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別れ

「あらあら。それはとても楽しめたようですね」


「はい。それと昼食は釣った魚を食べましたよ」


「ははは、本当に遊び尽くしたようだな」


 夜になりライトとウィンリィはデヴィス、アリシスに今日のことを話していた。

 聞くたびにデヴィスもアリシスも嬉しそうに微笑んでいる。


 ちなみにアリスは遊び疲れたらしく、帰ってくると早々眠ってしまった。


 昼の話に一区切りがつくとライトとウィンリィは顔を見合わせ一度頷き合うと切り出した。


「……俺たちは明後日ここを出ようと思っています」


 ライトのその言葉に二人は驚いたように目を見開いた。


 しかし、それも数瞬のことだった。


「……そうか」


「もう少し、ゆっくりしていてもいいんですよ?」


 アリシスの提案にライトは首を横に振る。


「いえ。そういうわけにも行きません。俺はもっといろいろな人や物を見たいんです。

 だから––––」


「ふむ。ライト君の旅の目的はそれ、か?」


 デヴィスの問いに静かに首肯を返す。


 二人はしばらく押し黙り顔を見合わせると一度頷きあった。

 再びライトとウィンリィに向けられた顔には笑顔が浮かんでいる。


「わかった。無理に引き止めはしない」


「明後日出る。ということは準備は?」


「明日しようと思っています。ただ……」


 ウィンリィはそこで言葉を区切ると顔を落とす。隣のライトも同じだった。

 彼女たちが懸念しているのはアリスのことだ。


「アリスが……どんな反応をするか」


「はい。できるのなら笑顔でここを去って欲しいわね……」


 アリシスは小さく呟いた。


 もしかしたらこれが最後でもう会うことはないかもしれない。

 それならば、お互いに笑いあっていい思い出のままであった方がずっと良い。


 四人からはいいアイディアが浮かばない。と、思われていたが。


「あっ」


 ライトは何かひらめいたのか誰にも聞こえないほど小さく声を漏らしていた。


◇◇◇


 最近ではいつも通りに朝練や朝食を終えた2人は村の商店街へと訪れていた。


「なんか……色々な物を買うね」


「あ、ああ。まぁ、な」


「そ、そう、だな……」


 アリスに答えるライトとウィンリィの声や表情はどことなくぎこちない。

 それもそのはず、明日この村を出ることをアリスに切り出すことができていないのだ。


 しかし、どうにも彼女を悲しませたくない。


 あの知らない者に頼らざるを得ないほどまで追い詰められていたあのような表情。


 それを彼らはもう一度見たいとは思わない。思えるほど人間を捨ててはいない。


 買い出しはもう直ぐで終わる。それが終われば話を切り出そう。

 そう思いながらライトとウィンリィは買う物を選んでいく。


◇◇◇


 時間は過ぎ日が落ち夜の帳が訪れた。


 端的に言うと二人は結局話を切り出すことができなかった。


 デヴィスたちが「私たちから切り出そうか」とも提案されたがこれは自分たちで決めたこと、自分たちから切り出すと断った。


 夕食はすでに食べ終えている。後は体を拭いて寝るだけだ。


 ライトはゆっくりと深呼吸を繰り返し、意を決してアリスに声をかける。


「……な、なぁ、アリス」


「ん?何?お兄ちゃん」


 アリスの顔を見ると出かけていた言葉が喉元に戻る。

 しかし、ライトはその引っ込んだ言葉を無理やり外に出した。


「俺たちは明日この村を出る。だから……その、だな」


 歯切れの悪い言い草にしかしアリスは驚いたような表情も浮かべたが、すぐにいつもする笑顔を見せた。


「うん。知ってた。今日いきなり色々なもの買い出したから」


「……そうか」


「今までありがとう。お兄ちゃん、お姉ちゃん。とってもとっっっても楽しかった」


 浮かべていた笑顔。その瞳が次第に潤み涙をこぼす。


 それを合図にライトとウィンリィはアリスに詰め寄り静かに抱き締める。

 アリスもそれを返しながら声を上げ泣き始めた。


 だが、決して「嫌だ」とか「行かないで」のような類の言葉はない。


 もしかしたらその言葉を表に出さないために声を上げ、今泣きじゃくっているのかもしれない。


 ライトはそう心の隅で思いながら小さな少女を強く抱きしめた。


◇◇◇


 翌日。


 朝練を終え、アリシス宅での最後の朝食を食べ終えるとライトとウィンリィは出発するために、アリス、アリシス、デヴィスの三人は見送るために玄関にいた。


「今まで本当にお世話になりました」


「ああ、構わないよ。

 私も少しの間だが子供が増えたみたいで楽しかった」


