言う問題に直面した彼らは話し合った。


 ライトが床で寝てデフェットがベッドで寝る案が出たが、デフェットが却下。


 ライトかウィンリィ、どちらかと一緒に寝る案も出たが、これはウィンリィ以外が却下。


 そうやって話していく中で結局落ち着いたのがウィンリィ、ライトがベッドで寝てデフェットはライトの寝袋を借りて床で寝ることだった。


 ベッドがあるのに女性を床で眠らせることに少し抵抗があった。

 だが、デフェットの意思をできるだけ尊重すると決めてしまった手前それに反対することはできなかったのだ。


 そんなこんなでデフェットは寝袋で寝ていたはずだが、ではなぜ目の前に彼女の顔があるのか。


「夜中に目が覚めた時に主人殿が丸まって眠っていたのでな。

 てっきり少し寒いのかと思って温めようと……」


「それで入ってきたと」


「うむ……もしかして、余計なお世話だっただろうか?」


 少ししょんぼりとしたような表情で聞くデフェットにライトは否定の言葉をすぐに吐き出した。


「い、いや!そんなことはない!ない、けどぉッ!?」


 しかし、それはデフェットがライトの頭を抱きしめたせいで最後まで言われることはなかった。


「そうか。まだ完全に夜は明けていない。

 もう少し眠っていたらどうだろう?」


 その声音は明るく嬉しそうだ。

 確かにデフェットの胸は柔らかく心地よい温もりがある。


 正直、この空間から抜け出すのはかなり億劫だった。

 それも再び訪れてきた睡魔も合わされば抜け出すことなどもはや不可能だ。


「……うん。そう、だね。もう少し、寝てる」


「ああ、そうしていろ」


 再びの優しい声音。それに加え優しくライトの頭を撫でだす。

 そこまでされると恥ずかしさも感じたがそれよりも睡魔の方がより強力だった。


(なんか、これ……安心する)


 ライトは訪れた睡魔に抗うことなく身を任せた。


◇◇◇


 わずかに見た夢。

 それはまだ死ぬ前、中学を卒業した頃の思い出だった。


 自分一人しかいない部屋でテレビを見ていた。

 お笑い番組だ。タレントがネタを披露し、客が笑う。


 それをただボーッと見ていた。


 唯一いた母親は言葉少なく、父親を追って海外に飛んだ。

 別に一人で寂しいわけではない。今まで通り良い子であれば何も問題ない。


 そう、問題はない。


「……飯、食べるか」


 重い腰をゆっくりと上げて台所に向かい冷蔵庫を開ける。


 例え、母親がいなくなったとしても何も変わらない。

 父親がもともとほとんどいなかったから何も変わらない。


 よく周りから「偉い」と言われ続けた。

 よく周りから「何でもできてすごい」と言われ続けた。


 そして「君なら一人で大丈夫だね」と言われ続けた。


 両親に嫌われたくなかった、失望されたくなかった。


 ただ、褒めて欲しかった。


 たった、それだけだった。


 だが、自分で何でも出来るようになってくると周りは口を揃えてこう言うようになった。


「君ならそれぐらい普通に出来るよね」


 その言葉が、なぜかは自覚できなかったが、酷く突き刺さった。


◇◇◇


(酷い夢だな……)


