コロサウス決闘(中)
『……おお!!!これはすごい!
挑戦者はあの猛攻を防ぎきりました!勝負はまだわかりません!』
一瞬言葉を忘れた司会者は観客を盛り上げるように言うが、そんなことをする以前からすでに観客たちの熱は上がりきっている。
今までは瞬殺で仕留めてきたあの奴隷が手こずっている。
それだけで結果がどうなろうとも見ものだった。
◇◇◇
ライトは肩で息をしながら頬を伝う汗を肩で拭う。
(やばかった……。今のはかなりやばかった)
先ほどの猛攻をどう防いだのか、彼自身はすでに覚えていない。
フェイントがこず一瞬油断した。
それを彼女は適切についてきた、ということだけはどうにか理解できている。
(詰めが甘い、か……。確かにな)
ウィンリィにいつも言われる言葉を思い出し苦笑いを浮かべる。
あの時は心の奥で「そんなことない」と笑っていたが、こんなことになってしまってはそんなことも言えない。
とにかく、今考えるのは彼女の攻撃をこれからどういなしていくかだ。
こちらも攻撃を読める、ということは当然ながら相手も読めるということ。
それはこちらから攻撃する気がないので気にする必要はない。
しかし、問題はフェイント。
あれをやられて再びかわしきれるか?と聞かれれば即答で「否」と答えるしかない。
(そう、このままでは……なら)
案は出ている。
しかし、それをするには隙がない。
ライトは思考を全力で回し続け、それに行き着いた。
(いや……そうか!!)
思考を全力で回し続けているのは女性もまた同じだった。
(なんなのだ……彼は)
全力だった。
フェイントも使った。
なのに、彼はそれを全て防ぎきった。
ありえない。その言葉が浮かぶ。
少なくとも剣を握り始めて一ヶ月経っているのかも怪しい少年に防ぎきれるわけがない。
だが、確かに彼は防ぎきり自分の目の前に立っている。
今目の前に立っていることが大きな証拠だ。
それ故にどうしても焦りが現れる。
それを打ち消すように「落ち着け」と念じながらレイピアを構えた。
(落ち着け……主導権は私が握っている。
ならばこのままバテさせれば……)
いくら防戦に呈しているとは言っても技術的にも、体力的にも明らかに圧倒している。
このまま攻め続ければ先に体力が切れるのは目の前の少年の方。
少なくともこちらがやられる、ということはない。
しかし、彼女はこの時大きな間違いを犯した。
確かに技術、体力共に女性の方が上回っている。
魔術による身体強化も万全だ。
そんな相手に勝つ、ということは相当に難しいことだ。
彼女はそこにばかり目がいっていたせいで“その上でなお、彼は攻撃を防ぎ続けていた”という事実が完全に見えなくなっていた。
女性が勝ちを確信、敗北を完全に排除し、レイピアを構え再び突撃しようとした時だった。
今までずっと防戦に回っていた少年がなにを思ったか走り出した。
剣を下にしていることから袈裟斬りでも仕掛けるつもりなのだろう。
(なんだ?急に……)
その攻撃は素直なほどまっすぐにこちらを狙いに定めていた。
それ故に軌道は読める。
むしろ読んでくださいと言っているようにも思えた。
警戒しながらもその攻撃を防ごうとする。
この時、すぐに反撃したり、回避したりしなかったのは驚きもあるが油断もあったせいだろう。
防ごうとしているその動きを見てライトは口を吊り上げた。
(かかった!)
ライトは剣を地面に軽く突き刺すとそのまま剣を振り上げる。
地面に刺さり、剣が重いが両手で無理やり振り上げ、グラウンドの土を巻き上げた。
「ッッッ!!!?」
(なに!?これは!!)
女性はそこまで来てようやくライトの真意を悟り表情を凍らせた。
その女性の予想通り土は自分の顔に向かってくる。
半ば攻撃体制に移っている今、回避も防御も間に合わない。
せいぜいが目を細める程度だ。
「くっ!」
女性の動きが止まった。
しかし、それもさして長い間ではない。ほんの数秒。
だが、ライトにとってはその数秒あれば十分だった。
「創造!––––」
突然土が向かってきて立ち止まった女性が突撃を再開。
しかし、それはライトの行動を阻害するには一歩遅い。
「––––フラッシュ!!」
ライトの左手から強烈な光が放たれる。
女性はそれをまともに受け、今度こそ完全に動きを止められた。
その隙を逃さないように剣を振り上げ叫ぶ。
「創造、マーシャルエンチャント!」
それは身体能力強化の魔術。
高く振り上げられたライトの剣は今までとは比較にならないほどの速さを持ち、振り下ろされた。
「ッッ!こんな!!」
気配だけでそれを読んだのか、その攻撃はギリギリのところで当たることはなく、女性のボロ布に切り傷を入れただけに終わった。
女性はそのまま後方に飛び退き、目が開けるようになるまで待とうとする。
しかし、当然ながらライトもその隙を逃すような真似をする気は無い。
すぐさま追撃し、袈裟斬りを繰り出す。
女性はその攻撃を防ぐことに成功はした。したが、魔術により強化されたその一撃で後ろに押し出された。
力任せの一撃。
しかし、魔術で強化されたその一撃はあまりにも早く重い。
(くっ!目潰しだと!?)
目はまだ開けることはできない。
幸運なことに少年の攻撃は単調だ。
剣を振られてからその気配を察知するだけで十分に対応することは可能。
(魔術による身体強化か!?)
先ほどまでとは違う衝撃が連続して襲いかかるようになったことから、彼女がそれに至るのにさしたる時間は必要ではなかった。
聞きなれない文言があったが、それよりもとにかく今この状況をどう逃れるかが問題だ。
(くそ!押し切れない!)
女性が焦るのと同時にライトもまた焦りを感じていた。
魔術による身体能力強化。
それにより防戦一方だった状況から攻勢に出ることができた。
しかし、それでも尚後一歩届かない。
斬撃を繰り出そうとも、刺突を繰り出そうともその全てに反応し、弾き、防ぎ、回避する。
その動きに余裕は見えないが、それでも確かに今現在かわされている。
『おお!!これはすごい!
挑戦者があの奴隷を押しているではありませんか!!
防戦一方の奴隷!さてさて決着はどうなるのか!!?』
息を呑み戦いを見ていた観客をたちを焚きつけるように司会者は言った。
その瞬間、ライトにかけているものたちからは声援が、女性にかけているものたちからは罵倒がライトに向けられる。
しかし、死闘を繰り広げる彼らにはその声はほとんど届いていない。
魔術を使っての身体能力強化を互いにしているためほとんどの条件は同じになっている。
それに加え女性の視界はほとんどない。
客観的にはライトが押しているように見えるだろう。
だが、現実はライトが未だ不利だ。
条件が同じということは勝敗を分けるのは単純な剣の腕と戦闘経験。
そうなった場合確実にそれらが女性より劣るライトは負ける。
一方、女性の方は視界がほとんどない中で苛烈を極める斬撃や刺突を防ぎ続けなければならない。
確かに今はかわせているが攻撃はだんだんと鋭く早くなっている。
気を抜けばあっという間に押し切られるだろう。
((さぁ、どっちが先だ!!))
二人が心の中で叫んだ瞬間、剣が弾かれ地面に転がった。
今剣を持っているのは––––
「はぁ……はぁ……」
––––ライトだった。
地面に転がったレイピアを女性は復活した視界でそれを見ている。
「これで、終わりだな……」
ライトは肩で息を繰り返しながら剣の切っ先を女性へと向け、勝負の終わりを告げた。