「ええ。また、いつでも来て良いですからね」


「はい。ありがとうございます」


 デヴィスとアリシスの間にいるアリスはさっきから黙ったままだ。


 昨晩は眠るまで話しをしていたが、やはり彼女もまだ子ども、心細いところが多いのだろう。


 ライトはゆっくりとしゃがみ、アリスに視線を合わせ、優しい笑みを浮かべる。


「はい。こんな物しか出来なかったけど」


 そう言いながらマントから取り出したのは木彫りの天使だった。


 さほど綺麗とは言えない不恰好なものだがそれぐらいがわかるほどには出来ていた。


「俺たちが一緒に過ごした記念だ。受け取って欲しいんだけど?」


「……あり、がとう」


 アリスはそれをゆっくりとした動作で受け取る。


 しばらくその木彫りの天使をゆっくりと見ていた。

 それに何を見つけたのか、ふっと表情を和らげ、唐突にライトに顔を近づけると頬に優しく口づけをした。


「ほう」


「あらあら」


「はぁ?」


「……え?」


 そのアリスの行動による反応は様々だった。


 デヴィスは顎に手をさすりながら興味深そうに。

 アリシスは頬に手を当てどこか嬉しそうに。

 ウィンリィは驚愕の表情を浮かべていた。


 された本人であるライトは完全に固まり、した本人であるアリスは悪戯が成功した子どものように満足気な笑みを浮かべていた。


「お兄ちゃん!また会おうね!そして、そして……その時は結婚しようね」


「ふふ、大胆ね」


「むしろそれぐらいが良い。ライト君なら私も反対しない」


 その言葉や笑い合う姿に嘘偽りは感じない。この家族は本気だった。


◇◇◇


「はぁ、びっくりした。まさかアリスがあんなことするなんてなぁ」


 村から少し離れた辺りでライトはつぶやいていた。


「……そうだな」


 その少し先を歩くのはウィンリィ。


 その歩幅は大きく、速度もいつもより速いように感じた。

 しかもその言葉に妙に棘を感じるのは気のせいではないだろう。


「なぁ、ウィン。もしかして怒って––––」


「ない。怒ってなんかない。

 ただ、あのままお前は旅を止めてたほうが幸せだったんじゃないかって思ったんだ。それだけだ」


 ウィンリィの言うこともわかる。

 おそらくあのままあの家族の一員になるのもライトの選択肢の中にはあった。


 しかし––––


「残念ながらまだ旅は始まったばかりだ。こんなところで休めないよ。

 俺はさ。ウィンと一緒に色々な景色を見たいんだよ」


 ライトが何気なく言ったその言葉にウィンリィは立ち止まり小さくライトに聞こえないように呟く。


「……唐変木」


「ん?なんか言ったか?」


「いいや何も」


 ウィンリィはそう返し再び歩き始める。その歩調はライトに合わせられていた。


 ライトが隣に来ると話を変えるために別の話題を振る。


「そういやライトって彫刻出来たんだな……」


「あ、ああ。アレか。簡単だよあれぐらいなら」


 ライトは特別彫刻を習った経験などない。せいぜいが学校で少しやったくらいだ。


 しばらくは木を彫る感覚を気に入り、熱心に彫っていたがそれは六、七年も前のこと。

 それからは一切触ってこなかった。


(不恰好だったけどなんとか彫れたしアリスも喜んで……くれてた、よな)


 喜んでくれたのだろう。


 アリスが何故ああしたのかはライト自身にはよく分からない。

 本当に好きだったのかもしれないし、感謝の念が好意として出てきたのかもしれない。


 ライトは後者を考えていた。

 アリスに何かした覚えはない。

 ただ一緒にいて遊んだり話をしたり聞いたりしていただけだ。怖い思いもさせた。


 それなのに、そんな者に感謝こそすれ好意を抱けるだろうか?と。


(……いや、考えるのはやめよう)


 これ以上考えても答えは出ない。


 それにアリスはまだ子どもだ。大きくなるにつれ本当に好きな人ができるだろう。


 アリスたちの幸せを最後に祈るとライトは意識を前に向ける。


 少し遠回りをしたがそれもまた良かったこと。

 この世界の庶民の生活、というものにも触れることができた。話しもできた。


「さてと……副都までまだまだ先は長い」


「ああ、そうだな。けど––––」


 二人は顔を見合わせ頷く。


 これからも様々人に出会いその度に遠回りをするだろうがそれもまた旅の醍醐味。

 存分に楽しむべきことだろう。


 彼らの先には長く広い道が延びていた。


 ––––その先にあるものが希望か、絶望かは別として、だが。

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