小さな温もり
ライトはゆっくりと閉じていた目を開いた。
その先には見知らぬ天井がある。少しして自分の体の下には柔らかな温もりを感じたことで自分がベッドに寝かされているのを自覚した。
「お兄ちゃん!!」
意識がだんだんはっきりとしてきたところにその声と抱きつかれた衝撃が訪れた。
「よかった……よかったよぉ!」
抱きつき、嗚咽を漏らしながら言うのはアリスだ。
「ア、リスか。ここは?」
「お医者さんのところだよ」
「お医者さん……マステさんか」
アリスは一度回頷きライトの胸に顔を押し付け、服を握り締めた。
ライトはそんな彼女の頭を撫でながら自分を落ち着かせるようにゆっくりとここに至った経緯を思い出す。
(確か、林でレスト・ヴォルの残りの群れに遭遇して、それで……)
「あ!ライト、気がついたのか!」
ウィンリィが安心した表情を浮かべながらライトの方に向かう。その後ろにはマステもいた。
浮かぶその表情はウィンリィのそれとさほど変わらない。
「調子のほどはどうですか?」
「あ、えっと。たぶん大丈夫です」
ライトの返答にマステは満足げに頷く。
「それは良かった。
右肩を貫かれたとお聞きして冷や汗をかきましたが、本当ですか?」
「え?あっ!」
マステの確認を取るその言葉にライトははっと気がつき右肩を触る。
確かに服は赤黒く汚れ、穴が開いてはいるが傷口は元々なかったかのように塞がっていた。
痛みも当然ながらない。
「あ……れ?確かに、やられた。はず……」
今でこそ傷口は塞がっているが貫かれた瞬間の肉を引き裂かれ、穿たれる感触とその激痛は鮮明に覚えている。
マステはライトのその反応に疑問を思ったようだが、すぐに首を横に振りライトに症状を伝える。
「怪我自体は不思議なほどありません。
しかし、精神の方が消耗は激しいようです。しばらくはおとなしく寝ている方がいいかと」
「精神、ですか……」
ウィンリィは小さく呟いた。
「ええ、倒れるほど、ということは相当な規模の魔術でも使ったのでは?
そういえば、林の方で空に向かって炎の柱のようなものが伸びていましたが……もしかして」
「え、あ、ああ。それ、俺です。
あのまま林で放出したら林の木が消えそうだったので……」
マステは大きく目を見開き顎をさする。
「まさか……半ば冗談で言ったことが当たるとは……
なるほど、あれほどの力があればオーガなど容易い、でしょうね」
合点がいったらしくマステはうんうんと数回頷いた。
そして、そのまま部屋から出ようとする。
「えっ!?ちょ、俺もう帰って……?」
ライトのその言葉に我を取り戻したマステは申し訳なさそうにお辞儀をした。
「え?ああ。すみません。もう大丈夫ですよ。
ですが、安静にして下さい。軽い運動程度なら大丈夫ですが戦闘はまず無理です。二、三日はしっかり休むように」
そう言い残しマステは今度こそ部屋から出ていった。
「……と、言う事だし。帰るか」
「ああ、そうだな。ほら、アリス。帰ろう」
「うっ、ぐすっ。……うん」
三人は診療所を後にするとアリシスが待つ家に向かった。
◇◇◇
「今戻りま––––」
「ああ!良かった!一時はどうなる事かと。
もう大丈夫ですか?痛くありませんか?熱は?頭は痛くないですか?」
玄関を開けライトがすべてを言い切る前に脱兎の如くアリシスが詰め寄ってきた。
すぐに体をペタペタと触ったり熱を測ったりし始める。
さすがにその反応にライトもタジタジになり苦笑いを浮かべながらアリシスを止める。
「い、いや。大丈夫です。どこも痛くありませんし、熱もありませんから」
その言葉をアリシスは信じきる事ができないのかじっと目を見つめた。
そのままじゃあ秒近く経ち、ライトが気恥ずかしさで目を逸らしたところでアリシスも息を吐く。
「良かった……
元を辿れば私のせいですから、なんともないようで本当に良かった」
安心した顔と申し訳なさそうな顔とを足して二で割ったような表情をアリシスは浮かべていたが、そこをウィンリィはフォローするように言う。
「いやいや、こいつが弱かっただけですからアリシスさんのせいじゃないですよ」
しかし、その言葉はライトの胸に突き刺さる。
確かにその通りだ。
もう少しうまく立ち回る事ができていたら心配されるほどの重傷にはならなかっただろう。
「ちょっ、ウィン!お前もう少し心配ってものを」
「え?でもお姉ちゃんもすごい焦ってて、泣きそうになっ、ムグッ!?」
すべてを言い切る前にアリスの口をウィンリィは塞いだ。
顔はライトに見せないように逸らしているため表情は見えない。
しかし、その言葉の途中まで聞けばどんな様子かだった事など察する事は容易い。
「……あ〜、その。ごめん、ウィン。心配かけて。アリスもアリシスさんも本当にすみませんでした」
ライトの謝罪にアリシスは一度眼を閉じ息を吐くとニッコリと微笑みながら言葉をかける。
「はい。許します。
さ、お腹が空いているでしょう?
