小さなお願い
あれから1週間の時が流れた。
午前5時という早い時間にライトとウィンリィは日課の稽古を行っていた。
木剣同士がぶつかり合う音がアリシスの家の裏から断続的に聞こえる。
最初はライトたちの噂もあり、かなり注目されていたが、1週間も経つと気にされることは無くなった。
「このっ!!」
ライトが繰り出した刺突。
しかし、ウィンリィは木剣の腹で受け止め、左半身を引くことで流した。
ライトは刺突の勢いそのままに前のめりになりながら前へと進んでしまう。
彼女はその足を引っ掛けるように自分の足を出した。
当然、その出された足に引っかかり、そのままライトはこける。
そこへウィンリィの斬撃。
だが、ライトはかけた勢いそのままに受身を取りながら前転をすると一気に飛び上がり、姿勢を直した。
そのため、彼女の攻撃は虚しく地面を打った。
その間にライトは態勢を整えると剣を中段に構える。
あれからライト本人の向上心の高さもあり、彼の成長は目覚しく、能力は上がっていた。
もともと物覚はよかったらしく、言われたことは数回繰り返すだけで物にしているのを見せられればウィンリィも舌を巻く。
(こりゃ本当に超えられるな……だがーー)
ウィンリィは何かを企んでいるのかどこか含みのある笑みを浮かべる。
それを見てライトは心の中で首をかしげた。
(なにを狙ってるんだ……?)
そう思いながらライトはウィンリィに言われた通りに肩や腕の動きと重心の移動、視線、息遣いを集中的に見てウィンリィの行動の先読みを試みる。
(別に怪しい気配は感じない……よな)
木剣を握り直し、すり足でゆっくりと距離を詰める。
彼女からはやはり怪しい気配を感じることはない。
しかし、どこか含みのある笑みがライトの行動を牽制していた。
(……迷っていてもらちがあかない! ここは一息に!!)
意を決し強く地面を踏み切った。
(かかった!!)
その行動にウィンリィは勝利を確信し、今度は余裕の笑みを浮かべる。
その表情を見て己の失策を悟るが時すでに遅い。
ウィンリィは素早く腰を落とし、木剣を横に構えながら右半身を引いた。
彼が振り下ろした木剣は勢いそのままに虚しく地面を叩く。
そして、ウィンリィはライトの腹の辺りに木剣の刃の部分を当てていた。
2人同時に息を吐き肩の力を抜く。
「また負けた……」
言うとライトは木剣を地面に投げ捨て、地面に腰を下ろした。
対するウィンリィは地面に突き刺すと自慢気な表情を浮かべる。
「当然だろ? まだまだ私に勝つには3年は早いね」
彼女の言葉もあながち嘘ではない。
ライトと稽古をするたびにウィンリィの能力も上がっている。
それに追いつくには最低でもあと3年はかかるだろう。
「お前はすぐに勝負を終わらせようとするから最後は単純で読みやすい攻撃になるんだよ」
「いや、隙が見えたからいける! と思って……」
「だ〜か〜ら! 最後まで油断するなって言ってるだろ? 全く……」
呆れるように言うと手を差し出した。
その手を取り立ち上がるとライトは唱える。
「クリーナ・フレイム」
それが響くとライトとウィンリィが炎に包まれる。
その炎が消える頃には稽古の時に付いた汚れは綺麗になくなっていた。
ウィンリィは自分の体を見て感嘆の声を漏らす。
「やっぱり魔術ってやつは便利だよなぁ。
服の汚れすらあっという間に取っちまうんだから」
「確かに……」
ライトもそれには同意するしかない。
科学技術が発達していたあの世界では魔術とはまた別の便利さがある。
魔術と科学のどちらも知るライトは「行き過ぎた科学は魔術と変わりがない」という言葉の意味を容易に理解できた。
魔術は才能や鍛錬の量によってその力は比例して上がる。そのため誰にでも自由に使えるわけではない。
しかし、科学と比べ利便性が圧倒的に高い。
科学は使い方さえ分かれば誰でも使えてしまう。魔術よりも誰にでも扱える、という点がある。
