小さな寄り道
翌日の朝9時。
玄関にライトとウィンリィはいた。
彼らの前には出発を見送るためにアリシスとアリスもいる。
「お気を付けて」
「頑張ってね。お兄ちゃん!お姉ちゃん!」
「ああ、もちろん」
アリスと視線を合わせながら、ライトは言うとアリスの頭を撫でると立ち上がり、今度はアリシスに言う。
「順調に行けば夕方ぐらいには戻って来ます」
「はい。わかりました」
「出来るだけ安静にしていてくださいね」
「ふふっ、わかってますよ。ありがとうございます。ウィンリィさん」
そう軽く言葉をかわすとライトとウィンリィは家から出た。
◇◇◇
「ライト。少し寄り道するぞ」
「別にいいけど。何するんだ?」
そう聞くライトの目の前に差し出されたのはギルドで受けた仕事の紙だった。
依頼内容や報酬について軽く記されているなんの変哲もない依頼書だ。
しかし、それだけを突如見せられてもライトには何もわからない。
再び首をかしげる彼へとウィンリィは説明を始めた。
「この依頼者。アリスに聞いたが、この町の医者らしい。少しこの人のところに行く」
「なんでだ? 依頼内容はここに書いてあるだろ?」
ライトの言うとおりで簡略的ではあるが仕事内容は明確に記されている。
林に大量に繁殖して荒らしている害獣の討伐。
それに加えてアリシスの病気を治すための薬草も取ってくる。
そこまで考えたライトはようやくウィンリィの意図に気が付いた。
「あ、そうか」
アリスとアリシスに頼まれたのは薬草を取ってくることだけだ。
そこから先、薬の調合までは頼まれていない。
「あの薬草だけだと症状を軽くするだけで治すことはできない。
だから完全に治すためにはーー」
「調合する必要がある、ということか?」
ウィンリィは肯定するように頷く。
「なら行こうか」
◇◇◇
その病院。いや、普通の一軒家とさほど変わらない大きさの診療所は歩いて十数分のところにあった。
「ああ、その人なら知ってるよ。私も何度か診察したからね」
ライトとウィンリィは依頼者でもあり、医者でもあるマステに話を聞いていた。
依頼の報酬について少し話があると言うと、あっさりと彼はライトたちを受け入れ、話を聞いていくれた。
彼もまた噂を知っているようだが、そういうことを気にするタイプではないようだ。
「それで治すにはーー」
「ああ、あの林に生えている薬草を取ってくる必要がある。
だからギルドに依頼したんですよ」
「あの……頼みがあります」
「なんでしょう」
ライトとウィンリィが何を切り出そうとしているのか、おそらくマステには分かってる。
そして、答えも出ているのだろう。
それでも尚、ライトは言った。
「必要な薬草は全て取ってきます。依頼ももちろんこなします。
なのでアリシスさんのための薬を調合してほしいんです」
「……構いませんよ」
マステの返答にライトとウィンリィは安堵の表情を浮かべた。
しかし、それもマステが次の言葉を続ける前までだ。
「ただし、報酬は減らさせていただきます。
私は仕事でしているのですし。それでも?」
2人は顔を見合わせ頷いた。
一体どんな無茶振りが来るかと身構えていた彼らは予想よりもずっと簡単な条件に驚いた。
当然ながらマステに返した返事は全く同じ言葉。
「「構いません」」
◇◇◇
それから30分ほどかけて目的の林に到着した。
「ここか……」
「ああ、そうみたいだ」
ある程度の小道が整備され、木もライトが落ちてきたあの森に比べれば少ない。
枝から入る木漏れ日が小道を少し明るく照らしている。
害獣がいなければゆっくりと散歩をしたいと思えるほど長閑な場所だ。
「薬草集めは後、とにかく害獣の方を叩くぞ」
ライトは頷き、ウィンリィと共に小道を進み始めた。
マステに依頼されたのは増えすぎている肉食獣の駆除だ。
数は20匹前後を狩るのを依頼されている。
多ければ任意で増やしてもいいと言われてもいた。
