表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/282

小さな思い出

 すっかりと日も暮れ、月が夜空に浮かぶ頃。


 ライトとデヴィスはリビングにいた。

 二人の間には酒が入っている小さい樽が、そして前には酒が入っているコップが置かれている。


「……話しをしたい、とは言いましたけど。俺、酒飲める歳じゃないですよ?」


「なぁに、家で飲む分には歳なんて関係ないさ。

 アリシスも飲めないし、アリスは言わずもがな……たまには誰かと飲みたいのさ」


 そう言うとデヴィスは酒を気持ちよさそうに飲み、コップを置くと目配せで飲むように促す。


 酒を飲めるようになるのも成人してからであり、この世界の成人は18。

 そして、ライトはまだ17だ。


 なんだか悪いことをしている気分で彼は恐る恐るといった様子で注視していた酒を意を決して飲む。


「……うまい」


 その小さな呟きをデヴィスは聞き逃さなかった。

 ニヤリとどこか嬉しそうに笑う。


「君とは良い酒が飲めそうだ」


 デヴィスがもう一口飲むのを確認するとライトは早速話を切り出す。


「……俺がやった事って正しかった。と思いますか?」


 ライトがやったこと。

 当然ながらデヴィスは彼らからそのことについては聞いている。


「……さぁな。そんなこと、私にはわからないよ」


 あの人たちの分まで生きると決めた。迷うと決めた。


 しかし、ライトはそれでも内にある後悔を完全に消すことなどできていない。


 確かにあれで間違っていないと思う。


 いや、間違っていても自分でしたことだ。

 その分の責任は全うするつもりでいる。


 それでもやはり「もっと他に手はあったのでは?」という考えが残っている。


 デヴィスはコップに酒を注ぎながら問いかける。


「しかし、なぜ私にそれを?」


「……騎士、だからです。

 ウィンやアリシスさん以外のもっと別の視点っていうか、見方っていうか。

 そんなものを持ってそうだなって」


「君はどう思っている?」


「……正しかった。

 いや、少なくとも大きく間違いではなかった。とは思ってます」


 正しいかどうかははっきりと言えないが、間違いないではない。それだけは自信を持って言える。


「それで良いさ」


「え?」


 驚いたように顔を上げたライトへとデヴィスはコップを傾けながら言葉を紡が始めた。


「誰がどう言おうと時間は戻らないし、戻せない。

 君の行いが間違いだったとしても亡くなった者は戻ってはこない。

 自分で正しい。と、そう思って言い聞かせるしかないさ」


 そこで言葉を区切ると酒を飲み再び話を続ける。


「私もよく迷うよ。

 これで良いのか? もっと他に方法は?っとな。

 しかし、それを探すための時間が私にはない。

 だがな、アリシスやアリスが生きている限り私も生き、守り続けるとは決めている」


 その感情はわかる。

 全ては無理でもせめて近くにいる者たちは、自分の手が届く者たちは決して死なせない。

 そのために死力を尽くすとオーガ群討伐戦時の最中に決めた。


「そこで考え続けるのも良い。

 だがな、あまりにも考えすぎ、迷いすぎると君はいずれすべてを失うことになる。

 そうならないように自己肯定を繰り返すしかないさ」


「それって、そんなことって……虚しい、ですよ」


 自分を偽り、自己肯定を繰り返す。そんなものはあまりにも虚しい。


 それはただ問題を先送りにして逃げていることと大差ない。

 その問題が晴れることは決してない。


 ライトのそんな反論にデヴィスは「そうだな」と苦笑いを浮かべて言葉を返す。


「だが、そうするしかない。

 少なくとも騎士団という組織にいる以上はな。

 組織は個人の考えどうこうで動けるほど身軽ではない。そのためのギルドさ」


 騎士団という組織は元の世界で言うところの軍と同義の組織だ。

 そのような組織は当然ながら重要施設や王都、副都に集中しておかれる。


 しかし、そのせいで他の村の警備はあまりにも脆くなる。


 そのため騎士団の穴埋めをする組織が必要だった。


 そんな時に表舞台に現れたのが賞金稼ぎたちだった。

 村に雇われ警護を行っていた彼らをギルドと総称して呼ぶようになり、そして施設ができ、今に至る。


「騎士の尻拭いを君たちにさせるのはかなり気が引ける。

 しかし、現状頼むしかない」


 そこには誰が見ても明らかに分かるほどの悔しさが滲んでいた。


 人々を守るために彼は騎士になったのだろう。

 しかし、本当に守りたいものが出来ても自分は守れない。


 もし、大多数と自分の家族、どちらを取るかと聞かれれば彼は大多数を取らなければならない立場にある。


 多数と少数。彼はその選択を何度もしているのだろう。


 その度に彼は自己肯定を繰り返している。

 自分は正しい、間違いではないと。


(そうしなければ、自分自身を守れず、自分の家族すら守れない。か……)


