世界の猛威
そこは暗く深い森。
道など整備されておらず、さらに光が差し込む場所も僅かなため、地面も少し湿りぬかるんでいる。
そこを木の根につまづき、ぬかるんだ地面に足を取られながらもライトは必死に走り続けていた。
「グォォォォォオッ!!」
そんな彼を追うそれは大きな雄叫びを森に響かせる。
空気と木々が揺れ、その木々で休んでいた鳥が羽音を立て飛び立ち、他の小動物たちも脱兎の如く一斉に逃げ出した。
「はぁっ! はぁっ! クソ!!」
悪態を吐くライトを追うそれは【ベアードボアー】と呼ばれる巨大な獣だ。
その姿はクマとイノシシを足して割ったかのような姿をしており、全長3メートル強とかなり大きい。
攻撃時には2本足で立ち、前足の鋭い爪で攻撃をする。
防御力も高く、分厚い毛皮は衝撃を吸収する。加えて足も速い。
さて、なぜライトがベアードボアーに追われているのか。
それは30分ほど前に遡る。
◇◇◇
ライトはあれからまっすぐに森の中を歩いていた。
時々狼のような獣、ヴォルフが現れるが全て創造した【エアカッター】で切り裂いていた。
その中で自分の能力である創造にも制限がいくつかあることがわかった。
創造でなんらかの能力を作るときは、最初だけ頭に【創造】という言葉をつけなくてはならないという事。
道具など物を出す場合はずっとつけなくてはならないという事。
それらは今のところ問題にはならない。だが、彼にとっては1つ気になることがあった。
「内臓が飛び散るっていうのはどうにかなんねぇかなぁ」
生き物であるがゆえ、当然ながら内臓がある。
エアカッターだと腹も切り刻んでしまうため、内臓や血がやたらと飛び散ってしまうのだ。
だからといって火を使うと森まで燃えそうだったりと他に案が出ないため、ライトはこのエアカッターで森を進んでいた。
「はぁ、動物の毛皮って剥いだ方がいいんだろうけど……なんか触りたくないよなぁ」
ちなみに所持金を確認してみると5万Gだった。
この世界の物価はよくわからないが、ウスィクが最初に持たせているあたり、すぐに足りなくなるということはないのだろう。
「ん、っと」
既に聞きなれてきた草むらをかき分ける音に敏感に気づいたライトは横に飛び退く。
そこから現れたのはこれまた見慣れてきた狼【ヴォルフ】だ。
「あ〜、はいはい」
飽き飽きした様子でエアカッターを適当に放つ。
ゲームで見慣れた敵を倒すような手際でそれを退けると再び一歩を踏み出したときだった。
「グオォォォォオ!」
大きな雄叫びと地鳴りが聞こえてきた。
加えるならば、それは少しずつ近づいてきている。
何事と辺りをキョロキョロと見回し、雄叫びと地鳴りが向かってくる方へと視線を移す。
その方向はちょうどヴォルフが現れエアカッターを放った方向だった。
そのまま注視しているとそこから声の主、ベアードボアーが木々をなぎ倒しながら向かってきていた。
「ちょっ、ちょっと待てぇぇぇえ!!」
ライトは短距離走者のように勢いよく走り出して現在に至る。
(あっ、もしかして……?)
速度を落とさないようにチラッと後ろを見る。
少し見えにくいが、ベアードボアーには浅い出来たばかりのような切り傷をいくつか確認できた。
彼の顔を見ると怒りがさらに湧いたのか、再び雄叫びをあげたそれは速度をさらに上げ、ライトに飛びかかる。
すぐさま左足でブレーキ。直角に右に曲がることで重い一撃をライトはかわした。
しかし、ベアードボアーがそれだけで諦めるわけがなく、再び逃げるライトを追う。
「くそっ!! どうする!? どうする!?」
走りながらライトは混乱する頭で全力で考える。
このままではいずれ追いつかれるだろう。
あれだけの速度と巨体だ
繰り出される攻撃に一度でも当たれば怪我では済まないことなど誰でもわかる。
(っ!? やばっ!!)
考えていたライトは足元が見えておらず木の根に躓き転んだ。
そんな隙だらけのライトをベアードボアーが逃すはずもなく、後ろ足で立ち上がる。
そして、前足の鋭い爪が生えた丸太のような腕を振るった。
それを左に転がりかわされた一撃は地面に直撃、その場所を深く抉る。
「はぁっ! はぁっ!」
間近でその一撃を目の当たりにしたライトはベアードボアーの動きが止まっている隙に立ち上がり、再び走り出した。
(む、無理無理!! あんなのどう戦えって言うんだよ!)
