小さな対価
「こいつで、13!」
ウィンリィは言いながら突き刺した剣を引き抜き、着いた血を払い飛ばす。
そして、すぐに飛んできた攻撃を受け止めた。
地面に立たせることができれば力勝負で勝つことはウィンリィにとって造作もないことだ。
力勝負であっさりと勝つとすぐに剣を掲げ、振り下ろした。
その一撃を受けたレスト・ヴァルは鮮血を溢しながら地面に倒れる。
ライトの方もレスト・ヴォルとの戦い方を学んでいた。
3匹のレスト・ヴォルはグルルと喉を鳴らすと獲物へと同時に飛びかかる。
向かってきた1匹を今まで通りにエアカッターで切り裂き、次の個体は剣で突き刺す。
最後のは振り下ろした前足の攻撃をかわしながら、インフェルノ・ガントレットで殴りつけた。
地面を転がるレスト・ヴォルにエアカッターで追撃、斬り裂く。
その一連の動作はスムーズで流れるような素早いものだった。
2人は最初こそレスト・ヴォルの立体的な動きに翻弄されていたが10を超えたあたりでその動きを見切っていた。
レスト・ヴォルは確かに立体的に動き、また、複数で同時に攻撃をしてくる。
しかし、その攻撃は落下しながら爪を振るうぐらいだ。
その程度の攻撃しかないのでは、豊富な戦闘経験を持つウィンリィや元々の動体視力もよく、彼女からの稽古も受けていたライトには簡単にいなされるようになってしまう。
「これで……何匹やった?」
「たぶん……18、だな」
ライトとウィンリィは背中合わせになり、剣を構え、警戒する。
しかし、新たに攻撃が飛んでくることはなく、静寂が訪れた。
「これで全部……か?」
ライトとウィンリィは剣を構えたまま周りに神経を張り巡らせる。
小動物が動く気配は感じられるがレスト・ヴォルのような中型の動物が動いている気配は感じられない。
ライトは息を吐きながらため息をつくと剣を鞘にしまった。
ウィンリィも剣を鞘に収め、言う。
「よし、あとは薬草を見つるぞ」
「ああ、さっさと見つけてすぐに帰ろう」
それから二人は薬草探しを始めたが、変に目をこする必要はない。
レスト・ヴォルが大量にいたせいか薬草は至る所に生えていたからだ。
数分で薬を作るために必要な薬草を集め終えるとレスト・ヴォルの死体を林の中入り口付近に移動させてから林から出てマステがいる診療所に向かった。
◇◇◇
マステは2人が採ってきた薬草を見ると満足気に頷いた。
「はい。これだけあれば完治には十分ですよ。
依頼の達成についてもすぐに確認したいのですが……」
「構いませんよ」
「いや、それぐらいだったら1人でいいでしょう?」
ウィンリィの問いかけにマステは疑問に思ったようだが一度首を縦に振った。
「なら、確認には私が行くからライトは先に戻っててくれ。
なんだかんだで夕方だしな。2人とも待ちくたびれてるだろ」
「わかった。よろしくなウィン」
「ああ」
手短に会話を終えるとウィンリィとマステは林の方に、ライトはアリスとアリシスの家に向かった。
◇◇◇
「今戻りました」
扉を開けながら奥にいるであろう少女とその母に言葉を飛ばす。
「お兄ちゃん!」
その言葉がライトに届くと同時アリスが胸に飛び込んできた。
驚きながらもその華奢な体をしっかりと受け止め抱きかかえる。
「おっと、大丈夫か?」
「うん! おかえり。お兄ちゃん」
「ただいま」
そのやり取りを終えるとライトはアリスを降ろす。
一方のアリスはキョロキョロと辺りを見回している。
その行動の理由をすぐに察すると微笑み、アリスを撫でた。
「ウィンなら依頼の確認をしてる。もう少しすれば帰ってくるよ」
「ほんと!?」
「ああ」と頷くライトにアリスは表情を明るくさせると走り去った。
その後すぐに少し遠くからアリスの声が聞こえ、ライトはデジャブを感じながら家に上がった。
◇◇◇
それからウィンリィが帰ってきたのは1時間経った後だった。
アリシスの前には薬が入った小さい木箱が置いてある。
「え? この薬を……ですか?」
「はい。これを1ヶ月ほど飲み続ければ症状は治まる、と」
ウィンリィはマステに調合してもらった薬の説明を軽くしていた。
一方のアリシスの表情には驚きが溢れている。
彼女の娘であるアリスはライトとウィンリィに薬草を採ってくることを依頼した。
それだけでも申し訳ない気持ちしかなかったというのに2人は調合までしてきていた。
そこまでされることは予想だにしていなかったようでアリシスは戸惑いながら彼らに聞く。
「で、でもお金は……?