 デヴィスはコップを揺らし表情を和らげ、酒を飲む。どうやら話はこれで終わりのようだ。


 ライトは礼を言うと同じく酒を飲む。


「人って……生きるって。難しいですね……」


 それは苦笑とともに出た小さな呟きだった。


「そう思うのは君がよく悩んでいる証拠さ。その迷いは誇って良い」


 デヴィスはそう言うと酒を注ぎ、その水面を見下ろした。


◇◇◇


 肩を揺らされることでいつの間にか眠っていたライトは目を覚ました。

 顔を上げ辺りを見回す。


 床にはいくつか小樽が転がっており、自分の近くには空になったコップ。

 さらに自分の向かい側にはデヴィスがテーブルに突っ伏して寝息を立てていた。


 どうやらあれからさらに飲み続けて今に至るらしい。

 どうにも話をしていたのは覚えているがそこから先は曖昧だ。


「飲み過ぎ、だな」


「ウィン、か……」


 少しずつはっきりとした頭で自分の肩を揺らしたウィンリィを見上げる。


 ライトの目を見るとウィンリィは驚いたような表情を浮かべた。


「お前、誰かに会って話すたびに目が変わるな」


「ん?そうか?」


 目が変わる、と言われても自分には実感が得られない。いつも通りだ。


 ウィンリィは満足げな表情を浮かべライトの頭を軽くポンポンと叩き、中庭へと向かった。


 毎朝行っている朝練の時間のようだ。


 今回は飲み潰れてはいたが、二日酔いまではしていない。剣を振ることぐらいは支障なくできる。


 ライトは立ち上がり、凝り固まった全身の筋肉をほぐすように体を伸ばすとウィンリィに続いて中庭に出た。


◇◇◇


「君たちは毎朝しているのか?」


 木剣を振るい始めて十分ほどで人に声がかけられた。


 その声はデヴィスのもの。彼も酔い潰れてはいたが今も引きずるほど酷くはなかったようだ。


「毎朝、してます、ね!」


「ライト、また脇が甘い。足もだ。

 全身を使って剣を振れ。でないとすぐにバテるぞ」


「了、解!」


 ライトはウィンリィに言われた点を意識し振り方を少し変える。


「熱心なものだな」


「こいつの場合ある程度剣が振れるってくらいですからね。

 癖もあるし、そこを直してあとは実戦さえ積ませれば……」


 ウィンリィのライトに対する評価を聞きデヴィスは頷く。


 彼は騎士であり、様々な者を見てきたがそれ故にライトには天賦の才がある。

 今見るライトの動きだけで大まかなウィンリィの評価にも概ね同意できる。


「これで、ラスト!」


 最後にライトは大きく剣を振るうと木剣を放り投げクリーナ・フレイムで汗を消した。


「お疲れ様」


「あ、いえ。昨日はどうもありがとうございました。お疲れのところを」


「いや、構わんよ。

 私も久々にゆっくりと他の者と酒が飲めたし、あんなことで君の糧になれたのなら嬉しい限りだ」


 ライトの脳裏には昨日のデヴィスとの会話がよぎる。


 デヴィスの提示した答えもライトが探していたものの一つかもしれない。

 そうでなくともその切り口は得られた。


 未だ朧げで大まかな輪郭すら見えないがそれでも形になっている。そんな気がする。


「さぁ、朝食にしよう。朝はしっかり食べなければな」


◇◇◇


 朝食を終え、一息ついているころ。ライトはウィンリィに小声で話しかける。


「ウィン。少しいいか?」


「なんだ?」


 ウィンリィもそれに合わせ小声で答える。


