ディザスター討伐戦(三)
アヴァロンは城から巨大な砲台と大砲に変形したため、当然ながら内部は様変わりしてしまっている。
あまり変わらず普通に過ごすことができるのは中央付近の一部の部屋。
例えばマーリンたちが詠唱していた広間や玄関ホールなど1階や玄関ホールからすぐに降りられる地下室のみだ。
そんな数少ない部屋の1つである玄関ホールにライトたちはなだれ込むように戻ってきていた。
広間にいたマーリンたちも彼らとほぼ同時にそこに入った。
帰ってきた彼らを見回しながらマーリンは問いかける。
「皆、怪我はないな?」
彼女の問いに肩で息を繰り返し、狼狽した様子を表しながらも首肯を返した。
特にライト、ナナカ、バウラーの疲労は酷いものだったが、彼ら3人含めて全員が無傷でアヴァロンに戻ることはできている。
完全完璧とまではいかなくとも振り出しに近いところに現状があるのは幸運としか言いようがない。
ひとまずその幸運を掴めたことに安心したマーリンは小さく息を吐いた。
そんな彼女へと大きく息を吐いたブルートが質問を投げる。
「なぁ、あれはなんだ?」
「……黒い人間のようなもの、としか形容できなかった。と言ったな」
「ああ。だが最初に言ったとおりあれは人じゃねぇ。
腕が伸びたのもあるし、分裂もした」
マーリンは目を閉じ、思考。
しかし、どれほど考えようともその結論はブルートたちの報告を聞き、彼らが戻ってくる間に熟考した時から変わりはない。
「わからん。予測しか立てられん」
「予測でも構いません。説明を求めます」
ミュースに言われ頷いたマーリンはそれを口にする前にライトとデフェットの方へと視線と問いを向けた。
「主らはあれを見てどう思った」
「どう、とは?」
「何かに似ておらんかったか?」
デフェットの聞き返しからでたマーリンの質問で耳を傾けていた他の者たちはほぼ同時にその結論に行き着いた。
驚愕をありありと浮かべる。
「……似ていたな。ディザスターと」
その言葉にライトは頷いた。
2人の答えは話を聞いていた者たちの予感が的中しているのを証明したのだ。
しかし、それだけではない。
どうにか明瞭になってきた視界に仲間たちを映したライトがポツポツと言う。
「似てる。けど、存在の仕方が、対極的だ」
「対極的って真逆ってことだよね?
どういうこと?」
「うむ、ナナカ殿。
ライト殿とマーリン殿、そして私がディザスターをどのように呼んでいたか覚えているか?」
デフェットからの確認を受けてナナカは斜め上を見て記憶を辿る。
そして、それに行き着いたと同時に口にした。
「たしか、大きな穴って……あ、真逆ってことは!?」
「そう、今のアレは形こそは人とそっくりだが、マナの塊だ。膨大な量のな」
黒い歪な塊の頃のディザスターは例えるのなら巨大な穴、より説明を加えるのならマナを取り込み続ける底なしの穴だった。
しかし、人型のアレは違う。
大量のマナが塊となり、形を持ったようなものだ。
「巨大な無であったディザスターが巨大な有へと変わったということじゃ。
存在のあり方が変わっただけであれ……ディザスターの脅威度は一切落ちておらんだろう」
「では、私たちはそれとどう戦えばいいのですか?
最初に放った一撃、あれをもう一度するのですか?」
ミーツェの問いにマーリンはすぐさま首を横に振った。
「無理じゃろうな。
アヴァロンの方ならまだあと一撃分ぐらいのマナはあるが彼らが持つまい」
言いながら腰を落としているライトたちを見下ろす。
彼らの意思はまだ折れていない。それはよくわかる。
しかし、全力を出し尽くした直後の彼らを今すぐに戦場に戻したとしてもまともに剣を振る得るわけがない。
最低でも1時間ほどは休ませなければまともに動くことはできないだろう。
それもあくまでも戦えるようになる目安であり、もう一度あの一撃を全員で撃つにはまた1、2日必要だ。
そして、その間あのディザスターがじっとしてくれるとは言い切れない。
それぞれで頭を抱える中、ゼナイドが疑問をこぼした。
「そういえば、分裂してると言ったが、まだ数を増やしているのか?
