小さな解放
遠くなっていく足音を守るようにライトはレスト・ヴォルを睨みつけている。
痛みは興奮している影響かさほど感じないが、体力はほぼ使い果たし、血も流し過ぎていた。
すでに魔術をまともに使えるだけの精神状況ではない。
剣も利き手を潰され、まともに振れないだろう。
四面楚歌。絶体絶命。そんな言葉が脳裏をよぎる。
圧倒的に不利な状況。
しかし、ライトは笑っていた。
打開策などない。考える余裕もない。
それでも彼の口を曲線を描いていた。
目に宿っている光が告げる。
逃げない、と。
逃げて諦めた方が楽だと言うことは知っている。
しかし、ライトは逃げることをやめた。したくないと思った。
たったそれだけの話だ。
レスト・ヴォルたちはライトがすでに何もできない死に体の状態であることを見破り、一斉に地面に降り立ち並ぶ。
さらに、ライトへと死を突きつけるように、これからすることを宣言するかのように、綺麗に取り囲み己の爪や牙を見せつけた。
(いい性格してるな。ほんと)
地面に降りてきたのは八体、見える範囲では木の上にまだ三体ほど残っている。
(策は……ない。だからと言って)
ライトは立ち上がり、右肩から発せられる痛みを堪えながら地面に落ちたブロンズソードを握りしめる。
レスト・ヴォルたちは今すぐにでも飛びかかれるように腰を落とす。
その口は勝利を確信しているらしく、奇妙な笑みを浮かべているように見えた。
両者が動き出すその直前のことだった––––
『あー!!!!もう!やっっっっと出られたぁ!!』
『ふーっ。疲れたね』
––––その二つの声が唐突にライトの頭に響いた。
『って何かまたピンチになってるみたいね。黒鉄』
『そのようだね。白銀』
ライトはその声に微かに聞き覚えがある。
約二週間前、あのオーガがいた洞窟で聞いたあの声だ。
「お前ら、なんなんだよ!急に!」と声を飛ばしたかったが、そんなことをする余裕はない。
結局前と同じように言われるがままだ。
『はいはい。そんな剣はさっさと捨てて私たちを使いなさい』
『そうだよ。ほら、早く早く』
右肩は動かすたびに激しい痛みをライトの全身に走り巡らせる。
それを奥歯を噛み締め耐えながらマントの中に手を伸ばし、目的の二つを取り出した
左手で黒鉄を、右手でゆっくりとした動作だが白銀を握り、マントから取り出した。
『遅い!さっさとしなさいよ!』
『まあまあ。落ち着こうよ』
怒鳴った方の声は一度自分を落ち着かせるように息を吐き、ライトに言葉を飛ばす。
『いい?今回は少し余裕があるから私たちのあとに続いて詠唱して』
『とにかく詠唱に忠実に従ってね。失敗すると君は死ぬよ?』
ぞっとするようなことをさも当然のように言い切る様子にライトは軽く恐怖を覚えたが、他に打開策がないのは事実だ。
この声がなんなのかは大まかにだが推測できている。
一度その力を使っているようだが、ライト自身はその時のことをはっきりと覚えていない。
一か八かの勝負所。ここに賭けるしかない。
『我が身は太陽の現し身』
「……我が身は太陽の現し身」
ライトが言葉を口にしたのを合図にレスト・ヴォルたちは地面を踏みしめ、腰を落とす。
『その剣は炎を纏い、光を纏う』
「……その剣は炎を纏い、光を纏う」
そこまで詠唱して違和感が訪れた。
次の詠唱の言葉がわかる。
頭に浮かぶ。
自然に口に出る。
そんな不思議な感覚だった。
『その炎はあらゆる邪悪を焼き尽くし』
「その炎はあらゆる邪悪を焼き尽くし」
ライトはもうすでに二つ声とほぼ同時にその詠唱の言葉を口にしていた。
構わずレスト・ヴォルたちは地面を蹴り、一斉にライトへと我先にと飛びかかる。
『その光りはあらゆるものを照らす』
「その光りはあらゆるものを照らす」
レスト・ヴォルたちの爪がライトに届く、その直前だった。
『『「ガラディーン!!」』』
その名が響いた瞬間、レスト・ヴォルたちは熱風に吹き飛ばされた。
そして、その中心地、熱風が突如として発生した場所には金色の剣を持つライトの姿があった。
その剣を高く掲げ、炎を空に放出した。
その勢いにライトは気圧されながらも空へと伸びた炎を纏った剣で回転斬り。
立ち上がろうとしていたレスト・ヴォルたちを腹辺りで近くの木ごと焼き切った。
すでに切断部は黒く炭化しているため、炎が木に燃え移ることはない。
ただあたりに焦げ臭い匂い漂わせるだけだ。
木を斬られたせいで足場を失ったレスト・ヴォルは地面へと降り立った。その数は五体。
そのうちの一体は頭の毛の一部を植物か何かで赤く染めている。
おそらくはそいつが主なのだろう。その一体を守るように四体が並んだ。
「……な、なんだよこれ」
『えっ、へん。すごいでしょ?でしょ?』
脳裏に自慢するような明るい声が響く。
『あの時はお試し、今回は全力だからね。意識もはっきりしてるでしょ?』
確かに意識ははっきりしている。
それに今現在自分が持っている黄金の剣や周りの状況はウィンリィから聞いた通りだった。
(よくわからないけど。これなら!!)