 二度目の目覚めは酷く嫌なものとなった。


「どうかしたか?ライト?」


 ウィンリィに呼ばれてライトはその記憶と想いをしまいこみながら言葉を返す。


「何でもない。飯、行こうか。デフェさんも」


 ライトたちは部屋から出て宿の食堂に向かった。


 食事はデフェットの分も増えはしたが、その分の料金はすでに支払ってある。

 そのため、席に着くと自然に三人分の食事が出された。


 しかし、彼女はライトの隣に立つだけで座ろうともしない。


「あれ?どうし……ああ、そうか」


 奴隷であるデフェットは主人からの命令がなければ座ることさえも許されないらしい。

 それに気がついたライトは指示を出した。


「座って良いよ」


「はい。ありがとうございます」


 周りの目があるためか敬語を使い、礼を言うとデフェットも椅子に座った。


「はい、じゃあ手を合わせて」


 ウィンリィは慣れたように手を合わせ、初めて見た光景にデフェットは戸惑いながらも同じように手を合わせる。


「いただきます」


「いただきます」


「い、いただきます?」


 ライト、ウィンリィは慣れたように言うと食事を始めた。


「あ、デフェさんも食べて良いよ」


「え?あ、ああ。わかりました」


 ライトに言われ食事を始める。

 食べながらも疑問の視線を向けるデフェットにライトは苦笑いを浮かべて答える。


「何と言うか、食べる前のお祈り?みたいなものだよ」


「……なるほど」


 パンをスープで無理やり胃に流し込むとライトが口を開いた。


「んで、今日はどうするだ?仕事か?」


「ああ、その予定だ。大体の目安はつけている。

 ただまぁ、三人に増えたからな。少し別の仕事をやるのも良いかもなぁ」


 スープを飲んでウィンリィは少し考え込む。


 いきなり一人増えたのだ。

 彼女が考えていた予定が狂ってしまうのは仕方がない。


 それに少し申し訳なさそうにライトは少し表情を曇らせた。


「ん?ああ、ライトが気にする必要はないって言ったろ?」


「いや、でも–––––」


 言葉を続けようとするライトの前に食べかけのパンが眉間に向けられたせいでその言葉を防がれる。


「ウダウダ気にするな。これは私が決めたことだ。

 お前と同じように、な?」


 食べかけパンを再び齧ると言葉を続けた。


「お前は、他人が決めたことにいちいち口を出すつもりか?」


「……いいえ」


「ふっ、ならば良し」


 満足そうに笑みを浮かべるとウィンリィは食事を再開した。


◇◇◇


 食事を終えた三人は部屋から剣を持ってきてギルドに向かった。


 ちなみに途中でデフェットの武器がないことに気がついた二人は慌てて武器屋でデフェットが気に入ったレイピアを買ってからギルドに来ていた。


「さて、ようやく来れたわけだが……おっ、あったあった」


 ウィンリィがとったのは近くの村へと続く道に頻繁に現れるようになった巨大ミミズのような生物、ランドワームの討伐。数は十体前後。


「報酬は……五万G(ガルド)。悪くないんじゃないか?」


「よっし、なら受けてくるよ。少し待っててくれ」


 ウィンリィは言うとギルドの受付に向かった。

 その後ろ姿を見送るとライトは周りを見回す。


 数名はいつも通り話し合っているが、何人かはライトの隣にいるデフェットを見ては小声で何か言い合っていた。


 何を言っているのかはライトには聞こえない。

 しかし、ロクでもないことぐらいは表情を見ればわかる。


(なんか……嫌だな。この空気)


「気にする必要なんてないさ。ただの僻みだ」


 いつの間にか帰って来ていたウィンリィが言った。

 その言葉を視線で「どういうことだ?」と聞き返すライトに彼女は続ける。


「お前みたいな明らかに駆け出しのような奴が奴隷を持ってたらそういう目で見るさ」


 ウィンリィも周りを軽く見回し、ライトの手を引いて外に向かい歩き始める。


「ま、他にもあるがそれは歩きながら説明するさ」


◇◇◇


 外に出たウィンリィはしきりに視線を動かし、何かを探しながらライトに質問を向ける。


「奴隷に三つの種類があるのは知ってるよな?」


「……知りません」


 ライトの言葉にウィンリィはゆっくりと顔を向ける。

 そこには目を見開いた驚きの表情が浮かんでいた。


「……ほんと?」


「はい……」


「……まぁ、奴隷なんて持たないやつからしたら関係ないことだからなぁ。

 っとちょうどいいところに」


 咳払いを一つこぼすとウィンリィはそれを指差した。


「あれ、よく見ろ」


 彼女の指差す先には鉄格子で覆われた荷台を引く馬車が通っていた。


 その荷台には人がぎゅうぎゅうに詰められている。

 性別や年齢、種族はバラバラだが全員が薄汚れた格好をしていた。


「……あれ、奴隷、か?」


「そ、奴隷。三級奴隷だな」


 三級奴隷とウィンリィが呼んだ人々の顔、頬やひたいには魔術陣が描かれていた。

 その顔は暗く何かを悟ったような諦めたような表情を浮かべている。


 ウィンリィの説明をまとめるとこうだ。


 奴隷は三級、二級、一級の種別がなされている。


 【三級奴隷】は最も安い奴隷だ。


 基本的に肉体労働用に買われることが多く、その扱いは家畜と大差ない。

 いや、下手をすれば家畜よりも使い勝手が良い分より酷い。


 国の法でも守られておらず、もしその奴隷が誰かに殺されれば、元の世界で言うところの器物破損罪として扱われ、殺人には問われない。


 人としてではなく物として扱われる。

 奴隷の証拠である魔術陣はひたいか頬に刻まれる。


 【二級奴隷】になると少し待遇は良くなる。

 しかし、当然ながら個人資産は持てず結婚も絶対にできない。


 もし、二級奴隷の女性が子供を孕んだとしても男性側に責任を負う必要はない。

 そのため、二級奴隷は娼婦として買われることが多く娼婦のほとんどが二級奴隷だ。


 奴隷の証拠である魔術陣は首に刻まれる。


 【一級奴隷】になると待遇は人とそう変わらなくなる。

 主人の許可さえもらえれば結婚もでき、個人資産も持てる。


 しかし、生存権やその他すべては変わらず主人が持っているため、そもそもがそのような申し出をする奴隷はいない。


 一応、一級奴隷は殺せば殺人罪となるが主人が許せば殺人罪ではなく器物破損罪として処理される。

 ちなみに魔術陣は手首に刻まれる。


 共通して奴隷は物として扱われ、自由は認められていない。


「……」


 なんとなくわかっていたことだがやはり釈然としない。

 人を物として扱うようなことには慣れられるような気がしない。


 しかし、彼女たちの世界ではそれは日常だ。


 三級奴隷を見ても指差すだけでライトたち以外にそれに哀れみの目を向けることなどない。

 ただ、誰もが嘲笑うような視線を向けて笑っていた。


◇◇◇


 ウィンリィの説明が終わる頃にはライトたちは依頼された場所についていた。


 今彼らの前には地面から巨大なミミズが顔を出している。


 ランドワーム。

 目は退化しているらしく、小さい穴のようなものがあるだけでモグラのような口を持ち、小さな前足を持つ奇妙な生物だった。


「よっし、んじゃ、やるか」


「主人殿。戦闘許可を」


「……ああ、やろうか」


 ライトは心に現れた怒り。これは二人にぶつけて良いものではない。


 それは分かってる。これが彼女たちの普通なのだ。


 しかし、煮えたぎった怒りはどこかにぶつけなければ治らない。

 ライトは剣の柄に手を置き、ランドワームの群れを睨みつけた。

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