人と勇者と王様と
「……あっ」
気がつけばライトはコロサウスの前に来ていた。
あれからずっと考えながら歩いていたが、結局は何も答えなど出ていない。
そのせいか最初はワクワクしていたコロサウスに来ても全く気分が高揚しない。
「……はぁ」
ため息を付き俯く。
これ以上外に居てもあまり意味はない。ならば早々に宿に戻るべきだろう。
そう決めると心の霧が一切晴れないまま、宿屋への道を歩き始めた。
そして、そのライトを影から見ている者がいた。
(ふむ。あの少年……)
未だ思考の中にいるライトはその視線に気がつくことはなかった。
◇◇◇
ライトが宿屋の部屋の扉を開けると武器を手入れしていたウィンリィが言う。
「ん?おかえり〜」
「ただいま〜」
ライトはウィンリィに返すとベッドに飛び込んだ。
少し硬めのベッドで少々痛くはあるが、歩き疲れている彼に気にする余裕はない。
「……その様子だと答えは出てないみたいだな」
ウィンリィは手入れを終えた武器を鞘に戻し壁に立てる。
「ずっと頭の中ぐるぐる回ってる。頭痛くなってきたよ」
ベッドに顔を埋めながら答えたため、その声はくぐもっているが、それは彼自身の心情も表しているのだろう。
そのまましばらく唸っていたが、ふと顔をウィンリィに向けて質問を投げかけた。
「なぁ、王様と勇者ってどっちがいいんだろうな……」
「はぁ?どう言う意味だ?」
「いや、王様は導く人。勇者は救う人って感じがするからさ。
導くことと救うこと。どっちが大切なのかなって」
ウィンリィはしばらく腕を組み唸りながら思考する。
頭の中でその答えを作っているがいまいちしっかりとした形ができず、顔を上げてどこか呆れたような視線をライトに向けた。
「ライトさ……お前、めちゃくちゃ難しい質問を投げるよな」
ライト自身もその自覚があるのか申し訳なさそうな顔をしながらベッドから起き上がり、頭を下げる。
「その、ごめん」
「いや。責めてるわけじゃないから謝るなよ。でも……そうだな」
ウィンリィは再び思案するように腕を組む。
それから少しの間を置きバッと顔を上げると自信満々に、宣言するように言い切った。
「わからん!!」
「……えぇ」
残念そうな顔をするライトにウィンリィは急いで補足する。
「い、いや。そうじゃなくてだな。どっちもどっちだろってことだ」
「どっちもどっち?」
「ああ。王様は【人を導きはするが救いはしない】。
勇者は【人を救いはするが導きはしない】。
そしたら結局切り捨てられる人数に違いなんてほとんどないだろ?
ならどっちもどっちじゃないのか、って思ったんだよ」
王様は人を導くことはできる。
しかし、救うことはできない。救えない者たちは切り捨てられてしまうのが常だ。
そして、それは勇者も同じ。
救うことはできるが導くことはできない。救ったら救ったで放ったらかしだ。
であるならば、どちらも切り捨てられる人数は変わらない。
ここで疑問に思う者がいるだろう。
では、勇者と王様。二人が協力すればどちらも助けられるのではないか、と。
ライトもウィンリィも当然ながらそれは一度考えたがすぐに「そんなことは決してできない」と切り捨てた。
何故か?
