唐突なチャレンジャー
翌日、ライトとウィンリィは宿屋の食堂で朝食を取っていた。
スープとパンの質素だがそれでも久々の温かい朝食だ。
「昨日はよく眠れたか?」
スープを飲むライトにウィンリィは聞いた。
「あ、ああ。まぁ、疲れがたまってたからな」
「そうか……なら、いいんだ」
ウィンリィはどこか安心しながら水を飲む。
ライトの迷いは完全に消えたわけではないようだが、ひとまずは前に進むことを決めているようにウィンリィには見えた。
眠れた。と言うのも嘘ではないのだろう。
昨日と比べ表情は少しだが明るい。
彼自身が進むことを決めたのならば、自分が無理にほじくり返すことはない。
自身の答えを出すのは彼自身だ。
それなら、とウィンリィはいつも通りの表情と声色でライトに聞く。
「んで、今日はどうする?
どうせしばらくはここに居るんだし、依頼は明日から受けることにして今日は自由行動にするか?」
「う〜ん。そうだなぁ」
ライトはしばらく考えるとウィンリィに答える。
「今日もコロサウスに行くよ。昨日はゆっくり見る余裕もなかったしな」
「そうか。なら、明日受けられそうな依頼を抑えとくか……」
「え?あ、それだったら俺も––––」
ライトの言葉をウィンリィは微笑みながら自分の言葉で遮る。
「ダメだ。言ったろ?
依頼は明日からってな。
それに私もその後観光したいし。たまには一人でゆっくりするってのも大事な事だぞ?」
ウィンリィにそこまで言われてはライトも強くは言い返せない。
コロサウスに行きたい気持ちもある。それにこの世界の情報も集めたい。
それならば一人の方が自由に動けるのも確かだ。
どこか遣る瀬ない気持ちと申し訳なさを抱えながらもウィンリィの提案をしぶしぶ飲む。
「あ、そうそう。
コロサウスに入るには賭けをするにしろしないにしろ1,000Gの入場料がかかるからな?
賭けをするときもきちんとやめ時を見極める事、いいな?」
「賭けをする気はないよ。
ただ何をしているか見て見たいだけだ」
ウィンリィは一瞬何かを言おうとしたが、その言葉を飲み込むようにパンをかじり飲み込む。
「……まぁ、あの空気を体験するってのもいい事だけどさ」
どこか意味深な言葉にライトは首をかしげた。
◇◇◇
そして、ライトは昨日すぐに踵を返したコロサウスの前に来ていた。
大体十五メートルほどの大きさの壁を見上げて声を漏らす。
「すごいよなぁ。
重機も使わずにこんなものを作れてしまうんだから」
(魔術でどうこうできる、っていうかしたのか……)
コロサウスは元の世界で言うところのコロッセオである。
それは副都の西側に置かれており、さらにその一角はギャンブルをする店が多いようだ。
しかし、どの店も営業時間は主に夜らしく、今は閉まっているため、どこか閑散としている。
コロサウスの作りは真ん中のグラウンドを囲むように出来ている円形の壁、そして、そのグラウンドを見下ろせるように客席が並んでいる。
大きさ自体はこじんまりとしているがそれでも迫力は十分だ。
「今は……何もやってないのか」
周りに視線を巡らせるが特別変わったことはない。
しばらく待つか、それとも先に情報集めに行くべきか悩みながらコロサウスの周りを歩く。
「あ、そうだ」
何か思いつくと入場口にあたるであろう場所に近づく。
受付に聞けば何時にどんなことをするのかわかるかもしれない。そう思い覗いたのだが、受付には人の姿は見えない。
現在の時刻は九時。
そもそも来る時間が少々早かったのかもしれない。
「……誰もいない、か」
踵を返し、先に情報を集めるために図書館を探そうとしたそんな時だった。
「いや〜待ってたよ。はいはい。こっちこっち、早く早く」
「へ?」
突然声が聞こえたかと思うとライトは何かに手を掴まれコロサウスの奥へと引っ張られた。
状況を理解できないままライトは自分の腕を引っ張っている人物を見る。
身長はライトより少し低い程度で少し小太りの男性だ。
怪しい雰囲気は感じないが、さすがにこのまま引っ張られるわけにはいかない。
ライトは掴んだ手を腕を引き剥がしながら、訝しげな視線とともに質問する。
「な、なんだよ、あんた。突然……」
「え?だって君チャレンジャーだろ?
