作戦開始
ライトたちが用水路兼脱出路となる場所へと足を踏み入れて10分ほどが過ぎた。
すぐ隣に水が流れているおかげか少々寒く、灯りもライトのフロースフレイムのみと少ないが天井は少し高めに作ってあるおかげで圧迫感はない。
これから起こす行動ゆえの緊張感はあるが、そこも問題はない。
そんな空気の中、彼らは十字路へとたどり着いた。
すぐさま左右の耳をピクピクと動かし始めたミーツェはその方向を指し示す。
「ここを左ですね」
「また左か? これぐるぐる回ってるだけじゃないのか?」
道を示した彼女へとウィンリィが問いかける。
この用水路の問題は道の複雑さだ。
十字路や丁字路といった分かれ道がこれでもかと配置されている。
ウィンリィはこういった場所に入ったことは何度かある。
そのため、ある程度は頭の中で地図を描くことができるはずだが、ここではまるでそれができないでいた。
それはライトたちもそうだ。
洞窟よりもより複雑に道が絡み合っている。
フラーバの迷宮は魔術が裏にあったが、こちらはそういったものはないあたり、かなり綿密に作られているのだろう。
「ふむ……この道、本当に僅かだが、坂になっている。
おそらく立体的に作られた迷路だろうな」
「え? そうなの?」
呟いたゼナイドへとナナカは反射的に言葉を向けた。
それに頷いた彼女を見てウィンリィは「まさか」と肩をすくめる。
そんな彼女たちのやりとりを見ていたライトもまたゼナイドの言葉が本当か計りかねていた。
しかし、それを確かめる術は簡単だ。
「創造、アイスボール」
創り出されたのは氷の球だ。
ライトがそれを床に置くとミーツェが指し示した方向へと氷の球は転がった。
「……本当に坂になってる」
「本当だったのか。まるでそんな気してなかったぞ?」
驚いた様子の2人から視線をゼナイドへと移したデフェットが問いかける。
「なぜ気がつけたのだ?」
「石レンガだ。いくら視線付近は作りを誤魔化せようとも上の方向はそれも出来んからな」
「んー、でもそれって脱出する人たちも迷わない?」
「いや、ある程度の実力がある者ならばそうだと最初からわかっていれば良い。
外に出る時は上へ、あまり考慮していないだろうが中に入る時は下へ進む道を選べば良い」
ゼナイドの説明を聞いたナナカとデフェットは「なるほど」と頷いた。
それを聞いていたライトはなんとなく気になりミーツェへと質問を向ける。
「なぁ、ミーツェは最初から気がついていたか?」
「確信は正直ありませんでした。申し訳ありません」
「いや、責めてるわけじゃないから謝らないでよ」
「ん? でも、それならなんでそこまで迷わずに進めてたんだ?」
ウィンリィの疑問の言葉にミーツェは小さく微笑みながら自分の頭に生えているネコに似た耳を示す。
ピクピクと少し可愛らしく動くそれを見たライトとウィンリィの2人は顔を見合わせる。
表情から同じ答えに行き着いたのを察し、それぞれ口に出す。
「そうか。音か!」
「音の反響を拾って進んでいるってことだろ?」
「そういうことです。
違う道は行き止まりか別の分かれ道につながっておりますから、少し違う音の響き方をするのですよ」
こちらもこちらで説明を受けて「なるほど」と2人は揃って口にした。
「キャッネ族、すごいな……」
「ええ、すごいのです。もっと頼っていただければ私としても喜ばしいことですよ。ライト様」
「わかった。もっと頼りにするよ」
ライトのその返しを聞いてミーツェは少し嬉しそうに顔を綻ばせる。
しかし、それも数瞬のことで咳払いを1つ挟んだ後には真剣なものへと変わっていた。
「みなさま、これから先あと1つ分かれ道を進んだ後が出口となっているはずです。
準備はよろしいでしょうか?」
瞬間、少し和気藹々としていた空気が張り詰められたものへと移った。
先ほどの空気が嘘だったかのように表情を引き締めた彼らは一度頷く。
代表してそれを言うのはライトだ。
「よし、今のうちに作戦の確認だ」
ポーラの救出をするのはライトのスカイ・ウィングを付与されてもある程度飛ぶことができるミーツェとナナカだ。
ゼナイドは2人とデフェットの道案内と塔内部にいるであろう護衛を抑える。
ライトとウィンリィはしんがりと同時に退路の確保だ。
塔内部にでポーラと合流できればそのまま合図を出し、ライトを呼ぶ。
