チート武器
それから何かに遭遇することなく、まっすぐに歩き続けるとすぐに森を抜けることができた。
瞬間、太陽の光が目に入り、少し目を細める。
目がその光に慣れ、辺りを見回すとそこには広大な草原が広がっていた。
特に整備などはされてないようだが、綺麗な緑が一面にある。
その光景を見て目を見開いたライトを優しい風が吹き抜けた。
背後の木々がざわざわと揺れる音を聞きながら彼は感嘆の声を漏らした。
「すげぇ……ははっ、完全にゲームみたいな世界じゃん」
生まれてからビルや家が建ち並ぶ光景しか知らないライトからしてみれば、辺り一面が緑というのは新鮮なものだった。
新しい世界の風を受けながら、空気を吸い込み、大きく吐く。
そして、ライトは奥に小さく見えている村へと向けて足を踏み出した。
それ以後は特に珍しいものやモンスターなどに遭遇することなく村についた。
村の門にはライトが見たことがない字が書かれてあったがウスィクの言うとおり、この世界の文字は普通に読めるらしい。
並んでいる文字たちは【西村第42】と読めた。
この世界ではしっかりとした名前があるのは都市やほんの一部の村だけだ。
それ以外は全て村がある方角とその村ができた順番で決まる。
ライトは村に入り建物や人を見回す。
村に住んでいるのは人間の白人だけで建物も木製のようだ。見た限りだと人や家もそう多くはない。
【西村第42】は東西に門があり、その2つの門を繋ぐかのように大通りが伸びている。
大通りに沿うように店が多く並んでいた。
さらに南北へと小道が広がり、そこには民家が密集している。
ライトが入ってきたのはその西門。
入ったライトは辺りに視線を巡らせながら目的の場所を探す。
村の構造など見当もつかないライトは見つけられるか少々不安だったのだが、目的の店の看板は意外とすぐに見つかった。
どんなものが出てくるかと戦々恐々としながらライトは“武器屋”と書かれた看板を引っ提げる店に入った。
「いらっしゃい」
ライトが入った瞬間に丸坊主の男性の野太い声が耳に入った。
他に店員や客の姿はない。おそらく彼がこの武器屋の店主なのだろう。
軽く会釈して壁に掛けられた武器類を眺め始めた。
種類は剣、槍などオーソドックスな物から「どうやって使うんだ?」と疑問に思うような物などが棚や壁一面に飾られている。
そんな中、2本の特徴的な剣がライトの目に止まった。
(これって……)
ライトは目に止まった2本の剣のうち1本だけを手に取る。
ある予想を立てながら少し見回し、鞘から剣を抜いた。
その剣は他のそれと違い、刃が少し反り返り片方しか刃が付いていない。
しかも刃は白だ。明らかにただの鉄などではない。
加えて、刀にしてはやはりどこか重苦しい印象が得られる造形をしている。
スッとした細身ではなく、筋肉質で機械的とも呼べる複雑な造形だ。
もう1本の方も同じように手に取り鞘から剣を抜く。
その剣の刃は先程抜いた剣とほとんど同じだが、刃の色は真逆の黒だった。
(刃の色はかなり違うけど、これ刀、だよなたぶん)
ファンタジー世界になぜ刀と違和感を覚えたライトは首を傾げる。
「へぇ、お客さんその2本がいいのかい?」
話かけてきたのはさっきいらっしゃいと言った男性だ。
ライトは声の方に振り返って驚いた。
最初はカウンター越しだったせいで気付かなかったが、その男性の体は威圧されそうになるほど筋肉の隆起、それが服の上からでもはっきりと分かる。
それに加え身長も高い。2メートル以上はあるだろう。
そんな大男がライトの目の前に立っていた。
「えっ? あ、ああ。そうだな、でも……俺、今は金が……」
二本の刀には値札がなかった。
おそらく非売品か、もしくは相当高価なものだろうとライトは予想したのだが、店主の言葉はそれを少し裏切るものだった。
「いや、タダでくれてやるよ」
「……いいのか!?」
その言葉に一瞬喜んだが、かなり怪しい。
こんな明らかに貴重そうなものをタダで渡すなどあまりにも怪しすぎる。
そんな考えを肯定するかのように店主は厳ついがどこか憎めないような顔でニヤリと笑いライトにこう告げた。
「ただし、お客さん。あんたが扱えたらな」
◇◇◇
場所は変わり、ライトと店主は武器屋の地下室に来ていた。
店主の説明によればここでは武器の試しや模擬試合や決闘が行われるらしい。
「んじゃ、ちょっと準備してくるから少し待っててくれ」
店主は言うと地下室の壁からカカシのようなものを手に取り、地下室の丁度中央にそのカカシを突き立てた。
その間にライトは2本の刀を鞘から抜き取る。
右手には白い刀、左手には黒い刀を握りしめそれぞれ軽く振る。
(なんか妙に手に馴染むな……)
握り心地も悪くない。むしろ良い。
まるで最初から自分のために作られたようなそんな印象を受けた。
しかし、店主が言うにはこの剣は誰にもまともに扱われることがなかったらしく、売ってもすぐに返品されていたらしい。
「さぁ、存分にやってくれ」
ライトは言われカカシの方を向き、なんとなく頭にあるイメージに従って構えを取る。
ゆっくりと気持ちを入れ替えるように深呼吸。
それを息を3回吐くのと同時、右足から踏み込み、変な顔が描かれているカカシの懐へと潜り込んだ。
「ッッ!!」
一息で白い刀で横薙ぎ、黒い刀で下から切り上げながら軽く跳躍。
空中で2本の刀を掲げると、カカシへと振り下ろしながら着地。
さらに刀を振り上げながら再び跳躍、その動作で後ろに飛び、カカシから距離を取った。
その太刀筋は明らかに今日初めて刀を握った者とはとても思えないほど滑らかなものだった。
少なくとも武器屋の店主はライトの動きに何か特別なものを見つけた様子はない。
それを視界の隅に捉えたライトはすぐさま意識をカカシへ向き直す。
即座に走り寄ると縦横無尽に、しかし、正確に刀を振るう。
あっという間にカカシを切り刻みボロボロにしていく。
最後にトドメと言わんばかりに左右の刀をクロス字になるように振り下ろした。
それと同時にカカシ音を立てながら崩れ落ちた。
「……ほぉ、これはこれは、すごいなお客さん。あんた一体何者だ?」
「……ただの旅人だよ。ただの、ね」
そう言うが一番驚いたのはライト本人だ。
(俺ってこんなに運動出来たか? っていうか、なんで刀なんて使えるんだ?)
