王女の自責
ライトたちが合流地点に選んでいたのは西副都と王都を結ぶ街道から少し外れた平野。
もちろんライトが目くらましを行って大半をそちらに向けさせる事はするが、かといって全てが都合よく向くとは思っていない。
本格的な捜索が始まる前に王都へと向かうつもりだが、合流するためには多少時間がとられてしまう。
最速で動き始めた捜索隊が林や森、洞窟など隠れやすい場所を真っ先に、重点的に調べると予想した結果、選ばれたのが今ナナカたちが着地した場所だ。
近くに商人の荷馬車や旅人を見かけなかったため、ライトたちとの合流を待つ間ぐらいならばおそらく問題は少ないだろう。
ここに来るまでに20分。ここで待てるとしてもあと30分ほどだろう。
多いというわけでないが、ポーラに大まかな事情を話すには十分だ。
ここに至るまでの話をある程度聞かされたポーラは地面に降ろされるのと同時にポツリと呟く。
「ライト様は……生きていらしたのですね。よかった、本当に」
飛行した衝撃よりもその事実の方が余程ポーラにとっては大きかったようで喜びから目は少し潤んでいた。
少し前の自分たちと同じ気持ちを抱いている彼女にかける言葉は不要と判断した2人はそれに同意するように頷き微笑む。
しかし、なにかが気になったのかポーラは途端に不安げな表情を浮かべた。
王族らしさはあまり感じない質素なドレススカートの裾を握りしめたポーラは恐る恐るといった様子で口を開く。
「あの、1つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「ライト様は私のことを、恨んでいましたか?」
ナナカはすぐに否定するために口を開きかけたが、ミーツェはそれを手で制して首を横に降る。
それからすぐに視線をポーラへと戻した彼女は言った。
「質問に質問で返す無礼をお許しください。
なぜ、そう思うのですか?」
「私はライト様に被せられた罪の1つは絶対を持って否定することができた。
でも、それをしなかった。
ライト様の今のような見方をされる責の一端は私にあります」
「本当にそうでしょうか?」
「そうです!」
強く肯定するように語気を強めたが、それはどこか自分に言い聞かせるような物言いであった。
まるで自分が彼から離れるために言ったようにミーツェには感じられた。
ゆえに首を横に振る。
「しなかった。のではなく、できなかったのではありませんか?」
「ッ! もし、そうであったとしてもなにもできなかった事実は揺るぎません」
「なら、なんでポーラ様は私の手を取ったんですか?
すぐに答えてくれたんですか?」
そう言ったのはミーツェではなく、ナナカだ。
言い返す言葉を見つけられなかったポーラは視線を逸らし俯いた。
「しなければならないことって光ちゃんのことじゃないんですか?」
「そうです。昔の私に出来なかったことを今の私がする。
そのために私はーー」
「なら、なおさら光ちゃんがポーラ様を恨んでいるわけがない!」
「な、なぜそう言い切れるのですか!?
私のせいでライト様は!」
「だってポーラ様は自分をずっと責め続けてる。ポーラ様がしたことじゃないのに自分のせいだってずっと……。
そんな人を光ちゃんが恨むわけがないもん」
ナナカはそう訴えると目を閉じてふっと表情を緩めた。
再び開けた目に写すのはポーラではなく、その向こうにいる青年。
「ね、そうでしょう? 光ちゃん」
「えっ……?」
反射的にポーラは振り向いた。
目が合った青年の浮かべる笑顔は3年前とほとんど変わっていない。
「お久しぶりです。ポーラ様」
塔の隙間や空から小さく見えた彼ではなく、少し手を伸ばせば届くほどの距離にいるライトを見て彼女は言葉を失う。
しかし、それも一瞬のこと、唇をきゅっと結んだかと思うと頭を下げた。
「申し訳ありません。ライト様……私は!」
出かけた反論の言葉を抑えるようにポーラの手を取ったライトはしゃがんだ。
キョトンとする彼女の顔を見て首を横に振り、言う。
「謝られる理由はありません。むしろ謝るの俺の方だ。
俺のせいであなたに背負わせてしまった。自由も奪われた」
ポーラが返す言葉を探る中でもライトは子どもに言い聞かせるように柔らかい声音で告げる。
「だから、俺はあなたを恨んだことなんてありません。
それにポーラ様が仕組んだことではありませんから」
「それは何の言い訳にもなりません! 例え私がしたことでなくとも私が利用された事実は変わらない!
なのに、なにも出来ず……!
それでも、あなたはそれを許すと言うのですか?」
それは今まで何十回と何百回と繰り返した自問だ。
決まって返す答えは「許すはずがない」だったが、現実の彼は自身の答えをはっきりと見せつけるように首を縦に振った。
「はい」
「なっ……!?」
呆気にとられるポーラへとライトは畳み掛けるように口を開く。
「ポーラ様は立ち向かおうとしている。
ナナカの手を取って塔から出て、私の前にいる。
それはポーラ様自身が出来なかったことを今度こそ成すと決めたことに他ならない」
ライトは視線をポーラの顔から握っている手へと向ける。
昔と変わらず綺麗で小さな手だ。
だが、その手で立ち向かおうとしている。
どれ程小さくとも「今度こそは」という言葉を握りしめている。
それを愛おしそうに見たライトは再び顔を上げてポーラへと言った。
「その姿を称賛こそすれ、誰が責めましょう」
「あっ……あぁ……」
この3年、自分を責め続けていた彼女にとってライトの言葉は心の底から望んでいたものだった。
その証拠にあまりの嬉しさに目からぽろぽろと涙が落ちる。
そのまま彼女はライトに抱きつくと泣き叫ぶ。
「私は、ライト様に恨まれて当然で、それがずっと怖くて……!
なにも出来なかった私がずっと憎くて!」
「大丈夫。もう、自分を責めなくてもいいんだ」
ライトはそう言い震えるその体をそっと抱きしめた。
◇◇◇
それからポーラが落ち着いたのは数分後のことだった。
泣き叫んでいた先ほどまでの姿の面影は涙を拭いた時に共に消え、決意をさらに固めた第3王女の姿がそこにはあった。
「行きましょう。私の父、アルルハイド王の元へ。
他ならぬ私たちのために」
ポーラは頷くライトたちから視線を外し、振り返る。
彼女が見据える方向にあるのは王都セントリア。
そこが次の目的地であり、彼らにとっての大きな関門である。
彼女が快くどころか積極的にアルルハイドと話すのはライトたちとの間に利害関係があるからという理由ではない。
助けてくれた礼というのは少しあるが、ポーラにとって大きな理由は1つだけだ。
(今度こそ、私は……守ってみせる。大切な人を)
そのたった1つの想いが今の彼女を突き動かしていた。




