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弱肉強食

 ライトが目をつけたコロサウス。そこで大きな歓声が上がっていた。


『さぁ!もはや勝利は難しいと思われていた戦いへのチャレンジャーが現れました!!』


 魔術を使った拡声器を介し、実況者の男性の声が高らかに響く。


 その声とともにコロサウスの直径百メートル程のグラウンドに入ってきたのは二メートルはあるだろう大男。


 手には長剣を持つが、彼が持つとその身長のせいか長いと感じない。


「ウオオオォォォォオオッッ!!!!」


 その男性は剣を掲げながら大きく叫ぶ。


 その声に続くようにグラウンドを取り囲むように並んでいる観客席から一斉に歓声が上がる。


 そこに空席はほとんどない。

 それほどに今日の掛け試合は価値があるということを表していた。


「……」


 それらに対する者はレイピアを持つ女性だった。

 しかし、ただの女性ではない。


 身に纏うものはボロ布一枚のみで靴すらも履いておらず裸足だ。

 服もまともに着ていないのか、風が吹くたびにボロ布と黄緑がかったブロンドの髪が揺れる。


 布の隙間からは綺麗な足がチラチラと誘惑するように見えていた。


 その足を見て大男はニヤリといやらしく笑みを浮かべた。

 頭の中で広がっているであろうそれを容易に想像し、女性は呆れた様に息を吐く。


(……まぁ、いい。

 これも自分自身のためだ……後少し……後少しで)


 いやらしい視線を隠そうともしない大男に対し女性は表情を引き締めた。


 二人は五十メートル程の間を開け向かい合う。


『さぁ、彼はどのような戦いを見せてくれるのか!

 それでは––––』


 実況者がそこで言葉を切ると観客も一斉に黙る。


 場が緊張に包まれ、その空気を破壊するかのように––––


『始め!!』


 実況者の声と鐘の音がコロサウスに響き試合開始を告げた。


◇◇◇


 大男は余裕の表情を崩すことはない。


 未だ熱を帯びたドロドロとした視線を目の前の女性に向ける。


 彼女はコロサウスの試合に今まで一度も負けていない。

 どれほどの強さがあるか彼は見たことはないが、彼女を見て大体の予想はついていた。


 要は皆魅了されていたのだ。情欲を誘うあの姿に。


 胸はそこそこにあり形も美しく、足もすらりと伸びており、それもまた美しい。

 極め付けにその凛々しく尖った目と黄緑がかったブロンドの長髪。


 スタイル良し、顔も良し。

 それだけの者を目の前にして何も感じないものなど同性愛者ぐらいだろう。


 とかく、あの姿にさえ惑わされなければ問題ない。


「……ッッッッ!!!!!!?」


(な……に?)


 少なくともその殺気と自分の眉間にレイピアの鋭い切っ先が迫り来るまではそう、思っていた。


 大男は反射的に頭を傾ける。


 レイピアの切っ先は男性の眉間を貫くことはなく、頭の皮膚を軽く削る程度に終わった。


 女性は奇襲の失敗を悟るや、すぐさまバックステップをして距離を取る。


 大男にはそれを追撃する余裕などない。


(なんだ?

 今のは……あんなもの……こんなところにいるやつが……たかだか奴隷風情が)


