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コロサウス決闘(上)

 ライトがグラウンドの土を踏むのと大きく歓声が上がった。


「うお!?」


 突然の声の波に反射的にライトは声を漏らす。


 観客の熱気は予想を大きく超えていた。


 興奮で今にも暴れ出しそうな血走った目と半ば狂気すら感じる声をかき消すように別の声が響く。


『さぁ!最後の挑戦者が現れました!!

 彼は勝つことができるのか!そして、どんな戦いを見せるのか!!』


 おそらく魔術的な道具を使っているのだろう、コロサウスによく響いたそれ。

 その場を盛り上げる、というよりも焚きつけるような言葉。


 それに答えるようにさらに大きく歓声が上がった。


 空気に気圧されていたライトは気配を感じ、視線を前に向ける。


 その先には一人の女性がいた。

 ボロ布だけを纏い、レイピアを持ち、ゆらりと自然体で立つ美しい女性。


 ライトは剣の切っ先をその女性に向け反射的に大きく叫んだ。


「ち、痴女だあぁぁぁぁあ!!!!」


「な!!?」


 女性は目を見開き驚きを露わにする。


(な、なんだよ!!あれ!)


『そりゃ奴隷だもの。服なんてないわよ』


『だね。布があるだけマシだよ?』


 この世界の論理感を問いただしたくなったが、そう言うわけにもいかない。

 なんとなく感覚でわかる。


(あいつ。強い)


 一回咳払いをすると女性はレイピアを構え直す。


 そこから放たれる気配は明らかに普通ではない。


 なんとなくバウラーのそれに似ている。

 場慣れしている者特有の剣のような尖った雰囲気と獲物を捕らえた獣の目だ。


 勝てない。


 反射的に思うがそれを剣を構えることで打ち消す。


 ここでは勝てなければ死ぬ。退路はない。


 明らかに格上とわかる相手に対し、手加減をして戦って勝利してみせなければならない。


 今のライトの生きる道はそれだけだ。


(……やってやる。伊達に俺も戦闘を重ねていないわけじゃないんだ)


 ライトは覚悟を決めるように息を吐き前を見据える。

 すでに彼女の姿など気にしている余裕など彼にはなかった。


◇◇◇


 ライトの目の前に立つ女性は眉をひそめた。


 明らかに今までの相手と雰囲気が違う。

 下心と言ったものをまるで感じない。


 確かにこれに勝利すれば商品として金が渡される。が、それはおまけだ。


 本命は自分の体のはず。

 それは自惚れではない。たしかに皆そうだった。


 奴隷。それも一級品のモノを手に入れられるのだ。


 しかも力はすでに示しているため、下手に命令に従わない、ということも起きにくい。


 文字通りやりたい放題だ。


(目の色もいい。構えも、気配も……)


 だが、彼にはそう言った気配や視線を感じない。


 ただ一挙手一投足を見逃すまいとじっと見つめていた。


 先ほど「痴女だ!」と叫んだ者とは同じとは思えないほどに集中している。

 しかし、と女性はレイピアの切っ先をライトに向けた。


(ここに来たのが運の尽きだ)


 確かに下心もなく、真剣に戦おうとしていることは伝わる。


 が、それだけだ。


 構えからして誰かから教えられているように感じられる。

 しかし、それでも剣を握り始めてさして時間は経っていないのだろう。


 構えにはどことなく甘さが残っている。


 相手が初心者だからと言って手加減などするつもりはない。


 今まで通りに全力でその頭を穿つ。


『それでは……』


 司会者の言葉が響くと観客席がしんと静まりかえる。


◇◇◇


 ライトは静寂が訪れたコロサウスの中でウィンリィに言われた言葉を思い出す。


(格上とは決して戦うな。

 しかし、もしどうしても戦うようなことになったら––––)


 全力で攻撃を防ぎ続けろ。


 相手の視線、呼吸、重心の動き。

 その全てを見て剣を動かし、体を動かし、攻撃をかわし続ける。


 いくら手練れとはいえ、人であることに間違いはない。

 そのため途中で必ずボロが出る。そこをつけば勝利はありえる。


 だが、それには大きな欠点もある。


 そして、それがウィンリィがライトに格上とは決して戦うなと言った理由。


 格上がボロを出すまで耐えきることなど出来ない。


 当然、相手の方が剣の扱いも体の扱いも熟知している。

 そんな相手に防御に呈しても耐えきれるとは言い切れない。


 ライトは恐怖で震える全身に力を入れ、生唾を飲み込む。


『––––始め!!』


(どう来る!!)


 ライトは女性の目を見つめ視線を探り、呼吸を見て、重心の動きを探る。


(持っている武器はレイピア。とすれば刺突での突撃か。狙いは––––)


 一瞬、ほんの少し瞬きをした。


 生物故に当然の無意識で行われるその行動のせいで一瞬だけ女性から目を離した。


 そして、彼女にはその一瞬、刹那の時があれば十分すぎた。


(……あれ?)


