恩返し
アヴァロンに戻って1時間ほどが過ぎた。
ぐちゃぐちゃになった工房からどうにか道具を引っ張り出せたマーリンは地下に仮設工房を作っていた。
仮設ということもあって部屋は薄暗いが、マーリンが作業している机だけは強く照らされている。
その光を受けているのはライトのヌァザの腕。
今やることは必要のない機能、短剣やボウガンを外し、とある機構を組み込むことだ。
特に難しくはないため、1時間弱で終わるだろう。
魔術を扱うとなれば多少厳しいところがあるが、魔道具の調整程度であれば問題なくできる。
作業は順調すぎるほどに順調だが、それゆえに1つの懸念が首をもたげ始めていた。
マーリンは一度手を止めると振り返る。
そこに居るのは壁にもたれ掛かって毛布に包まり眠るライトだ。
「なぁ、主は死ぬ気、なのか?」
返ってきたのは無言だった。
当然だ。彼は体力を回復させるために仮眠についているのだ。
言葉など返ってくるわけがない。
それがわかっていて質問したのだ。
もし「そうだ」と返された時、自分がどのような行動に出るかわからなかったからだ。
募り始めていた不安が口から滑り落ちたことで明確に自覚できたマーリンは自虐的な笑みを浮かべた。
(いかんな。少し、後ろ向きになり始めておるな)
少なくともライトたちは諦めた様子はなかった。
そういうことを言えない雰囲気だったからかもしれないかったが、今のところこの城から逃亡した者はいないあたり本当に諦めている者はいないらしい。
であればこれを最初に言い出した自分が弱気になるわけにはいかない。
両頬を叩き、気合いを入れ直して作業に戻ろうとしたところで背後から声が上がる。
「死ぬ気だったのは……お前だろ」
「ッ!?」
迷いが多分に含まれた小さな声が突然聞こえてきたから驚いたのではない。
図星を突かれ、それを指摘してきたことに驚いたのだ。
可能な限りそれを押し殺し、作業を再開させながらいつもの声音を意識して言葉を返す。
「なんことやら。さっぱりわからんの」
「なら、なんでアヴァロンはマルドワースを撃てる余裕があるんだ?」
「それは儂だけではなく、主らの存在や2人も詠唱する者がおったからじゃ。
効率を上げられたのじゃよ」
「……元々はあいつらを巻き込んで自爆するために残るようにしてたんじゃないのか?」
反射的に手を止めたマーリンはそのまま振り返る。
「なぜ、そう思っ……いやシュネーとヴィシュか」
ライトは静かに頷く。
それを見てマーリンは深く息をつくと降参を示すように両手を挙げる。
「2人がなんと言ったかは知らんが、たしかにアヴァロンにはマナティックコンデンサとやらとは別の理論で作り上げられたマナの貯蔵庫がある。
そして、その貯蔵庫は爆弾にもなっておる。
最低量であればこの城を崩すだけで終わるが、今ほどの量であればそこそこの威力は出るであろう」
『でも倒せるとは、言わないのね』
『いくら自爆とはいえ威力はこの城にも吸収されてしまうんだ。
悪あがきぐらいにしかならないだろうね』
「酷い言い様じゃな。まぁ、事実じゃが」
自爆したとしてもマルドワースリヒターよりも威力は数段落ちる。
当然、それだけで倒せるわけもなく、せいぜいが分裂個体を吹き飛ばすぐらいで本体であるディザスターにダメージを与えられるかはかなり怪しい。
犬死とまでは言わないが命を賭けるにしては得られるものが少なすぎる。
ライトがそれを見逃すはずもなく、毅然とした態度で言った。
「そんなこと、させないからな」
「……わかっておるよ。主の作戦に乗り、行動した時点でもはやこの城の解体分しか残らん。いや、それすらももはや怪しいまである。
しかし、わかっておるな?」
スッと目を細めて彼を威圧するように声のトーンも落として告げる。
「今度は失敗できんぞ。儂には主らの死体や奴らの進行を指を咥えて眺める趣味はないしな」
「ああ、俺にもそんな趣味はない。
さらに言うなら今まで世話になった場所が爆発して消える姿を見る趣味もな」
2人の間には無言が流れた。
しかし、唐突にそれぞれの口からふっと息が抜けて笑みが浮かんだ。
ある程度それが落ち着いたところでマーリンはその話を切り出す。
「……なぁ、儂の望みを言ってもいいか?