豪華に、とは言えませんが夕食の準備はしてましたので少し待ってて下さいね」
出された料理は確かに今日までのものとほとんど変わらない。
しかし、今のライトには身に染みる味だった。
◇◇◇
「んで、どうしてこうなった……」
夜、しかも夕食も終え、身体も濡れタオルできちんと拭いた。
さぁ後は寝るだけとなったところでライトはウィンリィに腕を掴まれた。
そしてそのまま引っ張られ、気がつくとベッドに放り投げられていた。
そのことについて抗議の声を上げようとしたのだが、右腕をウィンリィに、左腕をアリスにしっかりと掴まれ、その声がライトから発せられることはない。
その末になんとか口から出た言葉が先ほどのものだ。
「アリスが一緒に寝たいからって言ってさ。
でもアリスだけだとお前が手を出すかもしれないから念のため私も、と思ってな」
まるでいたずらが成功した子どものようにやり遂げたような笑みを浮かべる。
アリスもウィンリィと変わらない表情だ。
「おい、俺ってそんな女癖が悪そうに見えるのか?」
「「どちらかと言えば」」
「酷っ!!」
一応言っておくがライトは前の世界では異性には全くと言っていいほどモテなかった。
元々あまり活発な者でもなく基本無口。
しかも、近づくなという雰囲気を無意識に出していたせいか、同性にすら話しかけられることはほとんどなかった。
(あ、でもあいつはそんなこと無関係に友好関係広かったな……)
頭に浮かぶのはある少女の顔。
しかし、ここでその事を考えすぎても意味がないという事を知っているライトはすぐにその顔をため息をすることで記憶の海に戻す。
「お兄ちゃん、本当に怖かったんだから……」
アリスの小さな呟きとともに掴まれた左腕に小さく力が込めまれる。
「……ほんとごめん。心配かけて」
「うん……でも、本当に無事で、良かった」
アリスは安心しきったような安らかな顔でライトの腕を枕に眠りにつく。
しばらくすると寝息が聞こえてきた。
「はぁあ、悪い奴だなぁ。こんな小さな子に心配させるなんて」
「うっ!そ、それは、その……」
呆れたようなため息をひとつすると「女たらし」と小さく呟き、ウィンリィもライトの腕を枕にして眠った。
ライトは最後の言葉は聞き捨てならないと言い返そうとしたが躊躇し、そのまま止めた。
反論をしたい気持ちでいっぱいではあったが彼女は自分以上に疲れていたことだろう。
そう思うとどうしても言うことはできない。
(……狭い)
小さく、心の中で呟いたが疲れが溜まっているのは彼も同じ、彼女たちの後に続くようにライトもまた深い眠りにつく。
窮屈感はあったが嫌悪感は感じることはなかった。
正直に言うと女性の匂いに包まれながら眠るのはどこか気恥ずかしかったが、とても安心して眠ることができた。