ライトは黄金の剣で霞の構えを取り、目を閉じて集中。
それを合図に刀身に再び炎が発生。
力の高まり、炎の集まりが十分なことを確信すると目を開き、その炎を一気に放出させながら突き出した。
レスト・ヴォルたちは一斉に回避。
しかし、方向はバラバラで大きく分散してしまっている。
ライトは近くのレスト・ヴォルに走り寄り、一閃。
距離を取ろうとそれは後方に飛んだが、刀身からは炎が伸び、その炎に焼き斬られた。
流血することすら許されず、焼き斬られた上半身と下半身はそれぞれ地面に落ちる。
さすがにこれだけのものを見せられてはレスト・ヴォルたちも身の危険を感じたらしく、ライトに背中を向けて逃げようとする。
「ライトニングムーブ」
ライトは逃げようとする一体へと雷をその身に纏いながら追う。
追い縋ったそれを斬り捨てると、視界に入ったもう一体をグランドアームで握り潰した。
土で出来たその腕を足場にして高く跳躍、切先を眼下のレスト・ヴォルに向け突き刺す。
運動エネルギーもプラスされたその強烈な一撃はレスト・ヴォルの脳天を貫いた。
ここまで一分もかかっていない。
強力な武器を持ち、ウィンリィやアリスが近くにいないおかげでかなり自由に動ける。
頭も自分自身が驚くほどクリアだ。
「さぁ、残りはお前だけだ」
雷が消えたライトは黄金の剣を中段に構える。
レスト・ヴォルのリーダーは逃げることを諦め、ライトの方に向き直り両爪を構える。
両者ともほぼ同時に腰を落とし、そしてこれも同時に飛び出した。
その勝負は一瞬でついた。
レスト・ヴォルの首が天を舞い、地面に転がる。
残された体はゆっくりと地面に倒れ数回痙攣すると動かなくなった。
「これで……今度こそ。終わ……り」
戦闘が終わり緊張の糸が切れたのか急に意識が遠のく。
『あ!ちょっと待ってよ!』
『これはたぶん無理だね』
その二つの声を聞きながらライトは視界の中にニつの人影を見つけた。
それと同時に気を失い、倒れた。
◇◇◇
時間は少し巻き戻る。
ウィンリィは林の中を駆けていた。
「うっ……ぐすっ。お兄、ちゃん」
その腕の中にいるアリスは嗚咽を漏らし泣いていた。
(あいつはうまくやれたか……)
もうすぐで林の出口につくがそれまでレスト・ヴォルの追撃は受けていない。
ライトがうまく注意を引きつけることができている証拠だろう。
今更レスト・ヴォルの追撃が来ても林から出れば助けを呼べる。
自分たちは助かった。そう言っていいだろう。
「……くそ」
しかし、二人の顔は当然ながら晴れやかではない。
別れる前のライトのボロボロの姿が脳裏をよぎる。
アリスはなんとか無事だ。
だが、アリシスにはライトのことをなんと説明すればいいのかウィンリィにはわからなかった。
気が重くなることを考えるのは林を出てから。とにかく村に急いで戻ろう。
そう思っていた矢先にそれは起こった。
「ッッッ!!?」
「え?」
一陣の強い風が彼女たちを襲ったのだ。
不思議に思い、後ろを振り向くと言葉を失う光景がそこにはあった。
天高く炎の柱が伸びていたのだ。
赤ではなく金色に近い炎。
それが空を穿つようにまっすぐに伸びていた。
アリスにはそれがなんなのか理解できなかった。ウィンリィもそれは同じ。
しかし、ウィンリィはその炎の柱と似たものを見た ことがある。
見間違えるはずもない。あんなものが出せるのは彼ぐらいのものだ。
(あれは……ライトの!)
それはライトが持っていた不思議な黄金の剣に他ならない。
「アリス!行くぞ」
「はぁ、はぁ、え?」
アリスを抱え直すとウィンリィは今まで来た道を戻り始める。
そこには先ほどとは真逆の、微かな希望を感じている表情が浮かんでいた。
「ど、どうしたの?」
「さっきの炎の柱。あれはたぶんライトが出したものだ」
そこまで聞くとアリスもなぜ急にウィンリィが戻り始めたのかを察した。
「じゃ、じゃあ!!」
「ああ、あいつはまだ!」
生きている。
ウィンリィは知っている。
その力を。オーガ二体を圧倒するだけの力を持つ剣。
それを担う彼はなら、生きている。
「ライト!」
「お兄ちゃん!!」
二人が元の場所に戻ったのはライトが気を失い倒れる寸前だった。