 大男はそこまで考えが至るとようやく理解した。

 今までの挑戦者はただの色仕掛けによって負けたのではない。


 本当に、本気でやっていた。


 それでもなお、負けたのだ、と。


 大男の表情にすでに先ほどまでの笑みはなく、代わりに恐怖が浮かんでいた。


 そして、対する女性はまるで大男の笑みが移って知るかのように余裕の表情を浮かべている。


 女性はその表情のまま“光”速で大男に接近。レイピアを突き出す。


 それが大男の眉間を貫くのにさしたる時間など必要ではなかった。


 そして、大男がコロサウスの地面に倒れると同時大きく沸く歓声と罵倒。

 賭けに勝った者と負けた者の声、そして実況者の声が同時に女性の耳に届く。


 それらの声を無視しながら女性はレイピアについた血を適当にボロ布で拭き取る。

 もはや物言わぬ肉となったそれを一瞥することもなく、自分が入場してきた門に戻って行った。


「後……少し」


 女性のその呟きは完成により完全にかき消された。


◇◇◇


 と、自分が気になっていたコロサウスでそんなことが起きているなかでライトは焼き鳥に似た食べ物を食べていた。


「……美味い」


(ってか、これ完全に焼き鳥だわ)


 思いながらもう一口確認するように食べる。


 少々味が薄いように感じるがそれでも十分だ。

 むしろその丁度良い塩加減が鳥?肉の旨みを引き出している。


「だろ?これなら歩きながらでも食べやすいし、肉だから力もつくからな」


 隣のウィンリィも美味しそうにそれを食べる。

 彼らはあれから予定通り副都の観光をしていた。


 とりあえず何か食べながら回ろうと言うことになりこうして串焼きを互いに食べながら観光している。


 今二人がいる場所はウイストの商店街の中心部だ。


 大通りの両側には出店が並びいい匂いを漂わせたり、かと思うと武器屋の店前に並んでいる武器たちが太陽の光を反射している。


 そう思えば服屋が仕立てたのであろう服たちが綺麗に並んでいる。


 ライトはそんな商店街に来てからと言うものずっと目を輝かせながらひっきりなしに視線と首を動かしている。


 彼からして見れば商店街など元の世界でも確かにあったが、ここまで賑わっているものではなかった。


 シャッターが閉まっている店の方が圧倒的に多く寂れている印象を受けていたのだ。


 近くにあるが彼はそんな印象しかなく、まともに行った事などなかった。


 だが、ここは違う。


 人々の活気が、その熱が直に伝わってくる。


 どんなものがあるのか細かく見て行きたい衝動を抑えながらも、しかし、抑えきれずに飛び出したところでウィンリィにフードを掴まれ防がれた。


「あのなぁ……今日は見ていくだけ。

 買い物は明日ってお前から言い出したのにお前が行ってどうするんだよ」


「い、いや〜なんか見てたらつい……」


 ライトは恥ずかしそうに頭を掻きながら悪怯れる。


 ウィンリィもその気持ちが分からなくもなく呆れたようにため息をこぼすだけだ。


 そんな和気藹々としていたがライトはある場所を見つけた。


 それは人が二人ほど並べそうな広さの小道。


 別段、それ自体に珍しさはない。

 ライトの目に付いたのは正確には建物の影に隠れるように座り込んでいる男の子だった。


「……なぁ、ウィン。あの子……」


 ウィンリィも気が付いていたのか表情を苦くさせる。


「ああ……スラムの子だろう」


 スラムの子どもと思われる少年は瘦せ細りボロ布を身にまとっていた。


 食べ物もろくに食べられていないらしく、体も顔もやつれ、骨がよくわかるほどに細くなっている。


 ライトは半ば反射的にマントに手を突っ込みある物を出そうとしたが、その肩にウィンリィの手が乗せられる。


「やめろ。そんなことをしてなんになる」


「……確かに。満足はできないかも知れないけどそれでも無いよりは」


 ライトはパンを出そうとしたのだ。

 あまり美味しくも無いがそれでも何も食べないよりはマシだ。


 しかし、その考えをすでに見透かしているのにも関わらず首を横に振る。


「やめておけ」


「……でも!」


「では聞く。お前はあの子を救えるか?」


「ッ!!……そ、それは」


 ライトは、答えられなかった。


