コロサウス決闘(下)
剣の切っ先を向けられ、見下ろされた女性は奥歯を噛み締める。
(これで……終わり、だと?
ここで……ここまできて……!!)
「いや、まだだ!!」
女性は叫ぶと同時ライトの腹へと回し蹴りを繰り出した。
「ッが!!?」
油断していたライトの腹にその攻撃は命中。
衝撃で剣を落としながら地面を転がる。
すぐに体を起こそうとするが、女性はそれに追撃をかけるように落ちたライトの剣を拾いあげると走り寄る。
慣れない剣を持っているせいで光速、とまでは言わないがそれでも充分に速い。
「ッ!!?ハイジャンプ!」
とっさに叫び地面を手で押すとライトは一気に前へと跳び向かいながら立ち上がった。
だが、勢いがつきすぎたせいで前のめり倒れ始める。
「ライトニング・ムーブ!!」
倒れる前にライトニング・ムーブを発動。
再び地面に倒れる前にライトが雷を纏いながら一直線に女性に向かう。
感が振り下ろされる直前にショルダータックル。
「ック!!」
今度は女性が吹き飛ばされ、地面を転がった。
しかし、剣は飛ばされる直前に放り投げられたため、ライトの近くにはない。
これで互いに武器は失った。
残っているものは互いにどちらも魔術のみ。
「はぁ……はぁ……ッ。インフェルノ・ガントレット」
ライトは念のためにインフェルノ・ガントレットを発動。両拳を青い炎で包む。
(さぁ、次は何が来る……)
先ほどの件もある。
彼女が降参するまで完全に油断できない。
しかし、もう体も精神も限界に差し掛かっている。
これ以上戦闘が続けば確実にライトの方が死ぬ。
(だが、一撃で仕留めることはできない……)
新たな策は疲れた頭では思い付かない。
ライトの頬を汗がゆっくりと伝った。
女性はゆっくりと立ち上がりながら息を整える。
(まさか……油断していた。とはな……)
本気で仕留める、そう思っていたが蓋を開けてみればこのザマだ。
自分すら自覚していない部分では目の前の名も知らぬ少年を下に見ていた。
(言い訳はしない。この勝負––––)
目の前の挑戦者もそろそろ限界だろう。
だが、それは自分もまた同じ。
女性は小さな笑みを浮かべる。
(しかし……私もまだ。諦められないのだ)
「挑戦者よ!賭けをしよう!」
目の前の少年はその提案を聞き首をかしげた。
疑問の表情が浮かぶのは予想済み。そのためその反応を無視して女性は続ける。
「私は今から残っている全ての力を使い、全力の一撃を放つ。
それに耐えきれれば私の負けを認め、君に仕えよう」
それは突然の申し出だった。
(何が狙いだ?)
確かに互いに疲労が出始めている。
心理戦でも始める気かとライトは警戒していたが、それを二つの声ははっきりと否定した。
『ううん。たぶん狙いなんてない』
『そうね……彼女もそろそろ限界。言ってることは本当よ』
(……確証がない)
しかし、胸を張るかのように自慢げに白銀と黒鉄は言う。
『あら?私たちは古代マナリアよ?
マナの出入りからだいたい読めるわよ』
『マナの出入りがかなり荒くなってるからね。
息切れみたいな状態だよ』
確かに彼女の条件通りならば、次に来る攻撃を防げば全て終わる。
そうすれば結果はどうであれ、もう彼女に剣を向ける必要はなくなる。
古代マナリアでもある二人もこう言っている。
(なら––––)
「わかった」
ライトはそれを飲んだ。
そして、視線を彼女全身へと向ける。
どんな攻撃であろうともかわす。
いや、もうすでにかわしきれるほどの体力はない。ならば、どんな攻撃であろうとも防ぎきる。
もう一度拳を握りしめ構えた。
「感謝する!」
『おおっと!!これは今までにない状況となりました!』
決着が近い。
それを感じていた観客たちは歓声をあげたがそれも数瞬のこと。
雰囲気が変わった二人の行動を見逃すまいと注視している。
女性は目を閉じ深呼吸をすると唱え始めた。
「其は、冥界に咲く薔薇なり––––」
唱えながらゆっくりと構えをとっていく。
「其は、冥界の棘なり––––」
変化は訪れ始めた。
辺りに本来ならば見えることがないマナが見えるほどに圧縮され、静かにゆっくりと、しかし確実に女性の両手へと集まっていく。
「創造––––」
ライトは警戒し、念のため創造の準備をした。
それと同じく女性の詠唱も続く。
「其は、万物を穿ち、その命を狩る荊棘である––––」
唱える女性は何か長槍でも持っているかのように構えた。
そう認識できた瞬間、彼女両手には黒い薔薇が咲き乱れた。
さらに棘を持つ蔓を伸ばし形を紡ぐ。
そして、それが形になると薔薇の花びらが形を成したものから広がり、舞い乱れた。
(あれが……)
『ええ。彼女切り札』
『気をつけて。あれは、危険だ』
彼女の両手にしっかりと握られていたのは赤に黒いラインが入った長槍だった。
シンプルなデザイン。
だが、それ故にどれほど強力なのかが痛いほどに伝わる。
そして、女性は最後の一節としてその長槍の名を唱えた。
「ゲイ・ボルグ」
瞬間、その長槍ゲイ・ボルグを投擲。
それは放物線を描くこともなく、まっすぐにライトへと向かう。
「ッッッ!!!?」
【ゲイ・ボルグ】
おそらく「有名な槍は?」と聞かれれば必ず出て来るであろうそれには様々な逸話がある。
心臓を貫く、敵軍を残らず穿つ、あらゆる盾を貫く、無数に枝分かれして刺し穿つ。と、逸話には事欠かない槍。
今ライトに迫っている槍は少なくとも無数に枝分かれするようにはなっていないようだ。
(どうする!ガラディーンは間に合わない。
しかも攻撃をかわす体力もない!
唯一の方法は––––)
ライトは浮かんだ直感に従い、新たにそれを創造と同時に拳を突き出す。
突き出された拳とゲイ・ボルグがぶつかった瞬間、グラウンドに爆音と爆風が巻き起こった。