じゃなきゃこんな時間にここにはいないよ」
笑う男性の言葉にライトはいよいよ持って焦り始めた。
なんだかよくわからないが、とにかく何か面倒なことに付き合わせられそうになっている、ということに間違いはない。
「ち、違います!
俺はただコロサウスに来てみたかっただけで––––」
「だ、か、ら!
チャレンジャーとして来たみたかったんだろ?」
「ちょっ、そんなわけ!」
ライトは否定の言葉を続けたが、男性は聞く耳を持っていない。
再びその腕を掴むとさらに奥へと進み始めた。
引き剥がそうと足掻くが男性も必死でライトの腕を掴んでいる。
振り払おうと思えばいくらでもやりようはある。
だが、この力を人は向けるというのにはどこか躊躇してしまっていた。
そのため、彼は続けて言葉を向ける。
「は、放してください!
俺はチャレンジャーなんかじゃ」
「もうほんと困ってたんだよ。ほら、彼女。相当強いだろ?
チャレンジャーが全然いなくてねぇ」
(相当強い?)
少し興味が湧いた。
強いというラインは現状ウィンリィやバウラーだが、あの2人よりも強いのだろうか。
そんなことを考えたせいで一瞬、彼の力が落ちた。
その先を逃さず男性は言う。
「とにかく、今いいところだからね。君が勝つにしろ負けるにしろ!」
男性はもはやライトと会話をする気はないらしく、強引に引っ張り続けると部屋に無理矢理押し込んだ。
「んじゃ、時間になったら呼ぶから」
そう言い残すと男性は扉を閉め、その向こうからは足音が遠ざかる音だけが微かに響いていた。
伸ばされた手と向けかけた言葉の行き場は無くなったが、これはチャンスだ。
こんなよくわからないことによくわからないまま、巻き込まれるのはごめんだ。
おそらく今なら簡単に逃げ出せるだろう。
そう思いドアノブに手を乗せた瞬間、予想外のところから声が聞こえた。
『え〜?いいじゃん。なんかよくわからないけど』
『白銀の言う通りだよ。よくわからないけどやってあげればいいのに』
白銀と黒鉄だった。
その声は明るく笑いをこらえているようにも聞こえる。
どうやら二人はこの状況を楽しんでいるようだ。
ライトはそんな様子にため息をつくと反論する。
(だから!そのよくわからない状況が怖いんだよ。
なにやらされるかわかったもんじゃない!
それに、こういう時ってのは大概面倒ごとって相場が決まってるんだよ)
まくし立てるように言い切ったライトに今度は白銀が言葉を返す。
『ほら、たぶんどうせ勝ったらなにか貰えるんじゃない?』
そうかもしれない。
一瞬そう思った思考をライトは首を横に振ることで打ち消す。
(……希望論でものを語るな)
『希望論でも確立自体は高いと思うよ?』
それはそうだ。人の前でなにかはわからないが何かをやらされる。
ならば、対価があるのは当然とも言えるだろう。
しかし、それは元の世界での話。
この世界ではそのようなルールがあるのかは怪しい。
(まぁ、元の世界でも対価がないなんてのはありそうだけど……)
『なんにせよ。
ここまで来てやめますなんて言えないし、やるしかないんじゃないかな?』
黒鉄はどこか他人事のように軽く言った。
ならば、とライトは別の方向から二人の説得を始める。
(お前たちが言ってるのは勝った時だろ?
