小さな護衛対象
そんなこんなでライト、ウィンリィ、アリスの三人は林に来ていた。
アリスはライトとウィンリィの間で昼食が入ったバスケットを持ちながら鼻歌を歌っている。
よほど嬉しいのかスキップまでしていた。
そんなアリスの姿に二人は癒されながら歩いていた。
「それにしてもまさかウィンが許可するなんてな……断ると思ってたのに」
ライトの言葉にウィンリィは頬を掻くと答える。
「まぁ、ライトの実力もかなりついてきたしな。
これから先ほぼ確実に護衛の依頼を受けることにもなるだろうし、その練習みたいなものだ」
護衛の依頼は報酬として貰える金はあまり多いとは言えないがその護衛中は食事が提供される。
護衛中は馬も貸してもらえることが多い。
別の街に移動する際に目的の街が同じなら依頼を受け、時間の短縮や食料の節約などができる。
そのため、表面上の報酬以上に受ける価値がある仕事だ。
ただし、護衛のため生半可な者では達成することができず、毎年そこそこの数の商人と旅人が亡くなっている。
彼らがいるこの林はすでに行き慣れた場所であり、害獣の数も減っている。
練習する場所としてはちょうど良い場所と言えるだろう。
「と、早速きたぞ」
木陰より現れたのは【ヴォルフ】。
ライトが最初の森にいた時にも何度も出会った狼に似た獣だ。
姿形は元の世界の狼と大差が無いが二周りほど大きい。
「頑張れー!お兄ちゃん、お姉ちゃん!」
アリスは事前の指示の通りヴォルフを見つけるとすぐさま二人の後ろに下がり、声援を向ける。
「任せろ!」
ライトは剣を抜き取り、ヴォルフに走りだした。
対するヴォルフはそれに対抗するように飛びかかる。
飛んできた前足の爪を剣で受け止めると軽く弾き飛ばした。
吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がるヴォルフへと剣を振りおろし、追撃。
それはギリギリのところでかわされたが横っ腹を切ることはできた。
痛みでよろけるところをトドメを刺すように間髪入れず首を切り裂いた。
ヴォルフは首から鮮血を噴出させ、地面に倒れた。
息の根が止まったことを確認するたライトは視線をウィンリィとアリスに戻した。
瞬間、それを見つけ叫ぶ。
「ウィン!後ろ!!」
「そこ!!」
声がウィンリィの耳に届くと同時、己を狙っていた爪をひらりと交わし、その横腹を切った。
切られた衝撃でヴォフは吹き飛び、木に叩きつけられる。
ヨロヨロと立ち上がることはできたが、すぐに限界がきたようでバタリと力なく倒れた。
ライトの方もヴォフの群れの駆除を魔法や剣を駆使する。
飛びかかってきている四匹のうち三匹をエアカッターで切り裂き、それをくぐり抜けてきた一匹の攻撃をしゃがんでかわす。
すぐ上を通り過ぎようとしたヴォルフの隙だらけの腹へと剣を突き刺し、捨てた。
そのヴォフの群れは小規模だったらしく、それ以上出てくることはない。
あたりに気配を張り巡らせとりあえずの安全を確認すると布で鮮血を拭き取り、ブロンズ・ソードを鞘に戻す。
「ふぅ……これだけみたいだな」
「ああ。大丈夫か?アリス」
「うん。ありがとう。お兄ちゃん、お姉ちゃん!かっこよかったよ」
アリスは目をキラキラと輝かせながら言った。
ライトとウィンリィはそう言われる経験をほとんどしていないのか、恥ずかしそうに顔を赤らめると顔を逸らす。
「……さ、さぁ!先に行くぞ。
少し行った先に開けた場所があるし、そこで昼食をとろうか」
「だ、だな。うん。その方がいいな!」
急な変化にアリスは首をかしげる。
「どうしたの?急に」
「きゅ、急なんかじゃ無いぞ?な、なぁ?ウィン」
「あ、ああ!いたって普通だ!」
アリスはやはり意味がわからず首をかしげるだけだった。
◇◇◇
少し歩くと彼らが言っていた少し開けた場所に出た。
そこは恐らくは木こりたちの休憩所だったのだろう。
木を彫って作られた簡易的な椅子や机が残っていた。
しかし、最近は害獣の影響でほとんど使われていなかったためか、雑草が生い茂っていた。
「さて、休憩をとろうか」
「はーい!」
ライトが言うとそれに答えるようにアリスは元気に返事を返すとバスケットを開く。
その中にはパンに野菜や肉を挟んだサンドイッチが六個並んでいた。
数は多くは無いがその分とても大きい。
「美味しそう」
我慢できずにつぶやきながらウィンリィはサンドイッチの一つに手を伸ばすがライトはその手を掴み首を振る。
「おっと、そうだった」
ウィンリィはあることを思い出し手を引っ込める
「はい、手を合わせて」
ライトの声に合わせウィンリィ、アリスは手をあわせる。
「いただきます」
「「いただきます」」
それぞれ言うとサンドイッチを手に取り食べ始めた。
この世界には「いただきます」や「ごちそうさま」など言う習慣がない。
最初こそ「なぜ?」としばらく考えたが答えは簡単に出た。
ただ単純にそんな余裕がないのだ。
今生きることが精一杯で明日死ぬかもしれないというのに、人間でもない家畜を殺し、その肉を食べられることに感謝するような余裕などない。
あれらを言うことができるのはそれだけ余裕があり、恵まれている証拠なのかもしれない。
ライトはそう考え至った。
「食べたらマステさんに頼まれた薬草を採って帰ろうか」
「ふぁーい」
「ふぉーい」
アリスとライトはサンドイッチを頬張りながらウィンリィに答える。
「このサンドイッチ美味しいなぁ」
ライトが率直な感想を言うとその隣で座っていたアリスが胸を張りながら自慢げに言う。
「ふふ。でしょー?今日はね今日はね!
私が作ったんだよ」
「なに?本当か?」
アリスは言葉で答えない。
しかし、その表情は誇らしげで小さな胸を大きく張っていた。
「ありがとう。本当に美味しいよ」
ライトはアリスの頭を軽く撫でる。
撫でられているアリスは気持ち良さそうに目を細めてライトのそれに身を任せていた。
そんな二人にどうしても納得がいかないのがウィンリィだ。
明らかに彼らだけの世界に入っていて、自分は蚊帳の外。なんとなく満足できる状況ではない。
「ん、んん!」
そのため咳払いをして自分の存在を主張する。
「ん?どうした?ウィン」
「どうしたの?お姉ちゃん」
二人からほぼ同時に視線を向けられ、ウィンリィはなんと言えばいいかわからず戸惑ったように「あー」と声を漏らした。
正直に寂しかった、と言ってしまえばいいのだろうが妙な恥ずかしさがある。
しばらく脳をフル回転させ何か言葉を探したが––––
「……なんでもない」
ウィンリィはそう言うとサンドイッチを囓った。
(なんだよ……これじゃ––––)
チラッと視線をライトとアリスに向ける。
二人は楽しそうに会話しながら食事を再開していた。
そんな雰囲気に入っていく勇気を一人で旅を続けていたせいか彼女は持ち合わせてはいない。
(これじゃ。私がアリスに嫉妬してるみたいじゃないか……)