主にしか叶えられぬ望みじゃ」
「ん? 良いけど、なんだ?」
首を傾げながらも即答したライト。
彼の勢いに乗るように口を開きかけたマーリンだったが、完全に乗り切れることはできなかった。
「あ、あー、いや、その……じゃな」
顔を真っ赤にさせ、視線を適当に遊ばせながら言葉を詰まらせるマーリン。
ますます浮かべる疑問符の数を増やし問いかけようとしたところで彼女は椅子から立ち上がり、ライトに詰め寄った。
「儂は主と共にありたい。主と共に過ごしたい」
マーリンにとってライトはこの世界での唯一の理解者であった。
今よりもずっと希望などほとんどない状況で現れた光だった。
そんな彼が自分のせいで死んでしまえば、すぐさまその命を断ち切る覚悟がマーリンにはある。
最初はただ目的が同じという理由だった。
現に出会った当初は仲間としてみていたし、接してもいた。
だが、今は違う。
彼と話すうちに彼のことをもっと知りたいと思うようになり、その思いが同じ時を過ごしたいという願いへと変わった。
今のマーリンにはライトを「必要な犠牲だった」と切り捨てることができない。
しかし、それほど大切に思っているからこそ、ライトの行動を止める手立てはない。
今でも裏でずっと思考を巡らせているが彼はもちろん自分も納得させられる方法が何1つとして浮かばないのだ。
確実なのは彼が提案したたった1つの策のみだ。
「主にしか叶えられぬ願いじゃ、儂に恩を感じておると言うのならこの願いをかなえてみせよ」
ライトが羽織っている毛布に縋り付き、今にも泣き出しそうな顔でマーリンは声を震わせながら言った。
彼は彼女を抱きしめると安心させるようにその背中を軽く叩いた。
「言ったろ。俺はこの戦いで誰も死なせる気はない。
俺自身も含めてな。
絶対に叶えるよ。その願い」
そう言い切り、ライトは小さく微笑んだ。
◇◇◇
アヴァロンに到着し、目を細めながらシェリドが呟く。
「あれがディザスター、か。途中で話は聞いていたが、多いな」
彼の後ろには武器を持った者が男女含めて30人ほどいた。
今は火を囲み雪の上に図を描いたりしながら話し合っている。
「ああ、だが、話によればそう強くはないらしい」
言いながら彼らの横を通り過ぎ、シェリドに並んだのはバウラーだ。
少し驚いた様子でシェリドは返す。
「お前、もう起き上がってていいのか?」
「安心しろ、これからまた少し休む。
ひとまずみんなの顔を見ておこうと思ってな。
なんなら今から逃げてもいいとも言うつもりだったが」
バウラーは苦笑いと共に肩をすくめた。
そんな彼を笑い飛ばしたシェリドは言う。
「そんなやついるわけないだろ。
ここにはお前に何かしら世話になったやつ、お前に恩があるやつしかいないんだ」
「酔狂なもんだな」
「かもな。全員ここに骨を埋めるつもりもある」
「そうか。しかし、誰も骨を埋めることはできんだろうな」
「なんでだ? 分裂したやつはともかく、本体は強いんだろう?
姿が見えないからなんとも言えんが」
「ライトは全員を生きて返すつもりらしい。お前たちも含めてな」
「無茶だな。できるわけがない」
「俺もそう思うよ。無茶だ。
しかし、無理ではない」
バウラーはそう言うと振り返り、アヴァロンへと体を向けるとシェリドにだけ聞こえるように小さく言う。
「恩を返したくば生きて帰ってくることだ。
私が感謝の言葉を聞いて始めて恩を返したと思え」
そう言い残してバウラーはアヴァロンへと歩を進めた。
去りゆく背中を見つめながらシェリドは頭を掻き、小さくぼやく。
「照れ隠しで俺に言うなよ。
死ねなくなったじゃねぇか」