負けた時はどうなる?って言うか、勝ち負けがあるってことはなにかしら勝負をするんだろう?
ならその内容は?)
内容が明かされていない勝負をして勝つなど相当の力と運がなければまず出来ない。
そんな最初から敗北が決められた勝負をするなど愚の骨頂でしかないことなど言うに及ばない。
二人もその辺のことは心得ているはずなのだが、軽く笑うと「大丈夫よ」と揃って言うだけだ。
その言葉を怪しみながらもライトはその部屋にあった椅子に座り部屋を見回す。
部屋自体は驚くような広さはない。
扉から入ってその目の前の壁側には長椅子があった。
その左右の壁には武器置きがありそこに様々な武器が並んでいる。
(……随分と防犯意識がないんだな)
そう思いながらその中の一つ、長剣を武器置きから取り出そうとした。
しかし、よく見ると柄の部分と武器置きとには、銀色の糸のようなもので結び付けられており、取り出せなくなっている。
『ああ、シルバーナーヴね。
まぁ、術者の意思で自由に動かせる糸って思ってくれていいわよ?』
ライトが質問を向ける前に白銀が自慢げに答えた。
(へぇ〜)
関心の声を漏らしたが、そうなるといよいよすることがなくなった。
あの男性が去ってからさして時間が経っていないのはわかっているが、暇なことに変わりはない。
「なんで、こんな……」
ライトは頭を抱えて息を吐いた。
◇◇◇
男性が戻ってきたのはそれから約三十分後のことだった。
あいも変わらずニコニコとした笑顔でライトに声をかける。
しかし、その声音はライトが逃げていなかったことを喜んでいるのか少々高い。
「いや〜、ごめんごめん。待たせちゃってね」
男性は言うとライトの隣に座った。
そんな男性にぶっきらぼうに質問を投げつける。
「んで、何をやらせるんだ?」
「……え?」
男性にとってはその言葉がよほど予想外だったのか素っ頓狂な声を上げ首をかしげた。
「君、もしかして本当に何も知らない?」
「何も知らない。
俺はコロサウスがどんなところか来てみたかっただけだ。
チャレンジャーとして出ようなんてこれっぽっちも考えてなかったよ」
どうやら男性は今までライトが謙遜していたのだと思っていたらしい。
笑顔が消えて表情がだんだんと暗くなる。
ゆっくりと恐る恐るといった様子で質問を始めた。
「わ、私はてっきり……あ!き、昨日君ここに来たろ?」
「え?た、確かにここには一度来たけど」
首を傾げながら答えるライトに男性は冷や汗をかきながら質問を続ける。
「そ、それは彼女に挑戦するため。だよね?」
「はぁ?彼女って誰だよ。
俺はただ考え事しながら歩いてただけで……昨日は見に来ただけだぞ?」
男性は頭を抱えて息を吐いた。
その顔はライトには見えていないが明らかな動揺が現れている。
「な、なんてことを……!?わ、私は全く知らない者を……!!」
「な、なぁ。大丈夫か?」
ライトの声に男性は反応を返す余裕もないのかブツブツと何かを続けている。
このままではらちがあかない。かと言ってどうすればいいのかライトには検討もつかない。
「あ〜、なんかよくわからないがとにかく。あれか?
その彼女と戦えばいいのか?」
「やってくれるか!!!!」
勢いよく顔を上げ男性はライトの肩を掴む。
すでに涙を浮かべており流石に見捨てる、というわけにもいかない。
「あ、ああ……」
「よし!なら武器庫のロックを外すよ!
大丈夫。とにかく戦ってくれればいい!!
今回のお詫びだ。出場料は私が持つよ。じゃ!」
男性のさっきまでの動揺は何処へやら。嬉々とした表情を浮かべて部屋から飛び出して行った。
◇◇◇
それからさらに数分後。
「案内します。私について来てください」
女性がそうライトに告げた。