呼び出された彼からスカイ・ウィングを付与されてナナカ、ミーツェは離脱。
ライトたちは合流した後に撤退。王都付近の予め決められた合流地点でナナカたちと合流する手はずだ。
「何度聞いても余裕がない作戦だな」
「そうボヤくなウィン殿。今はこれしかない」
「ああ、今はやるしかない。塔の案内は任せてくれ。可能な限り速い道を取る」
「救出は私たちがやるんだからゼナイドさんはあまり無茶しないでよ?」
「ナナカ様、それはあなたもですよ。
誰1人として死んでいい方はいません。そうでしょう? ライト様」
「当たり前だ。
全員でこの場を切り抜ける。飛竜騎士団の時もやれたんだ。それをもう一度する」
ライトは言い切ると全員の顔を見回す。
そして、目を閉じて自分に気合を入れるために息を深く吐く。
目を再び開くのと同時、彼は告げる。
「行こう。ポーラ様を助け出すために」
◇◇◇
ぶつけられた言葉からベルファルが何を思っているのかはブルートにも言った本人であるミュースにもわからない。
「私が望む世界……か」
呟いたかと思うとベルファルは背もたれに体重を預けて天井を見上げる。
小さく笑いながら息を吐いた彼は顔をミュースたちの方へと戻した。
「私は西副都の王だ。
王は王だ。そこに人間としての感情はいらん。騎士団でも特別高い地位に就く君たち以上にな」
「王という立場についただけで個人の望みを持ってはならない理由にはなりません。
少なくとも、それを理由に他者を支配しなければ持っても良いと私は思います」
王はたしかに民よりも考えることが多い。
時には民を切り捨てる選択を取ることもある。
そこに感情という存在は邪魔だ。
切り捨てるたびに迷い、嘆き、苦しむ暇などない。
それらのせいでより多くの犠牲が生まれる可能性もある。
だが、かといって簡単に切り捨てていいものでもない。
王は王である前に人間だからだ。
「人でありながら人を導く存在、それが私の思う王の姿です」
「そうか」
(そのような王、夢物語ではあるがーー)
ベルファルはミュースの答えと自分の中に出かけた言葉を噛み締めるとブルートへと視線を向ける。
「ドラング卿にも問う。なぜ、貴卿は戦う?」
ブルートは全力で思考を回して言葉を繕おうとしたが、すぐにそれをやめた。
(違う。ベルファル王が望む答えはそんなものじゃない)
そう結論付けた彼は正直に答えるために口を開く。
「私がそれを成したいと思ったからです」
興味深げに眉を上げるベルファルへとブルートは変わらずライトとの決闘で得た答えを正直に向ける。
「私は、私の持つこの力で民を守るために使うと決めた。理由はそれだけです」
「自らの力を誰かのためではなく、ただ自分のために振るう、と?」
「そう取られようとも構いません」
すぐさまそう返されたベルファルは何か考え込むように目を閉じる。
少しして考えが固まったのか何かを言おうとしたところでその部屋の扉がノックとほぼ同時に開かれ、騎士が飛び込んできた。
「ご歓談のところ失礼いたします!
報告、北の塔へと向かう6人の侵入者あり!
うち1人は魔王の特徴があるとのことです!」
驚いた様子で報告を聞いたベルファルはハッとした顔でブルートとミュースを見た。
2人はなにも表情をほぼ変えることなくその視線に答えている。
そこから自分の予測が間違っていないのを確信するや否や騎士へと告げる。
「応戦しろ。全戦力をもってしてな」
「はっ!」
騎士は大急ぎで部屋から出るとそれを伝えに向かった。
閉まる扉から2人へと視線を向けたベルファルは問いかける。
「貴卿らの目的は最初からこれか」
「……はて、なんのことやら」
「私たち“は”ただ協力を要請しに来ただけです」
それだけの返しでベルファルにとっては十分だった。
少しして「してやられた」ということを認めるかのように隠すことなく彼は笑い声を上げる。
「良いだろう。
この包囲を抜け、ポーラ様を王都へとお連れ出来たのであれば私としても協力しよう」
「おっしゃる意味がよくわかりませんが、その寛大なお心に感謝いたします」
ミュースが仰々しく礼をするとそれに少し遅れてブルートも頭を下げる。
(さて、ライト。私たちでできることはしました。後は、あなたたちにかかっています)




