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決着と契約

「はぁ……はぁ……」


 女性は膝に手をつき肩で息を繰り返しながら未だ土煙が晴れない場所を見つめる。


 命中した。その手応えがあった。


 大きな爆発があったことは予想外だったが、おそらく何かしらの方法で防ごうとした結果起きたものだろう。


(だが……あの様子だとどうやら意味がなかったようだな)


 むしろそうでなければ困る。


 【ゲイ・ボルグ】

 空気中に漂うマナを集め、自分の魔力でコーティングすると同時に長槍としての形を紡ぎ、能力も加える。

 原理としてはとても簡単なものだ。


 しかし、一番の強さはその能力。

 必ず心臓を穿ち、物理的、魔術的問わずに防御を貫く。


 シンプル故に、単純であるが故に強力なもの。


 磨き続けた自分が使える数少ない魔術。

 そして、最強の魔術だ。


 これが破られてはもはやどうしようもない。

 今更剣で相手にすることはできない。

 そんな体力や精神力などもう残ってなどいない。


「……ふっ、なるほど……」


 ゆっくりと晴れる土煙の先にいる者を見て女性は目を見開いて息を吐いた。


「まさか……な」


 そう言うがその顔に悲しさは全くない。


 それどころか清々しいとすら感じとれる。


「はぁ……はぁ……っ、くぁあ……」


 そこには膝をつき肩で息を繰り返すライトの姿があった。


(あ、あぁ危ねぇえええええ!!!)


『あんたよく生きてたわね』


『そもそも良くあんな状況で賭けができたね』


 あの状況では取れる行動全てが賭けだ。


 だが、ライトはそのうちの最もマシな賭けに出た。

 それは“ゲイ・ボルグに攻撃をぶつける”というものだ。


 幸運なことにゲイ・ボルグはまっすぐ心臓に向かって来た。これのおかげで攻撃は読めた。


 問題はおそらくあるかもしれない防御を無効化する能力の方。


 どうやらそれも本当にあったらしく、その証拠に槍に触れた右拳のインフェルノ・ガントレットは消え失せている。


 そして、当然ながらその攻撃を防ぐにはそれだけでは足りない。

 そこで新しく創造した魔術【リアクティブ・アーマー】の出番だ。


 リアクティブ・アーマーは戦車などに使用されるもので爆発反応装甲とも呼ばれる。

 弾着と同時に爆発することで砲弾の威力を大幅に減少させるものだ。


 それをインフェルノ・ガントレットの下に展開。

 受け止めた攻撃をリアクティブ・アーマーでゲイ・ボルグ破壊した。


(ゲイ・ボルグはあらゆる防御は無効化出来るが攻撃は無効化出来ない……)


 ゲイ・ボルグが無効化出来たのはインフェルノ・ガントレットのみであり、それが消えた頃には爆発、攻撃の衝撃を吸収しつつ破壊している。


「ッ!いってぇ」


 完全に破壊される数瞬の間にその槍はライトの拳に僅かではあったが確かにダメージを与えていた。


 血が滴り落ち、ようやくその痛みを実感する。


「私の負けだ!勝負を放棄する!」


 女性はそう宣言した。


 そして、それから観客たちがその言葉の意味とその結果を判断するまで少しの間を置き、意味を理解すると大きな歓声が上がった。


『しょ、勝者……ちゃ、チャレンジャー!』


 うろたえながらも司会者は続ける。


『な、なんと絶対に勝てないとまで言われ続けていた奴隷を打ち破る者が現れました!

 皆様!今一度、勇敢な彼に拍手と歓声をお願いします』


 司会者のその言葉に観客たちは立ち上がり拍手をしながら歓声をあげた。


 その中には奴隷女性に賭け者たちもいた。当然その者たちは賭けに負けた。

 しかし、そんなことなどどうでもいいと言い切れるほどに見応えがある勝負だった。


「はっ、はははっ」


(やっっっったぁ〜)


 本来ならば大きく声を上げ喜ぶところではあるがそれ以上に体力の消耗が激しい。


 ペタンと地面に座りゆっくりと息を整える。


『お疲れ様』


『ヒヤヒヤさせるタイミングもあったけどね』


(うる、せぇ……)


 白銀と黒鉄に答えながらダメージリセットで右手の傷を癒す。


 戦闘が今度こそ終わったことを確信し、ライトは深く息を吐いた。


 もし、ゲイ・ボルグが防御無効ではなく、魔術無効だったら今頃すでに不自然な軌道を描いた槍が心臓を貫いていた。


 だが、それはないと心のどこかで確信していた。

 そして、それは同時に攻撃ならば防げると思った理由でもある。


(あの槍は魔術で形作られたもの。と言うことは必然的に魔術無効はできない。

 そして、攻撃魔術ということはそれと似たような攻撃魔術で影響を与えられる、ということ……)


 それに確信はない。

 詳しい理由はもっと別なのだろうがライトはそう予想し、実行した。


「お、お疲れ様でした」


 声をかけられたことでライトは意識を現実へと戻す。


 隣にはいつの間にか女性が立っていた。

 その人物はライトをこのグラウンドに見送った者だ。


「どうぞ。こちらへ。商品の受け渡しを行います。立てますか?」


「え?あ、ああ。だ、大丈夫です」


 ライトは立ち上がり周りを見回した。


 未だに観客席からは歓喜の声が上がっているが、先ほどまで戦っていた女性の姿はすでにない。


 表情にそのことが出ていたらしく、ライトが言う前にその疑問に女性は答えた。


「あの奴隷なら大丈夫です。すでに待たせていますよ」


◇◇◇


 そこは商品を受け渡すための質素な部屋だった。


 そこには先ほどまでライトと戦っていた女性と魔術師の女性がいた。

 二人の間には机が置かれ、そこには賞金が纏められた袋も置いてある。


 女性はこの部屋へときて今更ながらに負けたということを実感していた。


(この部屋に来る予定など……なかったはずだったのにな)


