白銀と黒鉄
ライトたちがアリスたち家族から別れて3週間が経過した。
2人は日課となっている朝練を終えると揃って「いただきます」と言い、少し硬いパンに食べる。
あの家の素朴ながら温かい料理が恋しいが「言っても虚しくなるだけ」とわかっているため、何も言わず、もそもそとパンを齧ることに徹する。
ウィンリィと旅をするのにもだいぶ慣れてきた。
慣れてはきたが、少し前からライトだけは2人だけで旅をしているとは言い切れないくなってきていた。
『あんたよくもまぁそんなもの食べられるわね。そう思わない?く黒鉄』
『うん。僕も白銀に同意だよ』
そう思う理由はこの2つの声だ。
1つは女の子らしい可愛らしい声。もう1つはどこか低めだがこれも女の子の声。
それらの声の会話から察するにどうやら可愛らしい声が白銀、低めのハスキーな声が黒鉄というらしい。
どうやら感覚を共有しているらしく、ぶつくさと不満を垂れ続けている。
心の底でため息を1つこぼし、ライトはそのときのことを思い出す。
◇◇◇
それは1週間前のことだ。
人や馬が歩いているうちにできたであろう道を歩いているところだった。
『『あー!! やっと出てこれた!!』』
突如として頭に響いたそれに驚きの声すらあげられなかったライトは地面に躓き、倒れ込んだ。
ウィンリィは慌ててライトに駆け寄り、心配そうに顔を覗き込みながら問いかける。
「だ、大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫。それよりも今、声が……」
「声? 私はなにも聞こえなかったぞ?」
ライトはその答えに耳を疑ったが、ウィンリィからは驚かそうという雰囲気は感じない。
しかし、ライトにははっきりと声は聞こえた。
まるで頭に直接話しかけているような声を彼女が聞き逃すとは思えない。
そんな彼の疑問に答えるように2つの声が再び頭に響く。
『無駄よ。あんた以外には聞こえないわよ』
『そう。パスが繋がっているのは君だけだからね』
『ああ、答える時は言葉に出す必要はないわよ』
『言葉を頭に浮かべる感覚だ。できるかい?』
声質の違う2つの声。
それにどう答えるべきか迷いながら、戸惑いながらもそれらの言う通りに恐る恐る頭の中に言葉を浮かべた。
(これで、いいのか?)
『あら、上手いじゃない。それでいいわよ』
『上出来だ。おや? 移動を始めるようだよ。体には異常はない。歩くといい』
どこか上から目線の言葉を受けながらライトは立ち上がった。
ウィンリィからは休憩も提案されたが、少し低めの声の通り体には問題はない。
ライトは彼女に問題ないことを告げ、揃って歩き出した。
そこでまた声が響いた。
『さて、あんたがしそうな質問をとりあえず片っ端から説明していくわよ』
『歩きながらだが、2回も説明する気はない。ちゃんと覚えてくれ』
2人の説明をまとめると、少女の声の方が白銀、低めの声の方が黒鉄。
ライトが持つロスト・エクストラの中にいる古代マナリアという種族の存在ということだ。
魔術の研究の結果、今の形になったらしいが、詳しい内容までは教える気はないようで特に言うことはなかった。
【古代マナリア】
大地の地脈などにあるマナを見て会話が出来るらしく、それを駆使し、この世界の魔術の基礎を作り上げた種族。
その特異な能力ゆえに魔王に真っ先に滅ぼされた種族でもある。
説明を聞き終えたライトは早速2人へと質問をぶつける。
(質問、なんで今まで出てこなかったんだ?
2本の剣の中にいるなら俺が手に取った時点で出てくればよかったんじゃ?)
『見計らってたのよ。私たちを扱えるかどうかね』
『ああ。感覚を共有するんだ。最低限のラインがある。それを超えられるか見ていた』
なるほど、と頷いたところで白銀が「でも」と今までの説明口調が嘘のように荒々しく、感情を乗せた言葉を向けた。
『とりあえずクリアしてたから声をかけようとしたら変な空間に放り込んじゃって!
中途半端なパスしか繋げられなかったじゃない!』
『ようやく繋げられたと思ったら、今度は君が倒れてパスが途切れてね。
繋ぎ直せたのがついさっきさ』
相当苦労したようでどこか憤りが感じられる黒鉄の言葉。
そんなことがあったなど知らないライトにはどうしようもなかったことだ。
しかし、元々面倒事は避けたがる性格だったゆえか、ライトは反射的に「ごめんなさい」と謝った。
とりあえずはそれで満足したようで2人は満足気に「うんうん」と頷いた。
ひとまず、2人の感情が落ち着いたところでライトはもう1つ浮かんでいた質問を投げかける。
(何でその古代マナリアがなんで剣の中にいるんだ?)
人の形を持っていたのにそれを捨てるという事はそれ相応の理由があるのだろう。
そう思ったライトだが、帰ってきた答えはそれを軽く否定した。
『教える理由がないわね』
『君には教えなくても関係ないさ』
(えっと、その、ごめん。聞いたらダメだったやつか?)
『そんなんじゃないわよ。ただ私たちに話す理由がないってだけ』
『気にする事はない。これもそんなに悪いものじゃないし』
本人たちからそう言われてしまえば、ライトもそれ以上は踏み込めない。
少なくとも自分はこの声に2回救われている。
信じるのにはそれだけで彼には十分だった。
◇◇◇
そんなこと思い出していたライトは頭を軽く振り、意識を現実に戻すようにウィンリィに問いかける。
「なぁ、もうすぐで副都なんだよな?」
あの噂話は未だに流れているが、最初の頃から比べればだいぶ収まっていた。
そのおかげで仕事も受けられるケースが多くなっている。
彼らは村で2、3日留まり仕事をこなすと次の村へ、その村でも2、3日留まり次の村。
というような感じで着実に副都への道を歩み、今日の昼ごろには着く予定になっている。
「ああ、そうだ。
取り敢えず。副都に着いたら宿をとって観光するか?」
「もちろん。副都はなかなかに見応えがありそうだ」
ライトはそう答え硬いパンを水で胃に流し込んだ。