もしそうであれば動ける者たちで先に動いた方がいいのでは……」
『ーーと、私たちも思いましていくらか動いております』
唐突にグシオンを介して会話に入ってきたのはバエルだ。
後ろで肉を裂く音、爆発音などの戦場音を響かせているが彼はあくまでも冷静に淡々と報せる。
『分裂個体はそう強くありません。おそらくゴブリン程度の強さでしょう。
数は多いですが、捌くのは容易です』
「なるほどの……。
ん? 待て、バエル。本体は動いておらんのか?」
『ええ。今のところは私たちへの攻撃はありません。
一度ライトへ攻撃しただけで後は分裂個体を作り続けているだけですね』
「数を増やして何のつもりでしょう?」
呟いたのはレーアだ。
今までの話だけを聞けば本体だけで十分過ぎるだけの力があるはずだ。
なのにわざわざそう強くない分裂個体を作り続けているというのは少々引っかかる。
「ん〜、質でダメだったから量で対抗しようって算段なんじゃないかしら〜」
「そんな単じゅ……ん、なわけ」
ウィスの言葉を軽く一蹴しようとしたレーアだったが、途中で声をだんだんと小さくさせた。
合点がいったからだ。
どれほど強かろうと数が1体であれば最初のように力を全て集めてぶつければいい。
しかし、数が多ければ1体にどれだけ集中しようとしても別の個体からの攻撃を受ける可能性があるため力を集めることさえままならない。
そして、1体1体がどれほど弱くとも数はいずれ大きな波を作り出すことは可能だ。
「単純。たしかに単純じゃが、数に劣る儂らにはこれほど強力なものはなかろう」
肩をすくめてマーリンは諦め気味に笑った。
そんな彼女へとバウラーが問いかける。
「あの大砲で吹き飛ばせんのか?」
「吹き飛ばせるじゃろうがディザスターは倒せんぞ?」
どうやらバウラーはそれを考えていなかったようで頭を抱えて重い息を吐いた。
なぎ払う力はなく、押し返すだけの数もない。
完全に行き詰まった。
そんな雰囲気が流れ始めた中、ポツリとウィンリィが呟く。
「この状況、似てるな。シリアルキラーの時と……」
南副都の人々が大量に亡くなった事件だ。
シリアルキラーというわかりやすい存在もあってかその事件はその場にいる全員が知っている。
「あんなことはいくら旅をしても1回だけだろうと思っていたが、まさかもう1回あるとはな」
さらにそう呟いたところで「あっ」という何かに気が付いたような声が辺りに響いた。
それの元はライトだ。
当然ながら視線は彼へと集まる。
「そうだよ。もう1回あれをやればいいんだ」
その場にいた者たちはライトの言っていることがわからなかった。
ほとんどは単純にライトがシリアルキラーに対してしたことを知らないからだが、ウィンリィとデフェットはやったことを知っているがゆえに理解できなかった。
どうにか言葉を吐いたのはウィンリィだ。
「む、無茶だ!
お前のどこにそんな力が残っーー」
「力ならある!」
言葉を遮り、自信ありげに言い切ったライト。
その圧と答えに押されたウィンリィは疑問の言葉すら出てこなかった。
かわりにデフェットがそれを口にした。
「……ライト殿、説明を聞かせてもらえるか?」
頷いたライトはその場にいる者たちへとその内容を説明し始めた。
全て聴き終えたマーリンは口から出かけた言葉を飲み込んだ。
そして、その言葉を封印するように下唇を噛み締めたかと思うとその場にいる者たちへと問いかける。
「他に案がある者は……?」
普通の問いかけのように聞こえたが、ライトにだけはそれがどこか助けを求めているように小さく震えているように感じられた。
彼がそんな違和感を抱いた中で手を挙げた者はいなかった。
マーリンは数度彼らを見回すと深呼吸をして告げる。
「……では、準備を始めよう」