また、依頼を終えた証拠として死体を林入り口近くに置きマステに報告する手はずだ。
小道を歩き始めて数分、その害獣はすぐに現れた。
「ッ!! ライト、上だ!」
ウィンリィの叫びに反射的に前に受身を取りながら転がることでかわす。
彼が少し前にいた場所には首から下は腕が長い猿、首から上は狼のような獣がいた。
その獣は攻撃をかわされたことが気に入らないらしく「グルルッ!」と喉を鳴らす。
そして一気に跳躍、木の上に登って行った。
「な、なんだ。あれ」
「レスト・ヴォルだな。よりにもよって面倒な奴がきやがったか」
【レスト・ヴォル】
姿としては首から下は両腕が長く伸びている猿、首から上は狼を思わせる頭をしている。
基本的に森や林に生息し、特徴は木を利用した立体的な動き、その動きで獲物を翻弄。
そして、両手にある鋭い爪もしくは牙で獲物の首を狩る。
1匹けならば動きを読み、攻撃をいなす事も不可能ではない。
しかし、基本的に十数前後の群れで行動しているため、そうすることは難しい。
「ウィン!」
今度はライトの声でウィンは後ろに飛ぶ。
その直後、ウィンが居た地点に鋭い爪が刺さった。
攻撃を外したレスト・ヴォルが再び不服そうに喉を鳴らすと木に跳躍。
ライトとウィンリィはすぐに近づき、背中合わせで自分の剣を構える。
その瞬間、再びレスト・ヴォルの攻撃が飛んでくる。
ライトはブロンズソードで、ウィンリィはシルバーズソードでそれを弾く。
だが、落下のエネルギーもプラスされるレスト・ヴォルの攻撃の方が重く、ライトは姿勢を崩された。
「ライト!」
その隙を逃すはずもなくレスト・ヴォルはライトに飛びかかる。
今からではブロンズソードを振っても間に合わない。
そう、ブロンズソード“では”間に合わない。
「エアカッター!」
しかし、ライトには魔術がある。
ライトのその言葉に反応し、空気の刃が発生。
それは飛びかかってきていたレスト・ヴォルへとまっすぐ向かう。
レスト・ヴォルは落下エネルギーを利用した攻撃を繰り出しているが、言い換えれば落ちながら爪を振るっているだけだ。
当然、そんな中で回避などできるわけもない。
放たれた空気の刃はレスト・ヴォルに向かい直進、上半身と下半身の2つに切り離した。
切断されたレスト・ヴォルは内臓と赤い血を撒き散らしながら地面に落下。
数回の痙攣のあと動かなくなった。
「……よくやった。まず一つ」
「ウィン。この調子で少しずつ数を減らしていくぞ」
ウィンが頷いた瞬間、レスト・ヴォルが2匹、ウィンに向かい飛びかかっていた。
「ッ! 創造グランド・アーム!」
咄嗟にライトが叫ぶと同時、地面が盛り上がりある形を作り出していき、ほんの数瞬でそれは形を定めた。
形作られたのは巨人の腕だった。
土や石で作られたその腕はレスト・ヴォルの攻撃からウィンリィを守ると手のひらで地面に押し倒し、そのまま押し潰した。
もう1匹の方はウィンリィの刺突により胸元を貫かれ、死んでいた。
「これで、3匹!」
ウィンリィは突き刺した剣を抜き取りながら次の攻撃に備える。
ライトの方には三匹のレスト・ヴォルが飛びかかっていた。
「ッ!」
即座にそれに反応し、1匹をエアカッターで切り裂き、もう1匹を剣で突き刺した。
最後の一匹はその時点で攻撃の失敗を感じたようで再び木の上へと逃げるように跳躍。
「逃が、すかぁ!!!」
同じ行動を何度も許すはずもなく、ライトもハイジャンプで跳躍、レスト・ヴォルの足をつかみ地面に叩きつけた。
間髪入れずに剣で突き刺したままのレスト・ヴォルをその上へと鈍器を扱うかのように振り下ろす。
ぶつけた瞬間、硬い何かが砕ける音が響いた。
地面に投げ落とされ、同族の死体を叩きつけられたレスト・ヴォルへと、さらにとどめを刺すようにライトは剣を首に突き刺した。
「これで、6!」
確認するように叫んだ瞬間、再びレスト・ヴォルが飛びかかる。
それを剣でいなし、反撃。あとはその繰り返しだった。