 正直に言えば悔しかった。


 あと少し、あと一歩だった。

 だが、届かなかった。


 しかし、それに後悔はない。


 全力は出しきった。それでもなお負けたのならば、その結果は素直に受け入れる。


(……いや、私はどこかで)


 だが、と考える。


 あの少年。これから自分の主人となる少年と剣を交えてどこか「彼になら仕えてもいい」そう思ってしまったような気がする。


 そのせいで剣が鈍った。

 しかし、その考えはすぐに捨てた。


(結局はどれも言いわけ、だな)


 どうやら自分はあの勝負に負けたことが相当に悔しいようだ。

 それを自覚し、その自分に呆れ自虐的な笑みを浮かべる。


 ちょうどそのタイミングで部屋の扉が開きあの少年が入ってきた。


◇◇◇


 女性に案内された部屋に入るとそこには先ほどまで戦っていた女性がいた。


 やはり近くで見ても美人だ。


 整った美しい顔立ちに黄緑がかったブランドの長髪。すらりと伸びた四肢。

 ウィンリィは姉のような感覚を受けたが、彼女はどこか母親のような印象を受ける。


 その雰囲気からはこれから先、奴隷になるというのにさっきまでのような貫くような殺気は感じない。


 だが、そこに諦めのような悟りの感情も感じない。


 あれではまるで––––––。


『これからのことを楽しみにしてるみたいね』


『……実は本当に変態だとか?』


(さぁな………ってちょっと待て!

 その言い方だと俺が変態行為をするやつみたいじゃないか?)


 気のせいだよ。という二つの声が頭に響く。


 まともに信じられないライトに元々部屋にいた女性が話しかける。


「それではその魔術陣のその円の部分に立ってください」


 床に視線を落とすと確かに魔術陣があった。

 白いチョークのようなもので書いたらしき、幾何学模様に文字のような何かがかいてある。


 大きさは直径五メートルほどでその円の中央には直径一メートルの円。

 さらにその円を挟むように両端にある二つの円が向かい合うように描かれている。


 その周りには当然のように幾何学模様が描かれていた。


 ライトは頷くと指示された場所に立ち、その向かい側の円に女性は立つ。


「では、手をお貸しして頂けますか?」


 女性に言われライトは右手を差し出す。


「それでは失礼します」


 女性は言うと短剣で慣れた動作でライトの右手の甲を軽く切った。


 その血を使い、手の甲に何かの魔術陣を描く。


(……これは?)


『ん?ああ、契約用の魔術陣よ』


呪い(ギアス)を間に挟んだ両者の接続。

 君に危害はない。むしろ危害があるのは––––––」


 ライトが視線を送る先では目の前の女性にも同じように左手の甲を切られその血で魔術陣を描かれていた。


「傷は後ほど治療しますのでご安心を。

 それでは魔術陣を描いた方の手で互いに手を繋いで頂けますか?」


 ライトとその女性は指示に従い互いに手を握り握手をする。


「それでは失礼ですが名前をお聞きしても?」


「……ライトだ」


 女性はライトの名を聞くと一礼。

 それで魔術の準備は整ったようで女性は魔術陣の外に出て詠唱を始めた。


「汝らに、契約の鎖を」


 その言葉に反応し地面に描かれた魔術陣が白く淡い光を放つ。


「主人をライトとし鎖の持ち主とする」


 ライトの右手の甲に描かれた魔術陣が赤く光る。


「汝の奴隷は汝により縛られる」


 今度は女性の魔術陣が赤く光る。


 それに呼応するように地面に描かれた魔術陣も更に強く白い光を放ち始めた。


「汝らには今、契りが交わされる」


 一瞬、ライトと女性の手首に痛みが走る。


 そこに視線を向けてみると手の甲に描かれた魔術陣がひとりでに動き始め、形を歪めていく。


「汝らを繋ぎ止めるは、呪いである」


 そして、最後の一節が唱えられると手の甲に描かれていた魔術陣は最終的に手首に巻き付くような物へと形を変えていた。


 それが完全に終わると地面に描かれた魔術陣からは光が失われ、その場に静寂が訪れる。

 

「お疲れ様でした」


 女性はその静寂を壊すようにニッコリと微笑み術が終わったことを告げた。


◇◇◇


 それから十分後。


 傷の治療を行われ、副賞である賞金も受け取ったライトとライトの奴隷となった女性はコロサウスの出口にいた。


 ライトは隣に視線を移し、ボロ布を纏っている女性を見た。

 相変わらず下着すらもまともにないせいで一体どこに目をやればいいのかわからなくなってしまう。


 さすがにそんな格好で街中を歩かせるわけにはいかない、とライトは自分のマントを奴隷の女性に被せた。


「……これは?」


「さすがにその格好だと目を集めすぎるから……服を買いに行こう」


 ライトの提案に女性は一瞬の迷いもなく頷く。


「主人殿の望みならば……」


 むしろそう言うと深々と頭を下げる。

 慣れない態度にライトはたじろぎながら近くの服屋へと飛び込むように入って行った。

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