西副都ウイスト
丘陵の頂上からチラリと見えたもの。
それを見つけたライトは足を速め、全体像を視界に捉え、息を飲んだ。
「……あそこが!」
「そう。ここが西副都、ウイストだ」
彼らの前には高さ的には四メートル程の防壁があった。
どうやら西副都を含めた副都、王都などの大都市にはこのような防壁があるらしい。
その上には通路があるらしく、弓を持つ兵士が数名見える。
その下には門があり、それの両端に騎士甲冑を着込んだ騎士が二人づつの計四人。
はっきりと見えないが、彼らは騎馬兵も兼ねているのか奥には馬が四頭いた。
そして、さらにその奥、城壁の向こうには西洋風の立派な城が立っている。
派手、というほどではないがそれでも独特の趣きと雰囲気を醸し出している。
「ほら、行くぞ」
「あ、ああ……」
二人が門に近づくと騎士の一人が声をかけた。
「副都に用か?」
「ああ、旅行さ。入ってもいいかな?」
ウィンリィの言葉に騎士は二人を見つめて一つ頷く。
「許可しよう。
しかし、副都でむやみに剣を抜くことは許されない。心得ておけ」
「はいよ」
「……」
ライトは未だに巨大な石壁に圧巻されながら、ウィンリィの後に続き西副都ウイストヘと足を踏み入れた。
◇◇◇
副都に入り、視界に広がった景色を見てライトはさらに言葉を失った。
日本ではまず見ない石材で作られた綺麗な家々が至る所に並んでおり、どこか統一感がある。
建物はあまり見慣れないが漂う雰囲気はどこか長閑な田舎をイーメジさせる。
しかし、副とはいえさすがは都というべきだろう。
行き交う人は多く、着ている服も今までの村人が着ていたものより上等に見えた。
時々荷馬車の車輪と馬の蹄が地面を蹴る音が耳に届き、何かを話しているような声が聞こえてくる。
その光景や雰囲気にライトは圧巻され、圧倒され続けていた。
「す、すげぇ……」
そんなライトの様子をウィンリィはどこか誇るように見ていた。
「だろ?ウイストは王都程とは言わないが、その次ぐらいには綺麗なところなんだ。
それにこの辺の風土のせいだろうな。商業も活発なんだよ」
西副都ウイストから道を伸ばし、発展してきたラグナリア西側の気候は西岸海洋性気候に似ている。
夏と冬の温度の差はほとんどなく雨も多くは降らない。そのためかなり過ごしやすい。
また、平野が多く、多少ある山もなだらかなものが多いため、酪農や農業を中心に発展していった。
その時の気候で農作物も多少値段の上下があるが、その安定した気候のおかげか、それもかなり控えめなものだ。
西側の端は発展途上ということもあり、ウイスト含め西側の村々には食料はもちろん、革製品、木材の確保のために商人がよく訪れている。
「さてと、とりあえず宿に行くか……」
「あ、ああ。そうだな」
宿へと向かうウィンリィに続きライトも歩き出した。
◇◇◇
「ふう……」
ライトは宿屋の“二人”部屋のベッドの一つに腰を下ろし息を吐く。
あれから少し歩きそこそこ大きな宿屋を見つけたウィンリィとライトはすぐにそこに入り部屋が空いているかを聞いた。
店員は嫌な顔一つせず空いているこの部屋を勧めた。
(あの噂話も聞かなくなってきたし……
これで多少はまともに金が稼いだりできるかな……)
剣を腰のベルトから取り、それをベッドの側の壁に立て掛け、寝転ぶ。
久々のベッドの感触を確かめていたが一つの心配事が心を掠める。
「んーっ!!久々にベッドに横になれるなぁ」
その心配事、とは同じ部屋にウィンリィも泊まるという事。
どうやら一人部屋は全て埋まっているらしく、空いているのはこの二人部屋だけのようだ。
ウィンリィは「今まで旅して来たんだしお前を信用してるから」とあっさりと同じ部屋になることを承諾して店員に出された鍵を受け取ってしまった。
確かに別々の部屋に泊まるよりもずっと安上がりであることに間違いはない。
もちろんライトも手を出すつもりなど毛頭無い。
しかし、それは“普通の”状態である時だ。
(……ウィンリィって変なところで鈍感だよなぁ)
それは信用している証拠。
そう考えれば確かに悪い気はしない。しないがそれとこれとはまた別。
「……はぁ」
単刀直入に言うと。ライトは溜まっていた。
元々はチート能力などない男子学生だった。
転生してから早一ヶ月と少し。
その間その手のものに一切手をつけていない彼にとってはそろそろどこかで抜いておきたいところだ。
正直、ウィンリィは普通に可愛い。
健康的な四肢に極端に大きくはないが、適度に膨らみが見える胸。
旅をしているせいか活発でハキハキとした性格。
なぜ、彼女に言いよる男性がいないのか不思議なほどだ。
そんな悶々としているライトの横でウィンリィは背負っていた荷物を降ろし、両手を伸ばしながら背筋を伸ばす。
そんな動作になんとも言えない感情を抱き、ライトは視線をウィンリィから天井に移す。
「さて……と。荷物も置いたし観光するか。
ついでに仕事も探さなきゃなぁ」
「あ、ああ。そう、だな」
その後、二人は小一時間ほど部屋で休憩すると客室から出て副都観光をするために外へと出た。
◇◇◇
「さて、どこから行くか……」
迷うウィンリィにライトは聞く。
「なんか美味しい物ってないのか?」
「そうだなぁ。副都ってなんでも美味いからなぁ。
でも、やっぱり肉とか野菜かなぁ」
目的が決まり二人が現在向かっているのは大きな商店街だ。
そこには武器や食べ物、ギルドもあったりとウイストの中心地と言っていいほどの賑わいを見せている。
そんな場所ゆえ飲食店も多く、食べ歩きも出来るようにと串焼きのようなものも売っている。
時間も昼を少し過ぎたあたり。
軽く何か食べようとその商店街に向かっているとライトは少し遠くにある建物に目をつけた。
「あっ。ウィンリィ。あれって」
ウィンリィを呼び止めながらその建物を指差す。
「ん?ああ、コロサウスだな。
なんだ?お前、賭け事に興味あるのか?」
【コロサウス】
その建物の形状はライトの元の世界にもあったコロッセオによく似ている。
ウィンリィの言い方では賭け事をする場所らしい。
詳しく何をやっているのかは知らないがかなり行ってみたい。
そんな気持ちを持つライトを見破ったのか、ウィンリィは笑みを浮かべる。
「わかったわかった。昼食をとったら少し覗いてみるか?」
「あ、ああ!」
二人は商店街への道を再び歩き出した。