 今食べ物を与えることはできるだろう。


 だが、それだけでは意味がない。

 それだけではその子どもを助けることなどにはならない。


 その子はライトたちが去った後、どうなるか。

 まともに動く体力すらない彼は結局、与えられたわずかな希望にすがりついたまま死に至るだろう。


「お前がやろうとしていることは結局はあの子を救うことにはならない。

 むしろ、深い絶望に叩き落すことになる」


 ライトにもウィンリィの言わんとしていることはわかる。


 僅かに希望を与えてしまうよりはこのまま絶望のままに死を迎えさせたほうが良い。


 そう彼女は言いたいのだ。


 その子を助けるにはきちんと食べ物を与え続け、自分で生きる力をつけさせる必要がある。


 だが、そんなことをする金もなければ労力もない。


 本当は分かっていた。


 近くの人を救う。何が何でも助ける。


 しかし、それは言い換えれば助けない、救わない者もいるということだ。


 そして、それに当てはまるのが今目の前にいる痩せ細った少年だ。


「私も、お前も。すべての人を救う力はない。

 すべての人を導く力もない。結局は無力な人さ」


 そう言うウィンリィの目はどこか寂しげだった。


 ライトはそのウィンリィの表情を見て最後にその少年を見ていたがさっと視線を逸らしその場を去った。


◇◇◇


 あれから二人の間で会話が弾むことはなかった。2人ともずっと自分の思考の中に居るためだ。


 そんな時、ライトは切り出した。


「悪い。しばらく一人になりたい」


 ウィンリィはその言葉に特に驚くこともなく二つ返事で了承する。


「分かった。

 私は宿屋に戻ってるから……何かあったら呼んでくれ」


 そう言うとウィンリィは一足先に宿屋に向かった。


 その背中をライトはしばらく見つめていたが視線をコロサウスに移し、そこに向け歩き始めた。


 それは今、特別行きたい場所がなかったからだ。


 ただ、考え事をしたい。


 だが、立ち止まってはしたくない。歩いておきたい。

 そのために向かう。それだけだ。


 考えることは当然ながらあのスラムの少年。

 あの後、ウィンリィからスラムについての話を聞いた。


 なんでもスラムは副都や王都、商業都市などには普通にあるようだ。


 親がなんらかの理由により失業。

 ギルドでの仕事もまともにできなかったり、親が死亡、親戚などからもまともに相手にされずに流れ着いた子どもなどにより形成されたらしい。


 理由はどうであれ、大体は薄暗い場所に集まり、端材で適当な壁や屋根を作り、そこで集団で生活している。


 当然、衛生環境は悪く伝染病も平気で広がり、身売りは当然、強盗や殺人も言わずもがな。といった感じだ。


(……まさに、弱肉強食。だな)


 では、それに関して国は何をしているのか?


 結論から言えば何もしていない。


 より正確にはスラム住人の居住区を定めているだけだ。

 炊き出しや職の提供などは一切行なっていない。


 理由は単純、そこまでかける意味合いがないからだ。


 わざわざスラム街の住人にそんなことをするのならば騎士団の方に金をかけると言うのが国の見解のようだ。


 それと、もう一つ––––


「ほら、見て」


「なんでこんなところに……」


 近くで小声で話す女性たちの声。


 その声が指す方に目を移すとそこには親子なのだろう男性と少女がいた。


 しかし、二人ともまともに食事を取れていないのかかなり痩せ細っており、適当なボロ布をまとい目に光はなく街を歩いている。

 明らかにスラム街の住人だ。


「全く、せっかく居住区を決めてるんだからこんなところに来てほしくなんてないのに」


「ええ。あんなのにはなりたくないものね。まだ奴隷の方がマシよ」


 女性たちは小声で笑う。


 国のもう一つの目的、それは一般市民に優越感を与えるためだ。


 一番下を決めることで自分が劣っていると言う思いをさせない。

 そのために国はスラムに関して何一つも対策を取ろうとはしていない。


 ライトはそんな光景を見て女性を殴り飛ばしたくなったが、奥歯を噛み締めると逃げるようにその場から離れた。

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