 目を開いた時にはすでに最初の位置に女性はいない。


 そのかわりに自分の眉間すれすれにレイピアの切っ先が迫っていた。


「ッッ!!?」


 ライトは反射的に頭を下げそれをかわす。


 しかし、かわしきれなかった髪がレイピアに割かれパラパラと舞う。


 それに一切構うことなく、そのまま右側に前転するように飛び退き、立ち上がり剣を構え直した。


(なんだ。今の)


 一瞬、瞬きをしただけだ。


 一秒にも満たないその刹那で五十メートルもの距離を縮め、眉間にレイピア突き刺そうとした。


 明らかにただの人間にできる技ではない。


『魔術ね。派手ではないけど身体能力強化の魔術』


『基本中の基本だね……でも、かなりの精度だよ』


 基本も磨けばそれは最強の技となる。


 どこかで聞いたことがある言葉をライトは身をもって体験していた。


 確かに白銀と黒鉄が言うように身体強化は魔術の基本。最初に教わるようなことだ。


 そんな基本中の基本の魔術ゆえ、せいぜい多少力が強くなったり、走る速さが速くなったりする程度。


 しかし、どうだろう目の前の女性の動きは少し、なんてものではない。


(言うなら高速。じゃなくて光速ってところか)


 ライトの思考を断ち切るように再び女性が光速で迫る。


 反射的に剣を振るいレイピアの軌道をわずかに逸らす。

 今度は頬の皮膚を擦りそこから血が落ちた。


(動きは速い。だが、まだ!!)


 確かに動きは速い。


 しかし、使う武器がレイピアならばどうしても動きは直進的になりやすい。


 狙われる場所さえ目星がつけられれば、余裕はないが防ぐことはできる。


 その狙いは視線から見破るしかない。


 しかし、それでも完璧には見破れない。

 フェイントをかけられてしまえばそこで終わりだ。


 視界外からの攻撃に反応するなど今のライトには出来ない。

 故に、後ろや横に回り込まれてしまえばアウト。


 そこを補うのはもはや直感と運しかない。


◇◇◇


 女性は感じた違和感に眉をひそめる。


 二撃目が防がれるのはともかく。

 いや、それもおかしなことだが、初撃をかわされたのは予想外だった。


 前回のように相手に恐怖を与えるためにわざと手を抜いたわけではない。

 最初からその眉間を貫くつもりだった。


 おそらく初撃は見破られていなかった。

 だとすれば、反射神経と動体視力のみで光速の攻撃をかわしたと言うことになる。


(これは……手こずるかもしれんな)


 剣を握り締める少年を見据え、女性はレイピアを構える。


 少年は視線を自分の目から離すことはしない。

 視線から攻撃の軌道を読むつもりらしい。


 その戦闘の基本をしっかり抑えているあたり、彼に剣を教えている者は戦闘に慣れているように感じる。


(ならば……)


◇◇◇


 女性は再びライトに迫る。今度の狙いは左肩。


 視線から読んだライトは剣を振るいその攻撃を防ごうとする。

 フェイントではなかったようでレイピアは真っ直ぐにそこへと向かったため、彼が振るった剣により弾かれた。


 攻撃の失敗を悟るや女性は飛び退き、間髪入れずに再び突っ込んでくる。


 次の狙いは胸。

 剣を動かしそこに飛んできた攻撃を弾いた。


 女性の動きはそれだけだった。

 動きはやはり速いが直線的だ。


 連続で且つ光速で迫るが狙いは読める。

 まだ、反応できる。


(次は、右腕––––)


 そう読み、狙われたその場所を守るように剣を動かす。


 しかし、レイピアの切っ先が向かったのは右腕ではなく、左肩だ。


(じゃねぇ!!)


 視線は確かに右腕の方を向いていたが、腕は別の生き物のようにレイピアの切っ先は左肩に向かっている。


 すぐに気がついたライトは防ぐのが間に合わないことを悟るとしゃがみ、かわした。


 その一撃は彼が着ている服がかすれるだけに終わる。


 しかし、攻撃はそれだけではない。

 ちょうどライトの頭の位置に女性の膝が向かってきていた。


 普通に当たってもただでは済まない。

 さらに魔術による身体強化もしているものでは、どうなるかなど簡単に予想できる。


 ギリギリのところでライトは頭を左に動かし、かわすが風圧により姿勢を崩され、尻餅をついた。


 当然、女性がその隙を逃すはずもなく、レイピアがライトの胸に迫る。


 それを左に転がりながら、ライニング・ムーブを唱えて回避、すぐさま立ち上がった。


 そのままさらに女性と距離を取るように後ろへと大きく下がる。


 再び二人の間には初期位置である五十メートルの距離が開いていた。

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