 ライトの視線はアリスを気にしているようにチラチラと様子を伺いながら言った。


「明後日ぐらいにここを出ようと思う」


 ウィンリィは少しの沈黙を間に挟んだ。


 反対する理由は何一つとしてない。

 いや、本当はあるがそれは彼本人も承知のことだろうことは容易に想像できる。


「……一応、理由を聞いても?」


「デヴィスさんがいるからな。

 アリシスさんの体調もかなり回復したし、もう寂しくないだろう」


 一人でいることの寂しさを知っていたライトはずっとアリスを心配していた。


 寂しさを吐露する者はそういない。

 特に、しっかり者であればあるほど他人になど言えるわけもない。

 さらに心配させるわけにはいかない。という理由で親に言えず、背負いこむ。


 そんな感情を感じたことがあるからこそ、アリスの側にいたいと思っていた。

 話し相手がいるというたったそれだけで気がかなり紛れる。それを知っていたからだ。


 だが、アリシスが回復しデヴィスも戻ってきた今、ライトやウィンリィの存在は必要ないだろう。


「……わかった。今日の夜二人に話そう」


 コクリと首肯をライトは返す。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん。どうしたの?」


 話が終わったちょうどその時にアリスから声をかけられた。


「今日はどこに行こうか二人で話してたんだよ」


「ああ。確か、近くに川があったからな。そこに行こうかと思っててな」


「ええ!?いいなぁ!いいなぁ!

 私も行きたい!ねぇいいでしょ?お母さんお父さん」


 二人は笑顔で頷くとライトとウィンリィにお辞儀した。


◇◇◇


「……驚いたな」


 ライトは村近くの川にきて無意識に小さく呟いていた。


 水は予想以上に綺麗で透明度も高い。

 時々キラキラと太陽の光を反射しているのは魚の鱗だろう。


 季節はもうすぐで夏へと変わる。そんなせいか今日は気温も高く川遊びをするには丁度いい。


「わぁ!」


 アリスは感嘆の声を漏らすと靴を脱ぎ捨て川へと一直線、そのまま飛び込んだ。

 その衝撃で水飛沫が辺りに飛び散る。


「ははは!冷た〜い」


 笑顔で水はを触るアリスにライトは苦笑いを浮かべた。


「あ〜あ。服が濡れちまったな」


「お前が魔術で乾かせばいいだろ?」


「いや、確かにそうだけど」


 二人が冷静に話している中アリスは手を振りながら呼ぶ。


「お兄ちゃーん!お姉ちゃーん!

 気持ちいいよ!早く早くー!」


「ほら、お嬢様がお呼びだ。さっさと行ってこい」


 ライトは冷静に考える。自分の歳は十七歳だ。間違いない。


 元の世界なら早ければ来年からは働いていたかもしれないような年齢、もしかしたらすでに働いているような者がいる年齢だ。


 そんな者が今更子どもと川遊びなどして恥ずかしくないのか?と。


「……おっしゃー!行っっくぜぇええ!!」


 しかし、ライトはアリスの笑顔を見てその冷静な思考を捨て去った。


 こんな時に変に考えるのは野暮なこと。

 そう結論付けたライトはアリス同様靴を脱ぎ捨てると川へと一直線、その勢いのまま飛び込んだ。


 そうしてはしゃぐ二人をウィンリィはしばらく見つめていた。

 しかし、それも少しのこと。


「おい!私も混ぜろ!!」


 ウィンリィも川へと一直線に飛び込んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