小さな勘違い
翌日、朝食を食べ終えた時ふと思い出したようにアリシスは言った。
「あ、そうそう。
そろそろ買い出しに行きたいのですが、荷物持ち頼めるかしら?
今日は少し多くなりそうなのよ」
「え?ああ、それぐらいだったらお安い御用ですけど」
アリシスはその返答に笑みを浮かべる。
「なら、ついて来てもらえるかしら?
ウィンリィさん。大丈夫?」
「ええ。任せて下さい」
ウィンリィが自分の胸を軽く握った拳で軽く叩くとその横にいたアリスは手を挙げた。
「あ!私も行く!!」
「わかったわ。すみません。ライトさんお留守番を任せたいのですが……」
「ああ、はい。わかりました」
◇◇◇
そういうわけで三人を送り出したライトは自分一人だけになった部屋を見回す。
正直手持ち無沙汰だ。
朝の鍛錬はマステに安静にしろと言われているため素振りだけ。
しかし、ここ最近はずっとハードな朝練をしていたせいかそれだけだと妙に動き足りない。
かと言って今から木で出来ているとはいえ、剣を振り回すのも近所迷惑だ。
「掃除、するか……」
そう呟くと濡れ雑巾を創造する。
(掃除の基本。高いところから低いところへ)
上に視線を向けるとそこには何か文字のようなものが刻まれた石が入っているランプがある。
この世界は当然ながら電気は普及していない。研究すらもされていないだろう。
それゆえに、ある特殊な石に【古代マナリア語】と呼ばれるいわゆるルーンを描き、性質を加えることで光を灯している。
例えば、この石の性質は日が出ている間はその光を吸収、蓄積し、夜になり辺りが暗くなるとその光を放出する、というものだ。
これは容易に数十年は持つ。
しかし、高価であり、自由に光をつけたりすることはできず、またどうしても大きくなってしまうと不便な点も多い。
(この辺のライフラインは向こうの世界の方が優秀だよなぁ)
ライトは思いながら脚立を創造で造り、それを足場にランプを拭いていた。
さすがにランプは毎日掃除するわけにもいかないようで埃がかなり溜まっている。
それは他の部屋のものも同じ。
すべてきれいに拭き取ると満足そうに息を吐き、棚を拭き始めた。
◇◇◇
ライトがアリシスの家の掃除をしている中、ある男性がその家に一直線に向かっていた。
男性は全身に鎧をつけている。
その肩アーマーには西方騎士団の証である虎の紋章が描かれていた。
血相を変えて騎士が走る姿に村の者は皆何事かと視線を向けたが、その進行方向を知ると納得した。
騎士が走るその先、その方角にはある家がある。
女性とその娘が住むその家は最近ある二人が住み着いている。
オーガを倒し、そこに捕まっていた女性を問答無用で殺し尽くした悪魔。
村の住人たちはライトたちのことをよく思っていないどころか悪魔と、影でそう呼んでいた。
しかし、騎士の男性はそんな事のためにこの村に来た。いや、ただ来たのではない。
(アリシス……!)
彼はその女性を心配してわざわざ帰ってきたのだ。
走って数分。
男性は目的の家の玄関までくると言葉すら惜しみながら扉を開けた。
「ん?」
その視線の先には見知らぬ少年が頭に三角巾、体にはエプロンを着け、モップで床を拭いていた。
◇◇◇
(え?……誰?)
急に玄関扉を開けた男性を見てライトは固まった。
肩で息をしているあたりから走ってきたようだが、今日来客があることなどはアリシスから聞いていない。
(なんだ……この少年は)
そして、そう疑問に思うのは男性もまた同じだった。
大急ぎで帰ってきてみれば見知らぬ誰かが床をモップで拭いていたのだ。
ともかくそんな状況で彼らが冷静な状況判断ができるわけもない。
(もしかして……!)
ライトはなんとなく考える。
この世界の家に鍵というものはありはするが、簡易的なもの。
それで防犯としては十分とされている。
しかし、あの世界に住んでいたライトはそんなものではダメだろうと思っていた。
この世界でも強盗や空き巣といった類のものはいておかしくはない。
しかも、この家は元々女性と子供の二人暮らしだ。
強盗する標的として選択されるのはおかしくないどころか当然だ、と––––。
(もしかして……!)
そして、男性もなんとなく考える。
村の人たちはどこか怯えていた。
それは騎士が突然現れたからだろうと彼は結論付けていたが、今考えるとそれはおかしい。
普通ならそこで声をかける者が数名いるがそれがない。
という事は何かしらのものに村を支配されている可能性がある、と––––。
((まさか……!))
それが正しいのかどうかは別としてだが、二人はほぼ同時にある答えに至った。
(強盗!)
(こいつが!)
そこからの行動は早かった。
男性は剣を抜き、ライトは三角巾を雑に外し捨て、咄嗟に創造でブロンズソードを創り出す。
ライトの方が踏み込みは僅かに速い。
ブロンズソードが男性の剣めがけて振るわれたが、男性はそれを後ろに飛ぶことでかわす。
(できるだけ無傷で捕らえる!ここは––––)
(これ以上被害を増やすわけにはいかん!ここは––––)
二人の行き着いた答えは別だった。確かに別だ。
しかし––––
((止める!!))
剣を振るう理由は幸か不幸か全く同じだった。
二人の剣がぶつかり合う甲高い音が長閑な村に響く。
◇◇◇
「ん?」
野菜を選んでいる中、アリシスは何かに気づき顔を上げた。
「どうかしたんですか?」
「あ、いえ……なにか騒がしいような気がして」
「ん?向こうの方で何かあったのか?」
野菜屋の店主も気がついたのかあたりを見回す。近くの店の店主や客も同じだ。
アリシス、アリス、ウィンリィの三人もまた状況が読めずにいるとある会話が耳に届いた。
「なんか、向こうの方で戦っているらしいぞ」
「誰が?」
「さぁな」
「え?でも一人は騎士様って聞いたぞ」
その単語を聞きアリシスはピクッと表情を引きつらせ冷や汗を浮かべ始めた。
彼女のその表情はだんだんと青くなっていく。
そんな中でも会話は続いていった。
「相手は?」
「えーっと。ほら、あいつだよ。最近きた黒髪の」
その言葉を聞きウィンリィも表情を引きつらせた。
そして、またアリシスと同じように顔が青ざめさせていく。
「……まさか」
「……ええ、まさか」
ある予感、最悪とも言えるその予感外れて欲しいと願うが聞こえた会話だけで状況は察せる。
アリスも同じ答えに行き着いたようで、2人の顔を伺いながら言った。
「……ねぇ、その二人って……」
それから三人、いやアリシスとウィンリィの行動は速かった。
見ていた野菜を元の場所に戻すと騒ぎの中心、言い換えるとアリシスの家へと走りだした。