普通の人間にあんなものを倒せるわけがない。逃げ切れるわけがない。
死が頭を過るがそれを首を横に振ることで吹き飛ばした。
(いや、まだだ! 俺にはチート能力があるんだ。
元の世界と違うーー)
「ーー力があるんだ!!」
ライトは己を鼓舞するように叫ぶとブレーキをかけ、マントを翻しながら勢いよく振り向いた。
「ガァァァァァア!」
その雄叫びに一瞬、威圧されるがその恐怖心を無理矢理抑え込むように大声で叫ぶ。
「ッ!!」
キッと睨み据えたライトは力を込め拳を強く握り締めた。
(遠距離からの攻撃は確実に森に被害が出る。でも、近距離なら!)
ベアードボアーが立ち止まっている雄叫びを上げながら跳びかかる。
その雄叫びはまさに獲物を捕らえたことを宣言しているようだった。
だが、ベアードボアーはこの行動が間違えだったとすぐに気づく。
そして、その時にはもう手遅れだった。
「創造! インフェルノ・ガントレット!!」
叫ぶとライトの握り締められた拳を青い炎が包む。
瞬間、目を見開き右の拳を思いっきり突き出した。
地獄の炎を纏う拳はベアードボアーの頭に直撃。
ベアードボアーへの攻撃の衝撃で右腕から鈍い痛みが走り、歯をくいしばる。
体格差は歴然だった。
しかし、飛ばされたのはベアードボアー。それも数メートルもの距離だ。
ライトはそれを追撃、ベアードボアーの懐に入り込み左右の拳でがむしゃらに殴る、殴る、殴る。
硬い皮に拳を打ち込む度に鈍い痛みが走るが、拳の炎は当たるたびに「じゅうっ」という毛皮を焼き焦がす音をたてる。
「こいつで、トドメッ!!」
貯めた力を解放するように体全身を使い右の拳を突き出した。
その渾身の一撃はベアードボアーの腹部に直撃、十数メートルの距離をノーバウンドで吹っ飛んだあと地面に激しく激突。
しばらくしてさっきまで騒々しかった森に静寂が訪れた。
「はぁ、はぁ、やったか?」
ライトは確認するためにゆっくりとベアードボアーに近づく。
所々毛皮を焼かれ、そこから煙を出していて動く様子は感じられない。
また、近づくにつれで肉が焦げたような匂いが鼻をつく。
念のために拾った木の棒で数回つついたがベアードボアーは生き絶えたらしくピクリともしなかった。
「あ、あ~、ビックリした」
ライトは肩の力を抜き、棒を投げ捨てながら地面に腰を下ろした。
「はっ、ははっ! やればできるじゃねぇか」
力が抜けた途端、全身に震えが訪れ両腕に鈍い痛みが走る。
ライトはもう一度自分を落ち着かせるように息を吐き上を向いたところでそれに気が付いた。
「あっ、やばっ!」
枝葉の隙間から見える空は赤く染まっていた。
こんな森を夜中に歩くのは明らかに危険だ。これ以上あることはやめた方が身のためだろう。
だが、彼にとってはもう一つの方が一番の問題だった。
道に迷ったーー
それはベアードボアーから逃げる為に我武者羅に走り回った当然とも言える結果である。
しかし、途方にくれたのはほんの少しの間だけだった。
「あっ、能力で飛べばいいのか」
ライトは立ち上がると上に枝葉が比較的少ない部分に移動。天を仰ぎながら叫ぶ。
「創造、ウィング!……あれ?」
もう一度言ったが飛べない。
他にも「フライ」や「飛行」などと別の言い方をいくつか試してみたが何も起きない。
何度か思いつく限りの単語を挙げ連ねるが、やはり体が浮くようなことはなかった。
しばらく首をひねるが諦めたようにため息をついた。
理由は不明だが飛べないというのならば考え方を変えよう。
そう思い数分、その場に立ち尽くしていたライトの頭にある案が浮かんだ。
それを早速実行に移すため、右足で思いっきりを踏むと同時に叫ぶ。
「創造、ハイジャンプ!」
叫ぶと20メートルほどの高さを一気に跳躍した。
単純な話だ。飛べなければ高く跳躍すればいい。
だが、このままだとすぐに地面に激突してしまいただでは済まない。
そこでウスィクに落とされた時に使った【フロース】を発動させてゆっくり降下する。
「えーっと、村は……っと、えっ?」
彼が驚いたのは村から離れていたからではない。むしろその逆だった。
今跳躍したところからまっすぐ進み約二キロほどで森が終わり、その先からは草原、さらにその先には村が見えた。
ふわりと危なげなく地面に着地した彼はほっと息を吐いた。
「不幸中の幸いってやつか」
安心の息と共にそう呟き、彼は足を村の方向へと向けて動かした。