反面、一からそれを作る必要があるという不便な点もある。
(2つが同じ世界にあって同じように発展したらどうなるんだろう)
そう思いながらライトはウィンリィと共にアリシスとアリスがいる家へと戻った。
◇◇◇
「お兄ちゃん! お姉ちゃん! 今日は林に行きたい」
朝食を食べ終え、紅茶を飲んでいるとアリスがライトとウィンリィに声をかけた。
その目はキラキラと輝き、その声は期待で明るくなっている。
アリシスに病状の回復の兆しが見えているためか、ここ最近のアリスはよく笑い、よく外に出るようになっていた。
そこにうれしさも感じるが子ども特有の危なっかしさもまた感じ、少し不安になる。
「林……か」
「う〜ん。どうしようか……」
ちなみに林とは彼らがマステの依頼で訪れた場所である。
彼らはあれからギルドで仕事を受けようとしたのだが予想通り、ほとんど断られてしまった。
どうするべきかと2人が頭を抱えているとマステが薬の材料となる薬草や動物の牙、爪を採ってきてくれと依頼した。
依頼をほとんど受けることができず、我儘を聞いてもらった恩もあるため2人はそれを受けていた。
そのため2日に1度の頻度で彼らは林に行っている。
そのおかげで林の中の地図は頭の中にできているため、道に迷うことはまずないだろう。
しかし、まだ害獣が出没しているという問題がある。
ゆえにまだ完全に安全とは言い切れない。
その状態を改善することも彼らの仕事の内だった。
「よし! ならアリシスさんが許可しーー」
ライトが条件を言い切る前にそのアリシスが遮った。
「行ってらっしゃい。
ただし、きちんと2人の言うことを聞くこと。いいわね?」
「はーい!!」
アリシスの言葉にアリスは手を真っ直ぐ上に伸ばし返事を返していた。
「って、あれぇ!?」
「ちょっ、アリシスさん!」
ライトとウィンリィは予想外のことに驚きをあらわにするが、当のアリシスは微笑みながらさも当然のように言い切る。
「私はあなた方を信じてますから。
1週間一緒に過ごせばわかりますよ」
「い、いや、でも確証もないのに」
「確証はあなた方と過ごした1週間です」
少し恥ずかしいことを言っている自覚があるらしく、そう言うアリシスの顔は薄く赤く染まっている。
そこまで言われると世話になっているせいもあり、無下にすることはできない。
それでも何が起こるかは2人には全く予想ができない。
そんな場所に戦闘ができない者、それも子どもを連れて行くのは気が引けた。
下手をすれば全員が死ぬこともあり得るため慎重にあらゆるパターンを考慮する。
少しの間、場を沈黙が支配していたが、それを壊したのはウィンリィ。
しかし、その言葉はライトの予想とはまったく違うものだった。
「……ら、ライトが良いって言うなら私は別に連れて行っても良いぞ」
「あ! おまっ!!」
ウィンリィは考えるのを放棄し、ライトに全てを任せることにしたようだ。
アリシスはどこか期待するような目で、アリスは心配そうな目でライトを射抜いている。
その視線を受けながらライトは何かを言おうと口を動かしていたが、一つため息をついた。
「……わかりました」
そのライトの言葉を聞くとアリスは表情を花のように明るくさせ、アリシスは予想通りとでも言いたげな表情を浮かべていた。
「ありがとう! 」 お兄ちゃん!」
アリスはライトに抱きつき子どもらしい無邪気な笑みを浮かべる。
抱きつかれたライトは妹を見るような慈愛に満ちた笑みを返しながら頭を撫でた。
それを満足そうに見ていたウィンリィは少し真剣な表情を浮かべアリシスに言葉を向ける。
「ですが、絶対はありません。その辺はーー」
「大丈夫です。あなた方なら。何度も言っていますが私は信じてますからね」
ウィンリィの言葉を遮り、アリシスはいとも簡単に言い切った。