追い求めていることが決定的に違うからだ。
救うことと導くこと。
似たように見えてしまうが全く違う。
それ故に互いに協力し理解することなどはできない。
並び立つことはできるだろうが、その道は決して交わることはないのだ。
「んで、なんでそんな質問を急に?」
「……それは」
ライトは言い淀んだ。
しかし、何と言おうとしているかをウィンリィはわかっているようで肩を落として彼女は言った。
「あの子どものことか?」
今度は何も答えない。
否定もせず肯定もせずにただ言葉なく俯いている。
だが、ウィンリィはそれを肯定と受け取った。
それ以外に彼が急に変な質問をするわけがないとすでに知っているからだ。
「なるほど。
さしずめ、あの子どもを助けられるのは勇者か王様のどちらか?って聞きたいんだな?」
今度は小さく頭が動いた。それも肯定の方に。
ウィンリィは頭を掻きながら息を吐く。
「どっちにも無理だな」
突き放すように冷酷にそう言い切った。
ライトはその言葉に驚きよりも「やはり」という気持ちが湧いた。
「あの子には救いも導きも両方とも必要なんだよ」
本当はそんなことはわかっていた。分かりきっていた。
それでもライトは諦めたくなかった。
「救いも導きも同時に与えられるやつなんてのは神様ぐらいにしかできない」
ライトも力が無ければすぐに諦めもついた。
しかし、今は違う。
創造と呼ばれるチート能力を持っている。
(持っている、はずなのに……なんで)
結局この力では誰も助けられない。
それがただただ歯痒かった。
それからあまり食欲は湧かなかったが、半ば無理やり腹に収めると早々に寝支度を始めた。
◇◇◇
久々のベッドでゆっくり眠れるはずなのだが、やはりライトの中には未だにあの疑問がずっと頭の中を巡っていた。
そのせいであまり眠くならない。
『あんた。ま〜だ悩んでるの?』
『きっぱりと諦めば良いのに……』
そんな中、頭の中に響き出したのは白銀と黒鉄の声。
唐突に聞こえた二つの声にライトはため息をつく。
そして、ウィンリィに向けた質問と同じものをしようとしたところで白銀はそれを止めた。
『あ〜、ストップ。
あんたたちの話に混ざらなかっただけで会話自体は聞いてるから。
勇者と王様の質問でしょ?』
(……ああ、そうだ)
白銀と黒鉄はため息をついたのか微妙に違う息を吐く音が響く。
『まぁ、赤髪も言ってたけど、どちらにも無理ね』
白銀は軽く言った。
しかし、それだけで終わることなく今度は黒鉄が言葉を紡ぎ始める。
『要は、水を手のひらで掬うことだよ。
勇者の手のひらは大きくて、それでいて水が全く溢れない。
王様はたくさんの手を持っている。だから一度に多くの水を運べる。ってこと』
黒鉄は水を掬うことを人を救うことに、導く人の力のことを手のひらとして、水を運ぶことを導くことに例えているのだ。
水を掬う手のひらが大きく、水が全く溢れないのが勇者。
水を掬う手のひらが多ければ、一度に運べる量も多いのが王だ。
『でも、普通の人はそうじゃない。
手のひらで掬える水は少ないし、溢れていく。かと言って手が多いわけじゃない』
黒鉄がそこで言葉を区切ると続いて白銀がライトへと問いかける。
『んで、ここで聞くけどあんたは手のひらから溢れた水も掬うの?』
(それ、は……)
その問いかけで白銀と黒鉄が言わんとしていることをライトはなんとなく悟った。
簡潔には彼女たちはライトに分を弁えろと言っているのだ。
「あの子どもを救うにはお前には力がない」と、そう言いたいのだ。
「お前は溢れた水も掬いに行くのか?」と聞いているのだ。
だが、意外なことに白銀はライトのその考えを否定する。
『いいえ。あなたはね、とても強い。
たぶん望めば王様にも勇者にだってなれる。なれてしまえる……』
『そう、黒鉄の言う通り。
でもね、勇者や王様はすでに人間じゃないの。
当然でしょ?それだけの力を得るのだもの。対価はあるわ』
『そのわかりやすいものが“人でなくなる”ってこと』
そこまで白銀と黒鉄が言ったことでライトはようやく二人が聞きたかったことに気がついた。
そして、白銀と黒鉄はその通りの問いかけをライトに向ける。
『あなたはあの子どものために人を辞められる?』
『君はあの子どものために人を辞められる?』
ライトにはその問いに答えられなかった。
人であることをやめる。
その言葉の本当の意味はわからない。
わからないがなんとなく理解できてしまう。
だから、すぐに答えを言えなかった。
しかし、そんなライトに安心したのか白銀は肩の力を抜くように息を吐く。
『良かった。
あんたが即答しなくて……だったらあんたは“人として”生きなさい』
『そう、君は王様にも勇者にもなれる。
でも、溢れた水まで無理に掬いに行く必要はない。
君がその子どものことについて悩み、迷っているのは、本当のことだから』
その黒鉄の言葉で自分のなにかが固まったのか、はたまたそう言われたことにより安心したのか、唐突に睡魔が顔を表した。
それを白銀と黒鉄も感じたのか優しい声音で彼女たちは続ける。
『人にはね。勇者や王様には出来ないことができるんだ』
「それは?」と問いかける思考すらまともに編めない。
『それは––––』
今までの疲れが一気に現れているのか、今までにないほどの抗えない睡魔に襲われるライトへと頭を撫でるような声で続ける。
『『––––人を、想うことよ』』
その言葉を聞くと同時にライトの意識は途切れ深い眠りについた。