元の世界で運動は平均的、刀なんて触ったことはない。
改めて思えば真剣の筈なのに重さを殆ど感じない。
だが、すぐに察した。
(なるほど、ある程度戦える程度には身体能力も強化されてるのか。
まぁ、じゃないとあの猪熊から逃げるなんて出来ないか……)
ライトは動きを確認するように2本の刀を振るとそれぞれを鞘にしまう。
「まぁ、あんまり深くは聞かないでおくよ。約束だ。その2本の剣はやるよ」
「ああ、ありがとう。でも、本当にいいのか?
これ、すごい斬れ味だし、それにかなり貴重なんじゃ」
武器屋の店主は頭を少し掻きながら言う。
「あ~いいんだよ。
その2本の剣はロスト・エクストラだからな」
【ロスト・エクストラ】通称ロスト、と呼ばれる。
古代マナリアと呼ばれる種族が作ったと思われているものである。
ある理由により貴重でどれもかなり強力のため高値で取引されている。
だが、その交渉などでいざこざが起こる場合があったり、あまりにも強力過ぎて扱うことが出来ない事がある。
むしろそれが大多数だ。
そのため、そのあまりにも強力な物をある程度の人間にも扱えるように調整、量産化した【エクステッド】という物がある。
例えば、ライトのフード付きのマントがそうだ。
しかし、いくら量産化出来るものとはいえ貴重なものに変わりはない。
これらもそれなりの値段で取引されている。
「それは今じゃ全く加工出来ない【魔鉱石】からできていてな。
形も普通の剣と全然違うだろ?
確かに強力なんだが扱いきれる奴がなかなかいなくてな。場所を取って邪魔なんだよ」
「魔鉱石?」
「ああ、長い間【マナ】を吸い続けた鉱石だ。
下手に加工しようとすると普通の石になっちまうような代物だ」
この世界の魔術は地脈、大地や空気中に流れる【マナ】を体内で魔力に作り変えて使用する。
マナのままでも魔術は使えるが、あまりにも効率が悪い。
簡単に例えるならば、マナが原油、魔力がガソリンだ。
また、魔力不足という概念は無いため、どれだけマナを魔力に効率よく変換することができるかで魔術の効力などが決まる。
「なんでも空気のマナを吸収して切れ味を増すらしい。
ついでに言うと錆びないし、刃がかけることもほとんどない、らしい」
ライトは鞘に収められている2本の刀を見る。
(強力な武器にチート能力か……)
少し考えると店主に切り出した。
「なぁ、普通の剣を1本くれないか?」
「ん?……別にいいが。なんで普通の剣を欲しがるんだ?
言ったろ。約束どおりその2本の剣はやるが?」
「俺は目立ちたくないだけだ。これってかなり強力な武器だろ?
もしかしたら周りも巻き込むようなことになるかもしれないからな」
肩をすくめながらライトは答える。武器屋の店主は顎をさすりながら「んー」と唸る。
「なるほど、むやみな争いを起こしたくない、ということか」
「理解が早くて助かる」
「んじゃ、そうだな……ちょっと待ってろ。丁度良さそうなのを見繕ってやるよ」
ライトの礼を背に受けながら店主は店の中に戻った。
その間に2本の刀をフード付きのマントで覆う。するとフュンッという風を切る音とともに2本の刀が消えた。
(へぇ~、これは本当に便利)
ライトが感心していると武器屋の店主は地下室に戻って来ると1本の剣をライトに渡した。
「名前はブロンズソード。頑丈で重さも丁度いいから扱いやすいはずだ。
ん? あの2本の剣はどこいった?」
「ちょっと便利な物を持っていてね。それの中に入れた」
「ほう」と興味深そうに顎髭を摩り言う店主の横でライトは剣を鞘から抜いて軽く振る。
確かに重さも長さも丁度いい。デザインもかなりシンプルで扱いやすそうだし壊れにくそうだ。
ライトは剣を鞘に戻し店主とともに地下室を出て店内に戻る。
「んで、いくらだ?」
レジに入った武器屋の店主はニヤリと口を吊り上げて指を5本伸ばしながら言う。
「500Gだ。在庫品を押し付けちまった感あるから8割引だ」
ライトはその懇意に礼を言い、腰のベルトに下げている小袋から500Gを取り出して店主に渡す。
彼はは金額を確認し受け取ったお金を箱に入れた。
「毎度あり~」
ライトが店を出ようとしたところで武器屋の店主が思い出すように告げる。
「あっ、そうそう。金がないんならギルドに行ってみな。そこで依頼を受けることができるぞ。
建物はレンガ作りでそれなりにデカイからすぐに分かるだろ」
「わかった。ありがとうな」
ライトは軽く手を振りながら店を後にした。