無料だなんてありません、よね?」
アリシスの問いにウィンリィは苦笑いを浮かべる。
「ええ、もちろん。その分報酬から引かれましたよ」
しかし、そこには後悔といった感情は感じられない。
アリシスは逡巡していたが、少し息を吐くと木箱を返した。
「すいません。受け取れません」
ウィンリィは何も言わず視線で理由を問う。
アリシスは少し迷っていたようだが、微笑みながら首を横に振った。
「ダメです。やっぱり受け取れません。
私にはこれだけのことをされて返すことが……」
「いえ。受け取って下さい」
アリスと一緒に遊んでいたはずのライトがいつの間にかリビングの出入り口に立っていた。
その隣にはアリスがいる。
「し、しかし……!」
「報酬は、しばらくの間、俺たちを泊めることです」
アリシスがすべてを言い切る前にライトはそれを塞ぐように言った。
「えっ?」
あまりにも予想外の言葉を受けアリシスは素っ頓狂な声を反射的にあげた。
「今の俺たちは、恥ずかしながらあまりお金がなくて……。
ここには稼げそうな依頼がそこそこありますので、少し稼いでおきたいんです」
「えっ……? あ、あのそんなことで?」
「いえ。とても助かります。
諸事情で少し、宿には泊まりにくいので……。
なので、ここに泊めて頂けるのならその薬は差し上げます」
その言葉はアリスが隣にいるため少し濁した言い方だったが、アリシスには充分に伝わっていた。
ライトの手を握っているアリスは不安げに己の母が出す答えを待っている。
アリシスは口に手を添え、溢れようとする涙を堪えた。
そして、母親らしい優しい笑みを浮かべながら一回頷く。
「……もちろん。お薬、本当に、ありがとうございます」
◇◇◇
さらにそれから2時間後、夕食を食べ終えたアリシスとアリスは同じベッドで眠りについていた。
アリシスは病気の完治が間近にあるためか、久々に安らかな眠りについているようだ。
ライトはアリシスの家の屋根の上に登り、夜空を眺めていた。
その隣にはウィンリィもいる。
2人が旅を始めてからは時々こうして話し合うことがあった。
「……ごめんな。俺の我儘に付き合わせて」
「別にいいさ。アリシスさんと話した後のお前、少し表情が明るくなってたからな。
なんか言われたんだろ?」
「うん。言われたよ……」
もちろんライトが言った金を稼ぎたいから泊めてほしい、というのは嘘だ。
宿と同じ理由で依頼自体も受けにくい。
マステのように簡単に受け入れてくれる者の方が少ないことなどここに来る以前にすでに知った。
本当はただただ小さな恩を返したい、自分に助言をくれた人を助けたい、その一心だった。
「なんか……あの人の言葉を聞いてたら、少しだけど許されるような気がしたんだ。
あれであの場所にいた人を救えたような気がするんだ」
ウィンリィは静かに同じ夜空を眺めながらライトの言葉を聞いている。
ライトは視線を己の両手に移した。
その手は転生する前では想像できないほどタコができ、皮膚も破れ、ボロボロになっている。
剣を問題なく振れると言っても長時間、長期間握ることはない。
剣を振る度に少しその傷が痛むが、その傷はなんとなく魔術で消したくはなかった。
そのボロボロの手を何度も握りしめる。
「でも、殺したのは事実だ。
どれだけ擁護されていても、その結果だけは変わらない」
「ライト……」
「だからーー」
ライトは立ち上がりボロボロの両手を天に掲げた。
周りに光がないせいで星空は綺麗に見えている。
その光を掴むように手を伸ばす。
そして、その光を握りしめると決意したような力強い表情でウィンリィに宣言した。
「俺は、俺が殺した人の分まで精一杯生き抜く。
どれだけ醜くても、見苦しくても絶対に死んでなんかやれない」
ウィンリィは小さく笑みをこぼす。
「お前、やっぱり強くなれるよ」
ライトはその言葉にニヤリと笑みを浮かべて答える。
「なら、それを近くで見ていてくれよ。ウィン」
「任せろ!」
こうして、2人はまた絆を強く結ぶように握手を強く交わした。